第30.0話 結梨は分かっている。

『結梨』


・・・なんで結梨が?


画面に表示された名前を見て、俺はそう思った。


タイミングもタイミングで、確信は持てないが文香に関することだと思う。


しかし、そうだとしたら一体どうやって知ったのか、、、。


・・・まぁ、どっちにしろ今は誰とも話したくない。

結梨には悪いがここは無視させてもらおう。


俺は携帯を置き、そのままやり過ごそうとした。


しばらく着信音が響いた後、やがて音はピタリと止んだ。


しかし、すぐにまたヴー、ヴー、ヴー・・・

と再度電話がかかってくる。


「・・・うるせぇな。」


その後も無視を続けるも、切れてはかかってくる着信音がいい加減うざったらしく感じ始めた。


「・・・・・あぁ!クソッ!」


ついに耐えることができなくなった俺は、話した方がまだマシだと思うことにして、電話に出た。


『あ、やっと出た。』


「・・・なんだ?」


『うわ。本当に元気がないじゃん。


・・・冬真さんから聞いたよ?文香さんのこと。』


あいつか、、、。余計な気を使いやがって。


『文香さんが連れて行かれて悲しいのは分かるけど、早く切り替えないと!

そんな元気がなかったら文香さんを助けられないよ?』


・・・いや、なんで俺が文香を助ける前提で話してるんだ?


『きっと兄さんのことだから、さーっと行ってさーっと連れ戻してくるんだろうね!』


結梨は明るく振る舞い、俺を元気づけることで文香を助けに行かせようとしているんだろう。


・・・何を勘違いしてるんだ?


「あのさ。」


『うん?』


「俺は、文香を助けに行けないよ。」


『え・・・?』


電話の奥で、明らかに困惑した声が聞こえた。


でも、これが現実なんだよ。


『な、なんで・・・?


・・・文香さんが、、、、大切じゃないの?』


「・・大切だよ。」


『ならなんで、、、?』


「・・・・文香の叔母さんに、これ以上関わるなって言われたんだよ。


それに、俺の力じゃ助けられない。逆に足を引っ張ってしまう、、。」


これが俺の本音だ。

きっと結梨も分かってくれ━━━




『━━は?それだけ?』


・・・なんだって?


「それだけだと・・・?」



「お前に何が分かるんだ!!


俺だってなぁ!文香を助けたいと思ってるよ!


だけど、文香の大切な人から、関わるなって。

責任が取れないって。そんなこと言われたら何もできないじゃないか!


そりゃあそうだろ!

無様に取り押さえられて!人質のように扱われて!


・・・そんな俺に、、何ができるんだよ!

何もできねぇよ!


お前ならどうした?!無理だって思うだろ?!


・・・・・ここは大人に任せるしかないんだよ・・。


俺はもう、足を引っ張りたくないんだよ・・。」


情けなく、自分に対する嫌悪感をぶつけるように、叫んでしまった。結梨は悪くないのに、。

はぁ・・・。本当に、俺ってダメだ。


『・・・。』


ほらな。結梨も黙ってしまった。こんな奴が兄だなんて、嫌なんだろうな。


『・・・だから?何?』


「え?」


『いや、だから何?って聞いてるの。』


「お前、さっきのちゃんと聞いてたか?」


『ちゃあんと聞いてたよ。

その上で、こっちが聞いてんの。』


「は?だからも何も・・・」


『兄さんって、弱いんだね。』


「・・・。」


『今の話聞いてる限り、逃げてるようにしか思えない。


俺じゃ無理?なんで言い切れるの?

私は現場にいなかったから詳しい状況はわからない。

実際兄さんの心が折れるくらいに圧倒されたんだろうなってことも分かってるよ。


でもさ、それって諦める理由になる?

どんなことにだって、対策はできるじゃん。


あと、責任が取れないって、責任を取らせないように何の問題もなく文香さんを連れ戻せばいいだけじゃない?』


・・・言ってることがめちゃくちゃだ。


果たしてこいつが俺と同じ立場だったら、

その通りにできるのだろうか。

ふっ。できるわけがない。


『自分でも、おかしいこと言ってるなって分かるよ。でもね。私の知ってる兄さんなら、きっと私と同じことを言うよ。


・・・今の兄さんは、すっごくカッコ悪い。逃げてばっかりで。


まるで怯えた仔猫みたい。』


「ははっ。

カッコ悪いだと?そんなの、俺が1番分かってんだよ。お前に言われるまでもない。


あと、勝手にお前の幻想を押し付けんな。

じゃあな。」


『あっ!ちょっ━━━』


プー。プー。プー。


携帯から、通話が終了した音が聞こえ始める。


そして俺は、携帯を遠くに投げ捨てた。


そのまま仰向けに寝転がり、腕を顔に押し当て光を遮断する。




・・・結梨の言葉は、俺の痛いところに突き刺さった。


その事実が少し嫌になり、電話を一方的に切ってしまった。


『━━━ 私の知ってる兄さんなら、きっと私と同じことを言うよ。』


・・・確かに、昔の俺だったらそう言ってたかもしれない。


でもな。俺は大きくなってしまった。


小さい頃には無かった、責任とか、恐怖心とかが芽生えてしまったんだ。


そう。俺は文香を助けに行くことが怖い。


男に押さえられて、目の前が真っ暗になったことが忘れられない。


だから、千紗さんがもう関わらないでって言った時、俺はんだ。


・・・してしまった。


文香を絶対守るって言っていたのにも関わらず、だ。


とにかく、大切な人が連れて行かれ、関わるなと言われてホッとするようなやつなんだよ。

俺は。


こんな俺じゃ、どのみち無理だ。


〇〇〇〇〇〇〇〇


しばらくそのままでいると、部屋のドアが開き

冬真が入って来る音が聞こえた。


冬真はそのまま何も言わずに、近くに腰を下ろす。


・・・きっと情けないやつを見るような目で俺を見てるんだろうな。


そんな風に、勝手に解釈していると、


「・・・宗則。俺からも、お前に言いたいことがある。」


冬真が今まで聞いたことのないような声で、話しかけてきた。

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