第45話 本来の目的

「はっ。

私が文香にしてきたこと?


そんなの決まってる。

教育よ。


親は子供を育てる義務がある。それはあなたにもわかるでしょう?」


「はい。もちろんそれは分かっていますよ。


俺が聞きたいのはその内容です。


今、この場で、文香にどんな『教育』をしたのか言ってくださいよ。」


「……それだったら、文香に直接聞けばいいんじゃない?

実際に教育された文香が言ったほうが信憑性があるでしょう。」


え?確かにそれはそうだが、本当にいいのか?

それだと文乃さんが不利なだけだぞ?


「……。」


しかし、文乃さんは全く慌てた様子を見せない。

あまりの余裕さに、こちらが有利なはずなのに安心することができなかった。


一体なぜなのか。


その理由は、文香の様子を見れば明らかだった。

口を開いてはいるが、声が出ていない。

それについて、文香自身も驚いているみたいだ。


「……ほら、どうしたの文香。

私があなたに何をしてきたか言ってごらんなさい?」


しかし文香は、声を出すことができなかった。


ザワザワと周りも騒がしくなっていく。



まずいな。こうなると余計に…。

文香に何があったのか。それはなんとなくわかる。

昔から文乃さんに強い圧力を受けていて、それがトラウマになっているのかもしれない。


「……おい。

いつまで時間を取らせる気だ。

こちらはもう随分と長く待たされている。


子供のつまらん話なんかどうでもいい。

早くパーティを再会するべきだ。」


どこからか、そんな声が聞こえてくる。

すると、それに同調するかのように


早くしろ。待たせるな。なんのために呼ばれたのだ。


そんな声が増長していってしまう。


「…ほら、何も言えないの?

皆様も言っているでしょう?時間がないと。


何も言えないなら、時間の無駄ね。

早く出ていってちょうだい。」


「待ってくださいよ!まだ話は……」


「いい加減にしなさい!

あなたたちのくだらない話で、大事な方たちの時間をどんどん奪っていることが分からないの?

ここまで付き合ってあげたことも皆様のお気遣いがあったからなの。


でも、もう付き合いきれない。」


そう言って文乃さんは後ろに控えていた男たちに声をかけた。


クソが!

ちょっといきなり絶体絶命過ぎる!

そう思っている間にも、男たちはどんどんジリジリと間を詰めてきている。


もう、逃げ道はない。


………なーんてな。

まぁ、そう簡単に捕まらないけどっ!


男たちが俺に手を伸ばした瞬間、素早く身を屈め伸ばされた手首を掴んで思いっきり引っ張る。


「っ!?」


身長の関係もあり、前傾姿勢になっていた男はいとも簡単に倒れた。

それに驚いたのか、他の男たちも慌てたように俺を捕まえにかかる。

そして、足元が疎かになり倒れた男の足につまずき、ドミノ倒しのように地面に転がった。


へっ!前みたいになると思うなよ。

こちとら冬真と少しだけこういうの練習したんだからな。


思いの外、体が軽く感じる。

一応、鍛えた甲斐があったのかもしれない。


「っ!!

何をしているの?早く捕まえなさい!」


文乃さんもイライラしているようだ。


だが、ちょこまか逃げていても事態が良くなるわけではない。

どうにか文香と一緒に逃げたいのだが、男が文香を守るように側に立っている。

このやろう。俺が悪役みたいじゃないか。



「……えいっ!」


「なっ!?」


すると突然、可愛らしい声と何かに驚く声が聞こえた。


その方を見やると、文香が持っていた布を男の顔に思いっきりぶつけた。

布は見事に顔に巻き付いて、視界を一瞬奪った。


文香はそのまま俺の方を見てうなづいた。


「よしっ!まだ走れるな?!」


「うん!」


声を掛け合い、走り出す。

向かうはこの部屋の奥、避難用の滑り台だ。


そう。俺たちの本来の目的は話し合うことじゃない。

敢えて文乃さんの前に姿を現す。


そうすると、

俺たちが見つかった

という情報が共有される。


そうなると、警備の男たちは元々担当してたところに戻るだろう。実際、さっき俺を捕まえようとしていた男だが、数分前は門の周りを警戒していた。


そして、避難用の滑り台だが、これは将也さんに教えてもらった。

会場の奥の部屋には避難用の滑り台があると。


そして、早急に避難ができるよう施錠はされていない。と。


男たちは重なり合ってなかなか立つことができない。そうなれば、文乃さんでは俺たちを捕まえることなんかできない。


会話をしながら場所を把握しておいてよかった。

そのおかげで、大分イメージトレーニングができたからな!














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