第3話〜現世の理

 僕に巻き付く海流が消えた。頭上でスクリューを止めていた海流も消えている。目の前で、人型となった砂も形を維持できず霧散してしまった。


 ……船上でお祓いが完了したか。


 海流がおさまったことで船が進み始める。客船の出港時間に航路を空けるのは間に合いそうだ。周囲で揺蕩う海藻を見つめながら、意識が遠のいていく。


 薙は霊体のため息のできない海底でも活動出来るものの、肉体がないため浮力が働かない。重力の影響だけを受け、海底に寝そべっているのはそのためか。


 早く衣を着るか、あの洞窟に移動しなければ、存在自体が消滅してしまう。思考だけは真面だが、既に腕が言うことを聞かない。


 だけど……船が無事で良かった。最後に彼女たちに礼を……


 視界の端で何かが動いた。何かが、薙の両手を掴み、両手の平を合わせてくれた。


 ☆☆☆


 泡が弾けるように、水飛沫を飛ばして薙と燐瞳は船上へ戻ってきた。燐瞳は制服をずぶ濡れにし、四つん這いで咳き込んでいる。一方、薙は、全身に電流を発生させながら苦しみ喘いでいる。


「ゴホッ……ゴホッ! お父さん、薙くんを!」


 燐瞳は咳き込みながら森之宮へ助けを求めた。しかし、薙の状態を一目見て、「これは無理だ」と言葉を漏らした。


「祓いじゃどうしようもない……これは、この世界のことわりだ」


 森之宮は、霊体が現世に拒絶されている事を知っていた。


「薙くん、勝手にごめんよ!」


 そう言って森之宮は薙の道服を弄る。霊体にも関わらず、彼はこの姿になるまで我々に感知されなかった。それは、この世界の目すら欺く何かを持っているからに違いない。そう思ったのだ。


 道服の袖に手を入れた時、薙は最後の力で衣を森之宮に手渡した。森之宮は手を引いて見てみるも、目には見えない何かがあることしか分からなかった。


 しっかり着ていない衣は、人間の目には映らないようだ。だから人間が霊を見ても脱げかけたりボロボロになった衣に気がつかない。もしかしたら、霊視を高めれば見えるのかもしれないが、今の森之宮と燐瞳には無理だろう。


 森之宮は、手の中の何かを薙の体に押し当てた。すると、姿が元の少年に戻り、電流が消えた。薙は衣を着ることに成功し、なんとか生き延びた。


「た……助かり……ました」


「もう大丈夫か?」


 森之宮の問いかけに、僕は、「は……い」と力なく答えた。僕は身動きを封じられるだけでダメなのかと自己嫌悪する。剣を手に入れ舞い上がっていた自分が恥ずかしい。現世では、もっと慎重に動かないとダメだ。


「少し休めば……動けます」


「分かった……船を出してくれ!」


 船は港へ引き返していく。この船は客船の救助船という事になっている。僕を降ろした後は再び海に出ていくだろう。それまでに動けるまで回復しなければ……


 現世で何度か閻魔の力を使って分かったことは、三つだ。


 “一日に閻魔の姿になれるのは数分間”


 “道具は出しておけば人間状態でも使える”


 “衣をまとえば一晩で元の状態に戻る”


 おそらく、衣には魂の修復効果があるのだろう。


 僕は薄皮に守られた黄身だな。あるいは、酸素切れのダイバーとでも言えばいいか。


 肉体は潜水艦で、魂は乗組員。衣は酸素ボンベだ。肉体という殻がある人間を、これほど羨ましく思うとは思わなかった……


 ☆☆☆


 目が覚めると、僕は船から森之宮の運転する車の後部座席に乗せられていた。座席シートを後ろに倒し、フラットになった空間に寝かされている。僕は起き上がると、どこに向かっているのか質問した。


 運転席の森之宮は、ハンズフリーで電話をしているため僕に構えない様子だ。話の内容から、風切のキャンピングカーを停車している道の駅の管理人へ、回収日を伝えているようだった。代わりに助手席の燐瞳が振り返り、「風切さんの病院よ」と僕に答えた。どうやら、僕について風切に確認したい事があるらしい。また、病院後は森之宮が運営する神社へ一緒に来てほしいとも言った。


 僕は正直、このまま人探しのプロの所へ連れて行ってほしいと思ったが、流石に厚かましい願いだと思い、言葉を引っ込めた。少なくとも一晩は大人しくしなければなさそうだと、自身の体調から察した。


「それにしても、今は大丈夫なの?」


 燐瞳は、僕の顔を見ながら心配そうに言った。少年の姿から閻魔に変わり、再び少年に戻った僕の状態は、霊能者の燐瞳からしても異常なのだ。少し迷ったが、僕は魂を守る衣について説明する。


 衣の存在は、燐瞳に衝撃を与えたようだった。森之宮と違い、燐瞳は現世が魂を拒絶している現象について詳しく理解していない様子だった。ただ、今まで祓ってきた霊の中で、僕のように電流に苦しむ霊は見た事がないとも言った。


「人に取り憑いた霊も、廃墟に巣食う地縛霊も、それに……それに、今日も」


 燐瞳は何か別のことを言いたそうだったが、それを押し殺したように見えた。


「僕も気になっています……」


「”魂の状態”の違いだ」


 電話を終えた森之宮が僕と燐瞳の会話に割って入った。森之宮曰く、肉体の死を迎えた人間は魂だけの浮遊霊となり現世を彷徨う。しかし、未練によって”ある条件”を満たすことで、魂の性質が変化し、その魂は現世の理から外れてしまう。


 現世の理に則った魂と、逸脱した魂。この違いが現世での活動時間に影響している。


「我々が祓っている霊の大半が、後者の逸脱した魂だ。この状態を”悪霊”と呼ぶ人が多いよ。ただ、人に取り憑く霊は前者だけどね」


「あ、そうか……」


 僕は察した。現世の拒絶が、肉体がないから起こると考えれば、他人に取り憑いてでも逃れたいと思う者もいるだろう。憑依の裏にはそんな理由があったのか。


「まぁ、その場合は拒絶反応で苦しむことになるんだけどね」


 肉体と魂が適合しない場合、まるで免疫システムでも働いているのか、激しい拒絶反応で互いの魂が損傷してしまうらしい。


「お父さん……なんでそんなに詳しいの?」


「そりゃ、連盟の幹部を数十年やってるんだから、当たり前だろ?」


 森之宮は笑ってそう言ったが、続けて、「それに、燐瞳は幼かったから覚えていないかもしれないけど、十年前、連盟で”悪霊化のメカニズム”に関する論文を発表した人間がいた時に……」と述べた時には、真顔に戻っていた。


「悪霊化のメカニズム?」


 森之宮が言っていた”ある条件”に関する仕組みが解明されているのか? 僕はその内容が気になって仕方がなかったが、


「この続きは帰ってからにしよう……ほら、見えてきた」


 そう言って森之宮は無理やり会話を中断してしまった。


 一時間ほど走り、風切の入院する病院が見えてきた。車は病院の専用駐車場に停まる。駐車券を財布に仕舞った森之宮が、「薙くん、動けるかい?」と僕に声をかけた。


「えぇ、お陰様で」


 両手をグルグル回して元気だとアピールしてみる。


「衣の修復力か……それについて、色々教えてもらわないと」


 三人は車から降り、病院へと入っていく。


 ☆☆☆


「おぉ、閻魔様! 解決してくれたか!」


 病室に入るなり、風切は喜びの声を上げた。連盟の連絡網で”解決”の二文字を見た彼は僕が来るのを待っていたらしい。


「燐瞳、報告書出したの?」


「あっ……」


 どうやら事件解決前に報告書の提出が必須らしく、燐瞳はシュンとした表情で「だって、早くみんなに伝えたくて」と申し訳なさそうに言った。


「あれ? 周芳さんと燐瞳ちゃんも一緒だったのか」


「はい、事件はお二人が解決したんですよ」


 風切は、「連盟でやる気があるのは森之宮家だけだもんなぁ」と、これまた悲しそうに言った。その後、四つ折りの印刷用紙を僕に手渡してきた。中を見ると、人探しのプロの住所と手書きの地図だった。


 既に燐瞳から既に情報はいただいていたが、風切が約束を守る男だという事が分かり、少しホッとした。


「……宍道さん、彼が閻魔だと知っていたんですか?」


 森之宮は真面目な表情で寝たきりの風切に近づいた。妙な雰囲気を察したのか、「あ、あぁ……」と喫驚しながら、僕との出会いと今日までを正直に話した。


 ため息をついた森之宮が、「まぁ、貴方は連盟に所属していなかったので仕方ないといえばそうなのですが……」と、非常に何か言いたげな表情をしている。


 そりゃあ、閻魔に占い師をやらせて入院費用を稼がせていると知って、ため息の一つくらい吐きたくなるだろうよ。


「確か、あと二週間は入院でしたよね?」


「そ、そうだが……」


 風切は上半身を起こした。内臓が痛むのだろう。表情が曇っている。僕は、森之宮と風切を後ろから眺めている。一体、何を風切から聞こうというのか。


「では、彼は私の家で引き取らせていただいても宜しいですか?」


「それは構わないが……」


 ちょっと待て!? 風切は僕の保護者じゃないぞ!?


「ま、待ってください!? 僕はこれからこの場所に……」


 手に持つ地図を振りながら森之宮に近づこうと足を出すと、後ろから燐瞳に肩をつかまれた。振り返ると、「黙って聞いて」と、訴えかけられた。


「……預けるなら、俺のキャンピングカーは返してもらうが」


「あぁ、それなら」


 そう言って森之宮は風切にスマートフォンの画面を見せた。そこには、キャンピングカーのレッカー費用の請求書が表示されている。


「私の家まで牽引しておいたので、後で払ってくださいね」


「金取るの!?」


 驚いた風切は変に体を捻ったせいか、激痛と金額の多さに硬直してしまった。


「宍道さんが退院したら迎えに来ますから……それに貴方、薙くんと一緒に高松先生の所に行く気だったんでしょう?」


 スマートフォンを仕舞いながら森之宮は硬直した風切に言った。


 高松先生……人探しのプロだ。風切は僕と一緒に同行してくれようとしていたのか。


「……アイツの所に行くなら、俺も行った方が話は早いからな」


 痛みを和らげるようにゆっくり呼吸しながら、風切は答えた。


「同行は燐瞳にさせます。貴方はとにかく休んでください」


 そう言って森之宮は「じゃあ二週間後に」と部屋を出ていく。僕は、燐瞳に引っ張られながら部屋を後にした。


 風切は、「レッカー代どうしよう」と言わんばかりの顔で僕を見送っていた。


 ☆☆☆


「…………勝手に決めてごめんね」


 後部座席で項垂れる僕に、運転席の森之宮が申し訳なさそうに言った。いや、別に怒ってはいない。森之宮も高松先生とやらの場所に行く事自体を止めているわけじゃない。「今日は休んで、明日行くと良い」とも言ってくれているし、さらに燐瞳が目的地まで同行してくれるとも言っている。


 確かに、そこまでなら彼らに世話になっても良いかもしれない。ただ、閻魔と聞いて彼らが躍起になっている理由を教えてくれないのが気になって仕方がなかった。


「今から帰ると着くのは夕方だな……ご飯どうする?」


 森之宮は助手席の燐瞳に話しかける。燐瞳は、「正直、食欲ない」とノートパソコンで急いで報告書を作りながら返答する。森之宮は僕に対しても同様の質問を投げかけるが、僕は食事が取れないので気持ちだけいただくことにした。


「座標が分かれば僕の虚空で跳べますけど」


「今、閻魔になれるのかい?」


 あれから数時間、体から痛みは引いている。短いスパンで衣を脱いだらどうなるのか。それを試す意味でもやってみようと思った。


 車内で閻魔の姿に変化すると、うっすらと電流が表面を走った。せいぜい十数秒が限界だと感覚で察する。周囲に車はない。路肩に停車し、僕は両手を合わせた。


 車ごと跳んだ先は、長い石段が印象的な神社の駐車場だった。神社だと分かったのは、石段の先に赤い鳥居が見えたからだ。移動が完了したのを確認し、急いで少年の姿に戻った。


「薙くん、ちょっと来て」


 ノートパソコンを閉じた燐瞳が降車し、僕に寄ってくる。会わせたい人がいるとか。一緒に石段を登る最中、「シヅキちゃんって知ってる?」と聞かれた。


 シヅキ……? 知らない名前だ。燐瞳は、彼女のことを友人だと言った。そして、神社の境内に彼女は居ると。


 なぜ、そんなことを聞くのかと僕は訊ねた。すると、「薙くんと同じ空間移動の力を持っている」とだけ答えた。僕は、あり得ないと思いつつ、石段を登り切って鳥居をくぐった。


 境内は掃除が行き届いており、とても綺麗な印象を受けた。燐瞳は、本堂の奥にある離れへ僕を誘った。木製の古い引き戸を開け、「シヅキちゃんいる?」と声をかけた。


 離れには誰も見えないものの、「ここよー」と女の子の声がする。やはり聞き覚えがない。僕が天井付近の蜘蛛の巣を見ていると、「ここだってば!」と近くから声がした。全く声の主が見えない。


「馬鹿にしているの!?」


 足元で声がし、驚いて視線を下げると、綺麗な紫髪の少女が着物姿で立っていた。小学一年生くらいに見える彼女が”シヅキちゃん”らしい。


「あ、初めまして……」


「私は紫月しづき! 貴方は? 燐瞳の彼氏?」


 子供ながら大人びてるなと感心。燐瞳を見ると、「まさか……」と引き笑いで首を横に振っている。


「あの……空間移動が出来るって聞いたんですけど」


「あぁ、これのこと?」


 そう言ってシヅキは姿を消した。気がつけば彼女は離れの外だ。そこからさらに離れの屋根に空間移動してみせた。


 僕は呆気に取られた。彼女……シヅキは、”予備動作なし”で空間移動している。僕や暦のように、両手を合わせる動作が必要ないことに驚きを隠せない。


「彼女、空間を司る妖怪なのよ」


 燐瞳の発言にさらに驚く。僕は、空間移動の術を、空間の神から直々に教わった。この技は、神にのみ許された術だと思っていた。それなのに妖怪がなんで……


「ん? 妖怪なら肉体は……」


「もちろんないわよ? 魂だけで生前の姿を再現してるわ」


「……痛みとかはないんですか?」


「えぇ、森之宮周芳の言う通り、私は世界から逸脱した存在らしいわね」


 魂だけ。それも衣も着ていない彼女が現世にいるなら、僕も、彼女と同じように現世に適合できるのだろうか? 森之宮の言う”ある条件”とは一体なんなのか。


 それより気がかりなのは、虚空だ。暦が使えたことにも納得していないが、彼女は僕が教えたと言っていた。ならこのシヅキという少女は誰から……


「えっと、シヅキさんも空間の神から教わったんですか?」


「教わったというより、継承したって感じかしらね」


 どういうことだよ……僕の理解が追いつかない。空間の神は地上に降りていたってことなのか?


「用事があって来てたみたいだったけど」


「そんな!? 神は、そう簡単に地上に降りれないんですよ!? それに、人間へ接触することは禁止されているのに!?」


 閻魔界で読んだ、神との協定書にそう書かれていた。


 “神は、如何なる理由があろうと人間への直接的な接触、並びに問題へ介入してはならない”


 “破れば、この世界の理に影響をもたらす”、と。


 だからこそ、災厄の神が地上に降りたのは問題なんだ。


「……閻魔様はどうなの?」


 後ろで燐瞳が不思議そうに言った。僕は何も言い返せなかった。


 ”神と閻魔が接触する場合、天帝様と閻魔王の承認を得なければならない”


 とは書かれていたが、人間と接触してはいけないとは記載されていなかった。


 個人的に神がダメなら閻魔もダメだろうと思いつつも、今自分が何をしているのかを見るに、バリバリ人間と接触しているし、問題に介入しているし、大罪人と鬼に呼ばれたのは嘘ではなかったのかもしれないとさえ思ってしまう。


「人間の魂だったからルール違反にならなかったんじゃないの?」


 シヅキは僕を、”面倒な男が来たなぁ”と言いたそうな目で見つめていた。


「ちなみに閻魔様なの? 空間の神様から教わったっていつ頃?」


「だいぶ昔ですよ……こちらの時間軸で言えば千年くらい前でしょうか」


「なら私が会ったのはその後ね、五百年くらい前だし」


 五百年!? 彼女は一体いくつなんだ? 「見た目は子供の女の子なのに」と、思わず口に出してしまった。


「私が初めて会った十年前も同じ姿だったわよ?」


 燐瞳が僕の疑問に答えると共に、「薙くんも人のこと言えないと思うんだけど」と痛いところを突いてくる。


 僕だって衣を着たら少年の姿になるとは思ってもいなかったよ。と、言いつつも閻魔状態でも変わらないんだけど。


 ……と言うよりも、


「なぜ、空間を司る妖怪がこの神社に?」


 僕の疑問に対して、燐瞳は「十年前、お兄ちゃんがシヅキちゃんを保護してからずっとここにいるのよ」と答えた。彼女の空間移動は、僕や暦の虚空とは訳が違うらしい。それを悪用しようとする輩がいるのだとか。


「……閻魔様の姿に今なれる?」


 シヅキは僕の顔を見ながら半信半疑でそう言った。残念ながら、衣を今脱いだら間違いなく動けないだろう。なので、「明日なら見せられますよ」とだけ伝える。


「明日……ねぇ」


 シヅキは都合の悪そうな顔をした。空間を司る妖怪ともあろうお方が明日は何か用事でもあるのだろうか。


 ふと、空間の神は元気なのだろうかと考えてしまった。彼は優しい人だった。駆け出しの頃、僕の我儘を聞いて、虚空を教えてくれたことには感謝しかない。当時、閻魔界で虚空が使えたのは僕だけだったし、それもあって五芒星に加入できたし。


「あの人なら、僕の記憶を……でも閻魔界に戻るわけにもいかないし……」


 腕を組んで、物思いに耽る僕の足を、シヅキは叩いた。


「その……申し上げにくいんだけど……多分無理よ?」


「……え?」


 嫌な予感がした。シヅキは虚空を教わったのではなく、”継承”したと言った。


 つまり……


「空間の神はすでに存在しないの……閻魔様」


「それは、なんで……」


「アレが原因よ」


 シヅキは上空を指差した。その先に白い月が見える。神が封じられていると燐瞳が言った月。


「神同士なら、協定違反にはなっていない……」


 僕は察した。空間の神が、現世に逃げた災厄の神を封じたんだ。その後に、彼女に力を継承した。継承したのは、自身が修復不可能なほどの損傷を負ってしまったためだろう。


 この事実が閻魔界に伝わっていないのが不思議でならないが、もし、僕が災厄の神を現世へ逃したというのが本当だったら、僕に虚空を教えたあの方が責任を問われ、それで追ってきたという事になるんじゃ……


 いや、そんな、僕は、本当に大罪人なのか?


「彼の方は、まだ子供の私に泣きながら謝ってたわ」


 “……君を、人の理から外してしまって申し訳ない”、と。


 神の力を人に継承させた。それは、継承される側が、人を辞めるのを意味している。しかし神にはなれなかった彼女は、妖怪として、この世界の空間を保っている。


 この日、僕の口から言葉が出てくることはなかった。


 あまりのショックで、その日の記憶はここまでしか覚えていない。

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