第5話 色々な表情を見せる君が

異性と手を繋ぐと何が起きるか。そう問われれば俺はきっとこう答えるだろう。


手汗をかいてそうで気持ち悪がれてないか心配になり、意識が手に集中されて頭が働かなくなる。

簡単に言えば、そのことで頭がいっぱい!




そんなくだらないことを考えないと、胸のドキドキが止まらない。

対する文香はそんなことを気にせずにどんどん進んでいく。

これが陽と陰の違いというのか。


「あ!見てみて!これってイワシの群れじゃない?

うわぁー・・・皆んな同じ方向に、同じタイミングで移動してるよ!」


次に来たのはイワシが展示されているエリアだ。かなりデカめの円柱型の水槽で中では

8,000匹以上のイワシたちが泳いでいた。

ゆったりとした速度で巨大な渦を作りながら泳ぐ姿は圧巻だった。


「すごいすごい!・・・こんなに小さな体なのに、たくさんの数が集まったら、こんなにも大きくて迫力があるんだね。」


感心したような様子の中に隠しきれない興奮を感じさせながら、文香が笑かけてきた。


「そうだな・・・。ほんとに、、すごいな・・・」


自然では外敵の多いイワシ。こいつらなりにも、精一杯生きようと仲間で協力している姿に、感動しすぎて、こんな感想しか口に出せなかったが、文香はそんな俺を優しく見つめてくれていた。


・ー・ーー


俺たちは次の場所へ来ていた。そこはさまざまな種類のクラゲたちが展示されていた。


「クラゲって、不思議な生き物だよね。」


クラゲを見るなり、文香がつぶやいた。


「なんて言えばいいんだろう。水中でゆらめいてるカーテンみたいな感じでゆらゆらと泳いでいて、キレイだなって思うんだけど、実は触手があってしかも毒も持ってる。私の感性だけど、宇宙の生物みたい。」


独特な感性だな。生物を見て、そこから想像を膨らませることは感受性が豊かで俺は結構いいことだと思う。俺だってどこぞのウルトラビーストみたいって思ったもん。


「確かに。すごく神秘的で本当にこの世界の生き物なのか?って思うことあるよ。まぁ・・・海で見たときはビニール袋にしか見えないんだけどな、、、」


「あははっ!確かに!ここで見たらすっごく綺麗なのにね。」


まぁ、俺らが海で見てるのと、ここにいるのでは種類が違う。ということもあるだろうが、そこは流石水族館というところで、どの角度から見てもぷかぷか浮遊するクラゲが映えていた。


「キレイだな〜・・・」


そう言って見惚れたようにクラゲに釘付けになる文香。


「ああ。ほんとに、、綺麗だ。」


・・


「もうすぐイルカショーだって!」


やっぱりこれは外せないよね!とまさにウキルンな感じで文香がはしゃいでいる。


「文香はやっぱりイルカとか好きなのか?」


「もちろんだよ!あの可愛らしいフォルム!顔!声!そして人間を完全に信頼してるような人懐っこさ!もう全部が可愛い!!」


おおう、、文香のイルカ熱に火をつけてしまったようだ。

あまりの熱量に、少し苦笑いしていると


「あ!ごめん・・・私ばっかりはしゃいじゃって・・・。」


そしてシュンとしたかと思うと


「そういえば、今日も私の行きたいところばっかり行ってて、楽しめて無かった・・・?」


申し訳なさそうにそう尋ねてきた


「いやいや!とんでもない!俺の知らないことばかりで、海の中の生物たちについてすごく勉強になったし、楽しかったよ!!」


「ホント・・・?」


「あぁ、本当だ。逆に文香が引っ張って行ってくれたおかげで、文香の好きなものを知ることができたんだよ。だから、ありがとう。」


正直に感謝を伝え、気にしないでくれと言外に伝えた。


「なら・・良かった。・・・こちらこそありがとう。」


そうして笑顔を見せてくれる。

やっぱり文香には笑顔がよく似合うな。



ー・・ー・


それから程なくして、俺たちはイルカショーの会場へ来ていた。


休日ということもあり、子供連れの家族が多く、前の席はほとんど子供たちで埋められていたが、文香は濡れちゃうのも困るからね。と若干残念そうにしながらも、後方の席に決めたようだ。


「意外と、後ろの席も全体がよく見回せて良いかも・・・?」

 

そうつぶやく文香。

やっぱりできれば前の方が良かったんだな。

・・もし次があれば前の席で見ることができればいいな。


ショーが始まるまで、しばらく他愛のない話をしていると、


『皆様、お待たせいたしました。・・・ドルフィンパレードの始まりです!!』


トレーナーの開始の合図により、イルカたちのショーが始まった。


序盤はイルカたちが空中で一回転したり、ものすごく高い位置にあるバルーンにタッチをしたりと、イルカのジャンプを披露してくれた。やはり生で見る物は迫力がすごく、ジャンプをするたびに歓声があがっていた。


「おぉー!どうしてあんなに高く跳べるんだろうね!

すごいなぁ・・・。」


文香も声が抑えられず、うわぁ!とか、すごっ!とかそういうことしか言えなくなっている。それは俺も同じで、すげぇ、すげぇよ・・・。としか言ってなかった気がする。


中盤はジャンプに加え、フープの中を通るなどの演目が追加された。

高く跳ぶのですらすごいのに、半端な高さに設置されたフープをちゃんと跳ぶ強さを調整して中を通っていくイルカを見ていて、頭も良くて自分の力をしっかりと調整できるなんて、普通に尊敬しちゃうな。

そんなことを思っていると


「なんか、イルカさんたちがフープをくぐるたびにこの日のために練習してきた成果が出てるんだと思うと、感動するね。」

 

文香もイルカたちの姿に思いが溢れているようだ。



そして、いよいよ終盤。今度はトレーナーの方達とのコンビネーションや、サービスショットの時間となった。

トレーナーが水中へ入り、イルカと共に泳いだりするのを見ると、お互い信頼していることがひしひしと伝わってくる。

この関係性の構築にも、多くの時間を有してきたであろうことから、色々な感動を生み出すことができるのだ。


周囲を見ても、子供たちはもちろんその保護者たちでさえ、目の前の光景に釘付けになっている。こうやって、この人たちに憧れる子供たちも出てくるのだ。この感動の波が続いていき、イルカショーというものがこれからも受け継がれていくことを願う━━



ー・ー・・



『━━━皆様、本日はありがとうございました!次のドルフィンパレードは〇〇時より開始いたします!よろしければまた、観にきてくださいねー!!』


拍手の中、イルカショーは終わりを告げた。


「すごかったねぇ・・・!」


興奮冷めやらぬと言った感じで、隣を歩く文香は余韻に浸っていた。


「イルカのジャンプも、トレーナーさんとの掛け合いも、全部がすごかった!」


また来たいなーとはしゃぐ姿を見て、思わず笑みが溢れた。


「良かったな。大好きなイルカのショーが見れて。・・・やっぱり生で見ると肌で感じられて良いよな。」


「んね!めっちゃわかる!!特に━━」



そうして、お互い感想を語り合いながら次の場所へ移動する。



目的地は、文香が楽しみにしていたラッコの赤ちゃんが見れるところだ。


だが、その移動中  キュルルルル と小さな音が聞こえてきた。

もしかして、と思い文香の方を見ると、明らかに頬が赤く染まっていた。


「あー・・・お腹すいたなー・・・そうだ!どっかに食べにでも行く?」


と、まさに俺の方が腹減ってますよ恥ずかしがらなくてもいいですよという意味も込めて、そう尋ねた。それに文香は


「・・・・行く・・・・」


ぼそりとそうつぶやいた。



そうして俺らはちょうど近くにあった売店のようなところで、軽く食事をすることにした。まあ、あんなに歩き回ったらお腹もすくよな。



こうして俺たちは水族館レストランというところに来た。

案内されたところへ進むと、周りがガラス張りになっておりそこをさまざまな海の生物たちが泳いでいたのだ。


まさに幻想的な景色にひどく感動していると、


「ふふっ!ほんとに宗則くんは色んな表情を見せてくれるね。・・・実は、今日ここをデートの場所に決めたとき、ちゃんと楽しんでくれるか不安だったんだ。でもね?デートしてる時の宗則くんをずっと見てたけど、ちゃんと笑ってくれたり説明を興味深そうに見ていたり。あぁ、たのしんでくれてるなってすごく嬉しかったんだ。」


俺の顔を真っ直ぐに見て、そう伝えてくれる文香。

しかしなぜだろうか、その時の文香の表情を見て懐かしい感じがしたのは。

それはまるで、文香と何度も出かけたことがあるような感覚だ━━━


「お待たせいたしました。トマトソースのパスタと、野菜たっぷりのペペロンチーノでございます。」


そんな思考を遮断するように注文していたものがきた。


「美味しそー!私ここのパスタ大好きなんだよねー。

宗則くんのもすごく美味しそうだね。」


・・・うん。今はデートの途中だ。ここは文香との食事を楽しもう。


「んふ。やっぱり美味しー!!」


それにしても、幸せそうな顔をして食べるねこの子。作ってくれた人に見せてあげたいレベル。


さて、俺の方もぺぺをいただくとするか。


・・・・・美味い。少しピリッと辛味がくるがそれが良いアクセントになっており野菜の無機質さとマッチしている。ほんとに美味い。


「おー・・・美味しそうだねー・・・」


気づけば文香がじーーーっとこちらを見ていた。

・・食べたがってるねこれね。


「・・食べる?」


「うん!!食べる!」


やっぱりというか、想像通りというか目をパァッと輝かせ口をアーンと開けて待っている。


くーっ!このイベントくるよねー!なんとなく予想していたが案の定だった。


その分その覚悟が既にできていたので、フォークで一口分くるくるとし、ゆっくり、慎重に文香の口元へ向けて差し出す。


「あむっ。」


こうして、口いっぱいにそれを口にした。

ここであ、間接キス・・・と思うほど俺も初心じゃない。

・・・ホントダヨ


「んー!こっちも美味しい!・・・それじゃあ・・・」


「はいっ!」


そういって文香もフォークを差し出してくる。

これは思ったよりもドキドキするな、、、。心臓バクバクだよ、、、。

覚悟を決め、俺もフォークに口をつける。

それは心なしか甘いような感じがした。


・・ー・ー


こうして談笑を交えつつ食事を楽しみ、俺たちはレストランを出た。


するといきなり、文香の電話が鳴った。


「ごめん。ちょっと良いかな、、、?」


そして、文香は俺から離れ誰かと通話をしていたようだが俺は文香が画面を見た瞬間、暗い顔をしたのを見逃さなかった。



しばらくして、文香が戻ってきたのだが


「・・・さっきの電話・・お母さんからだった。

・・今すぐ帰って来いって。」


おぉ・・・いきなりだな。せっかくの楽しい時間が唐突に終わりを告げそうになり、一気に寂しさが湧き上がってきた。


「・・・ほんとにあの人は・・・!」


しかし文香は少し怒ったように自分の母に対して苦言を呈している。

親との仲が悪いのだろうか。

だったらせめて、


「せめて最後にラッコの赤ちゃんを見てから解散にしよう!」


俺は文香に楽しい思いをしてから帰ってもらいたいんだ。

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