第39話~歪な共生からの解放①

 金剛杵を抱き、うずくまって泣いている自分の肩を誰かが優しく触れた。手のぬくもりが衣越しに伝わってくる。


「閻魔薙……」


 その声は弓栄春人のものだった。彼は優しく僕の名を呼び、励まし続ける。


「…………教えてください」


 うずくまった状態で返事をすると、春人の手がビクッと震えた。


「言霊なら、暦も、アメリアさんも呼び戻せますか?」


 その問いに答えるのに春人は躊躇った様子だった。


「────残念ながら無理だ。ハヤトの魂を地獄から呼び戻すくらいは出来るだろう……でも、滅却された魂を再構築しても、元の魂とは違う」


 沼男スワンプマンという思考実験がある。原子レベルで同じ構造を持つ二人の人間が居たとして、果たして同一人物と言えるのだろうか。


「わかった……」


 ハクや鵺の時とは違う。彼女達は閻魔界には存在するのだから。でも、今回は違う。


 ────滅却は二度目の死。かつてハクが言っていた言葉だ。


「今なら分かるよ……ハク」


 ゆっくり立ち上がると、春人に向き直る。彼も神妙な面持ちでこちらをジッと見つめている。


「弓栄春人……僕は────」


 風の音と共に、鈴の音が峠に鳴り響いた。


 ☆☆☆


「おい無事か!!!」


 遠くから大声を出してこちらに近付いてくる影が見えた。源蓮華だ。彼は白いアルバを身に纏い、左手に刀を持った状態で走ってくる。


「おい閻魔薙! 大丈夫か!?」


 蓮華は僕の前で立ち止まると周囲を警戒しつつそう言った。気が付けば、弓栄春人の姿はまたしても消えていた。


「アメリアはどこだ!?」


 彼女の最後を知った蓮華は言葉を失った。アメリア・シルフィウムは最後まで勇敢だった。彼女は最後に敵討ちを果たした。憤怒サタンの強襲さえなければ、彼女は報われるはずだった。


 話を聞いた蓮華は近くの木を殴りつけた。怒りに満ちた右腕の放つ拳は、大木に穴を開けるほどの威力だった。


「暦も……消えました」


「なに!? 暦が?」


 暦がハヤトに止めを刺したと説明すると、蓮華は妙に納得した表情を浮かべた。


「桜との約束は果たしたわけか……おい、一度戻るぞ!」


「いえ、神を放置できません……僕はアイツの所へ行きます」


 予備の衣を取り出すと右手に巻きつける。切断された右手の回復速度が上がり、少しずつ手が生えてくる。


「僕がアメリアさん達の仇を取ります」


 蓮華の腕が僕の肩を揺さぶった。


「止めはしねぇ! だが少し頭を冷やせ! 何の策も無しに神と戦って勝てる見込みは無いだろう! 俺の回復を待て!!!」


「これ以上、誰も失いたくないんです!!!」


 頬に強い衝撃を受けた。その正体は蓮華の拳だった。


「俺達も同じ気持ちだよ……せめて最後に燐瞳に会え」


 そういって僕と横たわる少年を抱きかかえると、蓮華の姿が鬼へ変化し、闇夜をかけていく。


 ☆☆☆


 数時間後、高松屋敷の庭先に蓮華は着陸した。鬼化を解除し、抱きかかえていた僕を下すと周芳の名前を呼んだ。屋敷から周芳とシヅキは蓮華へ駆け寄り、気絶した少年を屋敷へと運んでいった。遅れて燐瞳が靴も履かずに僕へと抱きついた。


「なんで跳んでこなかったの?」


 シヅキの問いに蓮華はこちらを指差した。衣を巻きつけた右手を見てシヅキは納得する。


「閻魔薙、再生にどのくらいかかるの?」


「あと一時間くらいだと思います」


 手の生えてくる速度から予想して答えると「はぁ」と溜息をついた。


 蓮華は全員を集めるとアメリアの訃報を伝えた。燐瞳は、僕の胸に顔を埋めながら泣いていた。全員が言葉を失っていた。宍道さんも呆然として火の着いたタバコが手の中で燃えるばかりだった。


「それと、暦の目的が分かった……もう終わったことだがな」


 暦の目的────空の座礁についても情報共有すると、周芳が口を挟んだ。


「暦さんの目的は、輪廻転生の機構の破壊……それが起きたらどうなるんだ?」


「輪廻転生の機構は、閻魔界の基盤です……おそらく閻魔達は役割を失い、一斉に消滅し、その後、監督対象を失ったことで神々も同様に消滅します」


 力なく僕は答える。冷静に考えれば考えるほど、暦のやろうとした事の重大さを理解し恐怖心を覚える。彼女は、僕たち閻魔を犠牲にしてでも異常現象を止めようとした。それは果たして正しいことなのか。それとも彼女の罪となるものなのか。


 今となっては確認する術はないが、少なくとも、暦には暦の正義があったのだろう。


「暦はアンタ達を殺してでも情報漏洩を止めたかった……いや、神を殺すために閻魔を犠牲にすることを選んだのか……」


「蓮華君ッ!!!」


 燐瞳が大声を出した。「薙君の気持ちを考えてよ」と泣きながら怒っている。僕は彼女をギュッと抱きしめた。


「話は変わるが、神はどうなったんだ?」


 僕は周芳に羅針盤を見せた。ゆらゆらと揺れる針の上に幾何学模様が浮かび上がる。閻魔界の文字だ。


「神はこの座標にいます……現世だと、この辺です」


 鬼籍を取り出すと日本地図が表示され、目的の位置にピンが刺さった。


「こ、ここは絹峰村!?」


「ただ、空間座標の一部の軸が現世とは異なる位置を指しています……暦は空間を隔離したと言っていました」


 僕は傷が癒えたら神の元へ向かい、全てを終わらせると告げた。蓮華は頷き、「俺も同行する」と力強く僕の肩を叩いた。燐瞳は「行かないで」と言って聞かない。


「行くなら、私も行く」


「燐瞳! 俺が閻魔薙を守る……だからお前は信じて待て」


 連盟の戦力は、もうこの二人しか残されていない。


「閻魔薙、頑張りなさい」


 シズキが神妙な面持ちで薙の手を握った。


「もう止めはしないわ……貴方達が不在の間、燐瞳の傍に私がいるわ……これが私の役割なんだから」


 シヅキはそう言って笑った。


 ☆☆☆


「暦さんが消えた……私との約束も、消えた……春人……」


 呆然と夜空を眺める桜が黒服に支えられながら現れた。壊れたラジオのように弓栄春人の名前を呟き続けている。


「閻魔薙、春人は、春人はどこなの?」


 僕は羅針盤を取り出す。針は、神と同じ座標を指し示す。


「桜、諦めろ……暦が消えた以上……えっ!?」


 蓮華は「なんで同じ座標を!?」と奥歯を嚙み締めた。


「春人は……神と同じ空間にいる……お願い閻魔薙!!! 春人を連れ戻して!!! そのためなら私は何でもするから!!!」


 桜は付き人から薙に駆け寄った。両手で掴みかかり何度も揺らしては「お願い!!!」と強く嘆願する。


「薙君、不躾ながら私からもお願いだ……今は君に頼るしかない」


 周芳が深々と頭を下げた。


「閻魔様、アメリアの為にも成し遂げてくれ」


 宍道も同様に頭を下げた。


 燐瞳はずっと涙を流し続けていた。もう誰もいなくならないでと心の中で叫び続けているのが痛いほど理解できた。


 僕達は、右手が回復するまで一緒にいた。様々な話をした。まるで、これが最後の会話になるんじゃないかと思わせるほど、今までにないくらい濃密な一時間だった。


 ☆☆☆


「じゃあ、行ってきます」


 僕の腕はすっかり元通りになった。隣で蓮華が時計を見ると、夜明けまでもう少しという時間になっていた。


「作戦は話した通りだ……俺がお前の盾になる……だから必ず一撃当てろ」


「えぇ、分かっています……」


 蓮華は右腕を摩り、固く拳を握っている。左手で僕の肩を掴んだ。その手は少し震えていた。蓮華は一度、神の一撃を受けて瀕死の重傷を負っている。屈強な肉体を得ていても、恐怖心を簡単に克服できるわけじゃない。それでも僕を一人で行かせまいと同行を志願してくれた事に感謝しかなかった。


 泣いている燐瞳と寄り添う桜とシヅキの三人を見ると、静かに頷きを見せた。


「ありがとう」


 自然と感謝の言葉が出た。見送ってくれる人がいる事の喜びを初めて知った。


 ☆☆☆


 景色が霧がかった廃村に変わった。未舗装の道路に跳んだ僕達は、近くの民家に走り身を隠した。袖から羅針盤を取り出すと、針が一周した後に一点を指した。


「力を温存するために、隠れながら進むぞ」


 蓮華の指示に無言で頷くと、民家から民家へと移動を続ける。


 ある程度移動した時、僕の左手がピンと無意識に伸びた。指先を見ると細い糸がどこかへ繋がっている。突如、脳裏に映像が流れた。まるで誰かの視界を共有しているようだった。


「集合意識……神の視点か!?」


 左手の糸を見て思い出したのは、ニコラスがハクから切り取った魂の一部。もしかすると、ハクの魂の欠片を使って集合意識に介入しているのかもしれない。


 糸を繋がれて初めて気が付いたが、上を見上げると、同様に糸を繋がれた無数の魂達が浮遊している。おそらくこの村の住人達を一つに繋ぐ事で集合意識を形成しているのだろう。


「集合意識だと? ここ絹峰村は十年前、ハヤトが集合意識の実験に選んだ場所だ」


 蓮華は童子切を抜き、ガントレットを出現させた。


「僕はハクと糸で繋がったから、その名残で集合意識に接続されたのかもしれません」


 でもハクにはそんな力はなかった。一体、神は何をしたんだ?


「神に僕の視点がバレている可能性があります……一気に跳びますか?」


「いや、焦るな……和睦を鞘に納めて進むぞ」


 蓮華は絶対不可侵の力を利用すれば監視もかいくぐれると算段を立てた。僕は音を立てないようにゆっくりと和睦を鞘に納め、再び道を進み始めた。


「お前、前にも糸を繋がれただろ? その時は大丈夫だったのか?」


 僕は右手を見た。以前、ハクが僕の小指に繋いだ糸を思い出す。


「彼女は、ただの蚕でした……集合意識なんか意図していなかったんです」


 ハクは集合意識へ通じる力を発現していなかった。


「十年前の遺産が残っていたか……」


 十年前の遺産────蓮華が語るのは、十年前にこの村で起きた事件。おしら様と呼ばれた村固有の怪異を利用し集合意識へ介入し、神の封印を解く事を目的とした影の住人達と、それを阻止しようと動いた連盟の衝突。


 結果は、辛くも連盟の勝利となったが、ハヤトの生み出した集合意識への入口は放置され続けたという。


「いや、放置じゃねぇ……おしら様は消えたはずだ」


 予備バックアップがあるなんて聞いていなかったと蓮華は難しい表情をした。


 村の中心に辿り着いた。そこにあったのはかつて役所として機能していたであろう廃墟。その入口に、アルビノの少女と共に白髪の老人が座っている。彼は、アルビノの少女の肩に手を置き、目を閉じて何かを呟いている。


「え、あっ……まさか……」


 遠くから彼を視界に入れた蓮華は、言葉を失った。


「────琵琶先生」


 淡海神道連盟の長、淡海琵琶────その人がそこにはいた。


 ☆☆☆


 神の目がカッと開いた。視線は、僕達をまっすぐ見つめている!!!


「俺の後ろへ下がれッ────!!!」


 飛び出した神の拳を、蓮華が受け止めた。蓮華の姿は一瞬で鬼の姿へと変わっており、ガントレットから溢れだす紫電と共に、神の一撃の衝撃を周囲へ逃がした。


 神の蹴りが蓮華の脇腹に直撃すると、彼はすぐそばの民家の壁へ叩きつけられた。


「酒吞童子ごときが相手になると思ったのか?」


 瓦礫を払い除けて蓮華は立ち上がり、童子切を神へ向けた。


「なんで琵琶先生の身体を!?」


 瞬きにも満たない速度で神へと詰め寄った蓮華は、その首を目掛けて渾身の一撃を放った。しかし、その剣先は神の人差し指によって阻まれ、チリチリと音を立てて静止した。


「ほう? 恩師の身体と言いつつ躊躇がないな?」


「黙れッ!!!」


 蓮華は出力を上げる。紫電を纏った刃が振動し切れ味を上げる。一瞬、蓮華は僕へ目配せをした。この瞬間、僕も和睦を抜き去り、神の背中へ刃を振るう。


「震えろ!!!」


 神の言葉に呼応するように、周囲一帯の地面が波打ち、僕の剣筋を歪ませた。その隙に蓮華の刃を弾いた神は、指を鳴らす。パチンと弾ける音に合わせて僕と蓮華を暴風が包み込み、後方へ弾き飛ばされた。


「逆上した素振りは演技か? そう何度も不意打ちを喰らうと思うなよ」


 神は鼻で笑うと、僕の方へ向き直った。その眼力に、またもや力が抜けていく。


「和睦を手放せ」


 指差す先から電撃が放たれた。避雷針のように電撃が和睦へ向かって進んで来る。しかし、和睦に到達する前に割って入った蓮華の童子切が神の電撃を弾いた。電流が童子切から蓮華の身体へ伝わったためか、何度か痙攣を見せた。


「あっはっは、俺が加減を止めれば一撃で消えるというのに……お前たちが前にしているのは、この世界の自然そのものだと、理解できないのだな」


 その光景を見て神は蓮華を嘲笑う。


「閻魔薙は、俺をここから解放する手段だ……それまでは消しはしない」


「本気を出さないのは、それだけじゃないだろ……理解者を失いたくなからじゃないのか?」


 蓮華の言葉に神は笑うのを止めた。静かに蓮華の次の言葉を待っている。


「一番の理解者……ハヤトはもういない。閻魔聖も、ニコラスも消えた。お前の思想に共感出来るのは、閻魔薙しかいない! そうだろ!?」


 蓮華の突進が神に当たった。図星を突かれたためなのか神の動きが鈍ったためだ。


 役割の解放を成し遂げる事は神の悲願。方向性は違うものの、同じ思想に到達した僕を和睦と共に何が何でも手中に納めたいのだろうと蓮華はまくし立てた。


 神の拳と蓮華の童子切が幾度となく激しく衝突する。常人なら、その間に割って入ろうなんて思わないだろう。それほどの攻撃の応酬だ。


 僕は和睦を地面に突き立て、両手をパンッと合わせた。閻魔の道具が全て周囲に出現する。鬼籍に表示された神の名を確認し、和睦を引き抜いた。


「マガツヒノカミ……これより簡易裁判を始める」


 戦火に身を投じよう。アメリアのために。燐瞳のために。暦のために。今まで僕が関わった全ての人のために。


 宙に浮く金剛杵を握ると倶利伽羅を出現させる。和睦と倶利伽羅の二刀流になった僕は、マガツヒノカミを目掛けて突進を仕掛けた。


 ☆☆☆


 神は閻魔と鬼の二人を相手にしても余裕の表情だった。童子切は素手で弾き、和睦と倶利伽羅は皮膚表面に起こるパルスで弾き返していく。


「この依り代は素晴らしい! 内燃機関要らずだ! これほど力を行使しても魂の消費はほんのわずかだ!!!」


 自然災害の権化であるマガツヒノカミが操る自然現象は、人間一人をねじ伏せるには過ぎた力だ。神自身もそれを理解し、さらに自身の燃費性能を上げるために出力を絞っている。それでも、酒吞童子と融合し人間を辞めた蓮華を圧倒している。


「切り裂け!!!」


 真空の刃が神の脚部から放たれた。蓮華はガントレットから紫電を放出し刃を滅却しようとするが、滅却が追いつかず斬撃の雨が眼前に迫る。


「うぉおおおおおおおおおおお!!!!!」


 蓮華は雄叫びと共に全ての斬撃を童子切で捌きにかかる。剣を振るう速度があまりに速いため残像が見える。


「────十全たる空孔の法則パーフェクト・オブリヴィオン!!!」


「────次元を貫けッ!!!」


 出現する虚無の入口へ神は左手を向けた。放たれる青白色の光線が虚無の入口に衝突した。力のほとんどが虚無に消えたはずなのに、余りある熱力学エネルギーによって周囲の建物が一瞬で倒壊するほどの衝撃波が発生した。


 全能術を押し返すのは神にとって当然の事象。全能術自体が神の力に到達する手段なのだから。


「流石に全能術相手では、内燃機関を使わざるを得ないか」


 そう言い終わると光線の出力がさらに上がり、虚無の入口にヒビが入った。


「次元の壁を超える粒子の力だ! 降参しろ、閻魔薙!!!」


 虚無が崩壊を始めた。隙間から光線が僕を狙う。


「俺がいるのを忘れるなッ!!!」


 真空の刃を捌き切った蓮華が僕を抱えて跳んだ。虚無を貫通した光線が周囲の壁に当たり、村のいたる場所へ拡散する。


 これは、村の空間を循環させた暦の力が、十全たる空孔の法則パーフェクト・オブリヴィオンを超えている事の証明でもあった。


「死神のくせに閻魔を超えるか……おい、あの女、一体何なんだ?」


 神は光線を撃ち出すのを止めると、上空へ手をかざした。赤黒い液体が手の形になり僕達を掴もうと地面から迫ってくる。


「答えろ、閻魔薙!!!」


「僕も分からない!!! お前のせいで、何者なのか知る前に彼女は消えてしまった!!!」


 両手を合わせ、空間移動することで神の拘束を避ける。地面に着地すると、アルビノの少女が近くに立っていた。ただ、無表情で我々の衝突を見ている。


 ────集合意識を利用した任意情報コードの実行……世界記憶の改定……


「……待てよ?」


 僕は神の依り代に目を向けた。案の定、彼の右手にも蚕の糸が繋がっている。この糸はアルビノの少女という集束装置ハブで各魂達と繋がっている。


 ────言霊は因縁果に干渉する力


 ハヤトはそう言っていた。原因と結果を結びつける縁。その縁を彼女が担っているとするならば、僕は神の意識に接続出来るのではないか?


「そろそろ終わりにしよう……俺もここから脱し、集合意識を広げる必要がある」


 神の依り代が光を帯び始めた。内燃機関を作動させているようだった。魂を効率よく熱力学エネルギーへ変換しているのだ。


「俺は、神という役割から解放され、自由になるッ!!!」


 天に向かって放たれる神の光。光は上空で弾けると、無数の氷塊となって降り注ぐ。広範囲の攻撃。神はこちらの逃げ場を塞ぐつもりだ。

 

 落下した氷塊が周囲の建造物を残さず潰していく。蓮華が氷塊を砕いて回るが、それも追いつかない。おそらく、虚無の入口を開いても、また先ほどのように破壊されるのがオチだろう。


「外に跳んで逃げるしかないよな? 閻魔薙?」


 神はそれを狙っている。僕が虚空を発動させれば、それに便乗してこの隔離された世界から外へ逃げるつもりだ。集合意識に繋がってしまった以上、それは避けられない。


「蓮華さん、もう少しだけ耐えてください……」


 アルビノの少女と繋がる自身の糸を見つめ、意を決して両手を合わせた。


 ☆☆☆


 神は、自身にかかる影に気が付き、頭上を見上げた。そこには、神自身が発生させた巨大な氷塊があった。不可解とばかりに怪訝な表情を浮かばせた神は、一歩後ろに下がり氷塊を避ける。


 神からしたら、ありえないのだ。自分で自分を攻撃するなんて事を間違ってもするはずがないのだから。


「成功だ……」


 僕は今の事象を見て確信した。


 神といえど、自然現象を発生させるには正確な座標計算が必要なはずだ。計算を間違えば雷だろうと隕石だろうと異なる地点に発生させてしまう事になる。


 ならば、集合意識を介して間違った座標計算結果を神に送り付ければ、付け入る隙が生まれるのではないか。そう思い、神のいる地点の座標を集合意識に介入させたのだ。


 幸いにも、神は未だ気が付いていない。


「今です蓮華さん!!!」


 神の一瞬の隙を突いて、蓮華の童子切が神の腹部を貫いた。刃から伝わる紫電が神を分解しにかかる。その激痛に顔を歪ませた神だったが、右手で腹部の童子切を掴み抜き去ると、童子切ごと蓮華を投げ飛ばした。


「轟けッ!!!」


 空間を割く轟音と共に稲妻が走った。しかし、それも再び神の足元に落ちる。稲妻の閃光が神の視界をほんの一瞬だが塞いだ。


「────清め、祓う!!!」


 神の視界が戻った時、最初に映ったのは、眼前に迫る和睦の切っ先だった。


「座標計算かッ!? そうだろう!? 貴様も集合意識に繋がっていたのか!?」


 神が身構えた。依り代にパルスを発生させ、和睦を弾くはずだったのだろう。しかし、パルスは発生しない。これは座標計算の話ではない。術が発動しないのは、依り代に異常が起きた証拠だ。


 この土壇場で依り代が動かない。神は動けないのだ。ただただ迫る和睦を受け入れる事しか神には選択肢がなかった。


「全てを吐き出せッ!!!!!!」


 和睦の刃が神を縦一文字に通過する。斬った勢いで僕は地面に転がった。


「なぜ……言うことを聞かない……我が同志……まさか、裏切ったとでもいうのか……!?」


 依り代から溢れる赤黒い液体。そこから何かが零れ落ちた。地面に横たわったシルクハットの老紳士風の男。僕は彼を気にするよりも先に、虚無への入口を開き神を閉じ込めた。


「────やったのか……? おいッ! 閻魔薙!!!」


 足を引きずり、折れた腕を治療しながら近付いてくる蓮華に、僕は親指を立てた。


 その瞬間、僕の視界は暗転し、目の前に広がっていたのは歪んだ空間だった。上下左右が存在しない灰色の世界。どこまで先があるのかも分からない。手を伸ばしても何もない。どこまでも広がっているのだろう。時空が歪みに歪んでいる。


 何が起きたのかを、頭が理解するよりも先に、再び視界が暗転した。

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