第4話 思い出の場所に行く君が

あ!今週の土曜日、私休みだから一緒に遊ぼ!」


文香に誘われた日の後日、俺はものすごく悩んでいた。


だってしょうがないじゃないか。何着ていけばいいかわかんないし、髪型も今のままでいいのかわかんないし。一体どこに行くのかも分からないし。


とにかく、文香の隣を歩くにふさわしい格好がしたいのだ。

そのためには自分一人の力ではどうにもならない。アドバイスが必要だ。ここで俺はある人物を頼ろうと考えた。



『・・・もしもし?いきなり連絡よこしてどしたの、兄さん。金送って欲しいならお母さんに言ってね〜。』


そう、それは妹ちゃんの榊結梨さかきゆうりだ。

こいつも一応女だから女性の好みがわかる気がしたのだ。


「いやいや、母さんに言ったらマジで送ってきそうで怖い・・・。てか違うからな!今んとこ金には困ってないから!」


『だったら一体何の用?』


「いや・・・その・・」


だが、いざ相談しようと口を開こうとするものの今になって、お付き合いが前提の友達ができて、その人ともうすぐデートに行くんだ。と結梨に話すのが躊躇われてしまう。


『本当になに?ちょっとキモいんだけど・・・・・。』


いやキモって。泣くぞ俺


『はぁ・・・だったらせめて話をまとめてからもう一回かけて。』


だって用があるからかけてきたんでしょ?とそれだけ言って妹は電話を切った。なんやかんや気配りができて人を思いやることのできる子だ。俺はそんな結梨を誇りに思っている。


少し話をまとめて、改めて結梨に電話をかけた。


「さっきはしどろもどろになってごめんな。・・・実は結梨に相談があって━━」


「━━ということになったんだけど、どう思う?」


そうして俺は最近女の子の友達ができたこと。その子からデートに誘われたこと。そのときの格好に自信がないこと。を相談した。


『ふーん。・・・ちなみに、その人ってケーキ屋とかで働いてたりする?』


結梨は大して驚いた様子もせずに、質問をしてきたが


「え?そうだけどなんでわかったんだ?」


『ん??いや!・・えっと・・・そう!見たの!前兄さんがケーキ屋の女の人と話してるのを!』


若干誤魔化されたような気もするが、結梨たちがケーキ屋へ来たことも否定できない。ならば声をかけてくれてもよかったのにとも思ったが、そこは気を遣ってくれたのだろう。


『うーん・・・あー。ちょっと待ってて!』


すると結梨は電話を繋げたまま、しばらく何かをしているかと思うと、


『・・・うん。普通でいいよ。普通で。』


え?普通?


「いやいや、それがわかないから相談してるんだけど・・・てか普通ってもうちょっといいアドバイスが欲しいんだけど・・・。」


『あー・・・なんて言えばいいかな・・・・・そうだな、兄さんが高校生の時になんか男友達とよく遊びに行ってたじゃん。そんな感じでいいと思う。』


「マジで?そんなんでいいの?」


『うん。あんな感じの格好だったら、たとえどんなところにデートに行ってもおかしくないよ。・・・あと、髪型だけは背伸びしないでちょっと整えるくらいでいいから。』


結梨からおかしくないと太鼓判を押されたのでちょっと自信を持つことができそうだ。


それにしても高校の時の俺の格好を覚えているとは。結梨も俺のことをよく見ているんだな。


「分かった。その・・・色々ありがとうな。結梨に相談したお陰で、ちょっとだけ心に余裕が持てたよ。今度お礼するからな。」


『ふん。別に大した事してない。兄さんが失敗したら私が恥ずかしいもん。だから絶対変なことしないでよね。』


そう言いながらも、言葉の中に嬉しさを含ませているように感じて、素直じゃないな。と心の中でつぶやいた。


『・・・あとは・・・たまには・・・家に帰ってきてもいいんだからね・・?』


おぅ・・恥ずかしそうにそんな可愛いこと言われたら、帰るしかなくなるな。

うん。ケーキでも買って、近いうちに会いに行くとしよう。うん。そうしよう。


・・ー・・


結梨にアドバイスをもらった日から、遂にデート当日まで時間が過ぎた。


初デートということもあり、念のため集合場所へ20分前に着いておこうとしていたのだが、そこへ向かう途中で


「あれ?宗則くん?」


計らずも文香と合流したのだ。


「ふふっ。まさかこんなところで出会うなんてね。

・・・それにしても、20分前に集合場所に着いておこうなんて、宗則くんも変わらないね。」


「あぁ、俺も正直びっくりしたよ。でも、20分前に着いておこうとしてたのはふ、文香も一緒じゃないか?」


変わらないねと言われたのには少し違和感を感じたが、予期せぬ再会にドキドキしていた俺は特に気にしなかった。


「・・・えっと・・文香の着てる服・・よく似合ってるよ。

わざわざおしゃれしてきてくれてありがとう。」


若干しどろもどろになってしまったが、本当に文香にその衣服たちは似合っていて、思わず見惚れてしまった。

まさに、俺の好みのタイプど真ん中の清楚系な服と、髪に付けられた細かなアクセサリーが着ている主人をさらに綺麗に見せた。


「うん・・えへへ・・ありがとう。宗則くんも、いきなりのお誘いだったのに、カッコいい姿を見せてくれてありがとう!」


文香は嬉しそうに微笑み、同時に俺のことも褒めてくれた。

なるほど、この世の恋人持ちの人たちは毎回この幸せを味わっていたのか。まだ俺たちは付き合ってすらないのだけどね。


「じゃあ、ちょっと早いけど行こう!」



そう言って文香に手を取られ、俺たちのデートが始まった。


・・


「そう言えば、一体どこに向かっているんだ?」


目的地も気になったし、行くまでの雑談をと思い聞いてみた。


「ふふーん。どこだと思う?・・まあ、一つ言えるとすれば思い出の場所ってことかなー。」


思い出の場所?それは文香が昔家族と行ったってことか?


「うーん・・・・ヒントがそれだけだと全然わかんないな・・・。」


「あはは、まーそうだよね。大丈夫だよ。普通のところだから。あんまり期待されても困るけどね。」


ふむ。どこかは結局わからなかったが、文香が俺と来たいと思ってくれた所だ。少しだけ、期待させてもらおう。


それからは、お互いの趣味や普段どんな事をしているかなど他愛ない話を続けた。


そうしていると、いつのまにか目的地に着いていたようだった。

入り口に大きなサメのエンブレム。その周りには多くの魚たちのイラストが壁一面に広がっていた。


「ここは・・・水族館か、、、?」


「うん。当たり!」


なるほど。大学を機にこの土地へ引っ越してきたが、こんなところに水族館があるとは。もう少しこの辺を散策しても良かったかもしれない。


「ここにね?最近ラッコの赤ちゃんが生まれたらしくてさ?一回でいいから近くで見てみたかったんだ!」


すごくテンションを上げて語ってくる文香。どうやら文香は動物などの赤ちゃんとかを見るのが好きらしい。こうやって一つ一つ、相手の好みを知れることは・・・うん。とてもいい事なのかもしれない。


そんなことを文香の満面の笑みを見て思った。



大人二人のチケットを買い入場すると、いきなり目の前に飛び込んできたのは大きな水槽だった。


青く照らされたその水槽の中には、様々な種類の魚たちがゆっくり、のんびりと泳いでいた。


「わぁ・・・。やっぱり、すごくキレイ・・・・。」


「ああ、ほんとにな・・・。」


そこに広がる景色は、光が鱗に反射し魚が方向を変えるたびにキラキラと光り、まるで動くイルミネーションのようだ。

そうしていると、奥の方からとてもデカい生き物がこちらへ姿を現した。


「あ!ジンベエザメがこっちに来たよ!!」


あぁ、なんてデカいんだ。そいつが来た瞬間、照明が遮られ大きな影ができる。周囲が元から暗いこともあり、周りは一瞬で真っ暗になった。そうすると、本当に海の中から上を悠々と泳ぐジンベエザメを見ているかのような錯覚へ陥った。

これも計算のうちとすれば、ここを設計した人は天才かもしれない。


「ねぇ!今のすごくない?!本当に海の中にいるみたい!!」


文香も似たような感想をしていたようで、めちゃくちゃはしゃいでいた。そんな文香に思わず


「ははは、文香はやっぱり海が好きなんだな。前世はなんかの魚だったんじゃないか?」


俺がそう言った瞬間、文香は何故か驚いたような表情を見せた。


あれ?俺おかしなこと言った?!確かに全然面白くなかったかも!


「・・・はっ!ごめん!・・・ちょっとこっちの話・・・。」


うわ、謝らせてしまった。ここはちょっと話題を変えねば!


「いや!・・・そうだ!こっちの方にも行ってみよう!ラッコの赤ちゃんがいるかもしれない。」


「あ、うん。そうだね。行こっ!」


少し空気がおかしくなったが、せっかくのデートだ。切り替えて次を楽しもう。


そうして次のところへ移動しようとすると、いきなり文香が手を繋いできた。


「えへへ・・・やっと繋げた・・・。実は、さっきの大水槽のところで何度か試みてたんだけど、やっと勇気出た。」


あ、やば、、なにこれ、、今すごく胸にドンってきたよ?えぐない??あ、死、。


こんな感じのことがずっと続くのか。俺の心臓は果たしてもってくれるだろうか。


心配だがデートはまだまだ続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る