第4話〜”二人”の再開
翌日、朝起きると僕の隣でシヅキが寝ていた。すやすやと寝息を立てる少女を見ていると、彼女が空間を司っている偉大な妖には見えない。
昨晩は、結局離れに泊めさせてもらったんだった。森之宮から「今日は疲れているだろうから、話は明日にしよう」と言ってくれたのだ。上半身を起こすと、シヅキが目を覚ました。
「……夜這い?」
「もう朝ですよ」
それに、そっちが勝手に来たのでは?
シヅキは「つまらない男ねー」と言いつつ立ち上がり、寝巻きから着物姿に変化した。
これが妖怪……衣なしに姿を変えられるのか。
「私は出かけるけど、貴方は?」
「僕は高松先生のところに向かいます……」
今日こそ、暦の居場所を特定する。燐瞳が一緒に来ると言ってたが。僕は時計に目を向けた。まだ朝の五時か。燐瞳も寝てるかな?
布団から出て、朝日を浴びようと外に出ると、燐瞳と目が合った。巫女姿で境内を掃除している……早起きだこと。
「じゃ、閻魔様! 燐瞳によろしくー」
そう言い残してシヅキが消えた。もう出かけるのか。
「おはよう、薙くん! あれ? シヅキちゃんもう出たんだ?」
「おはようございます……シヅキさんはどこに出かけたんです?」
「確か……アメリカだったはず」
アメリカ!? なんでまた!?
燐瞳は、「海外にいる連盟の人の所にビジネスで……」と言いづらそうに天を仰ぎながら口にした。
……シヅキも、お金稼ぎに利用されているのか。空間の神から継承した力を金稼ぎに使われているのが腹立たしい。
「薙くん、朝ご飯食べる?」
「いえ、僕は食事は……」
そう言いかけ、疑問に思った。水すらいらない僕は一体どこから活動エネルギーを得ているのだろう。まぁ、おそらくは衣だろうが。
燐瞳は、「高松先生のいるところは結構遠いから、もう少ししたら出発するよ!」と交通ルートを見せてくる。公共交通機関を乗り継いで行くらしい。
僕は虚空で跳ぶつもりだったのだが、燐瞳が「あそこに跳ぶのはやめておいた方がいい」と制止した。
「あ、でも近くのコンビニまでなら大丈夫かも」
「なにか違いがあるんですか……それ」
地図で確認すると、目的地が山中、コンビニとらやが山の麓。位置はそこまで離れていないように見える。目的地の山の中に何か仕掛けられているのだろうか。
「出発時間になったらまた来るから、それまでゆっくりしてて!」
そう言って燐瞳は掃除に戻っていった。
僕は、天井を眺める。閻魔界から現世へ座礁して二週間。やっと暦の居場所が分かる。閻魔界に居た頃だったら、この程度の経過時間に何も言わなかっただろう。だが、今は違う。暦という同胞の存在が、見知らぬ土地にいる僕の中で、支えになってきているということだろうか。
☆☆☆
数時間後、燐瞳は掃除を終えて着替えをしていた。そんな燐瞳の部屋の引き戸が実父によって開けられた。燐瞳は下着姿である。
「燐瞳すまない! 急遽出かけることになった……ゴファッ!?」
「ノックくらいしてよ、もう!!!」
森之宮の顔面に、何かの賞で獲得しただろうトロフィーが激突した。よろけながら扉を閉めた森之宮は、「詳しくは掲示板を見ろ……」と、かすれた声で伝え、部屋を後にした。
着替え終わった燐瞳は、トロフィーを手に取り、棚の上に戻す。シャツにジーンズ姿なのは、これから”山登り”をするためである。隣には写真立てがあり、鳥居前で幼い燐瞳が十代後半の男性に抱かれている写真が入っていた。写真立てを軽く撫で、「私も成長したでしょ? お兄ちゃん?」と、静かにつぶやいた。
時計が十時を告げた。出発の時間だ。薙の虚空で跳ぶコンビニの位置から、目的地まで徒歩で一時間くらいかかるだろうと推察。昼前には到着できる算段だ。
「……そういえば」
ふと、充電していたスマートフォンを手に取る。父から”掲示板を見ろ”と言われたことを思い出した。ページトップに更新された記事が目に止まる。
「……夜空に輝く、青い光の元を確認せよ?」
なんでも、某都市部で花火とは異なる怪光が目撃されたとか。近隣住民がその映像をSNSに投稿し、インターネット上で注目を集めていると、丁寧にサイトのリンクが貼られていた。
リンク先を開くと、暗闇に青い光が数回フラッシュし、周囲を明るく照らしている。人混みの中から上空を移したカメラは、ブレが大きく、また周囲の人達の声ばかり収録されているため、詳細が全く分からない。
ただ、周囲の賑やかな声に混じって、一瞬だが誰かの叫び声も聞こえる。相当遠くから叫んでいるのだろうとだけ思うが、なんだろう。後は……光というよりは炎のうねりのように見えるような……
「お父さんはここに向かったってわけね……」
スマートフォンをジーンズにしまうとリュックを背負い、登山帽子を被ったところで再び引き戸が開いた。
「燐瞳さん? そろそろ出発じゃ……ヒャー!?」
薙の鼻先をトロフィーがかすった。閻魔らしからぬ叫び声をあげる薙。
「あ、ごめん……投げる必要なかったね」
「じゃあ投げないでください!?」
燐瞳は、幼少期、兄が朝起こしに来てくれることを想定して部屋の引き戸に鍵を掛けなかったところ、兄ではなく父が起こしに来たのがショックすぎて、勝手に引き戸が開くと反射で物を投げるようになったとか……
「いやぁ……癖になっちゃって」
「通りで御札の命中率が良いと思いましたよ……」
燐瞳の
☆☆☆
「じゃあ、燐瞳さん。僕の肩を掴んで離さないで」
僕は境内で閻魔の姿に変化した。燐瞳は道服の肩の部分を掴んだ。少し力んでいるのが肩越しに伝わってきた。
「行きますよ……」
僕が両手を派手に打ち鳴らすと、燐瞳の景色は一変し、峠に繋がる道路沿のコンビニの赤と緑が特徴的な看板が目に映った。
「薙くんのも……すごい技術ね」
燐瞳はおそらくシヅキの虚空と僕を比較しているようだ。
「行きましょう」
僕は少年の姿に戻る。一日に使える閻魔の時間は限られている。このように小出しで対応できるか分からないが、出来る努力はするとしよう。
燐瞳に道案内をお願いする。ここから徒歩で一時間程度らしい。地図で見ると近くに見えるが、山の傾斜の関係だろう。峠の道端を歩いて向かうようで、燐瞳が左右を確認して道路を渡った。
道端を歩いていると、山中に向かう階段が左手に見えてきた。右には反対車線とガードレールがあるものの、青々と茂る木々を見下ろせる絶景が広がっていた。
階段を登っていくと、視界には木と土しか映らなくなる。上を見ると木漏れ日がキラキラと輝いていて美しい。こういう自然の中にいると、かつて後輩の”然樹”の教育で森を散策したのを思い出す。
……あの時は、確か”自然界”から得られる知識とエネルギーを探求していたんだっけ。
前を見ると、僕の先を歩く燐瞳は、階段がなくなった獣道を難なく歩いていた。少し崖になっているところもヒョイヒョイ登ってみせる。僕も負けていられないと、一蹴りで崖を登った。
「すごいジャンプ……!」
スイスイ進むわりに燐瞳の息が荒い。着地した僕を称賛しているが休みたそうだ。今更だが、身体能力は衣を着ていても閻魔のままのようだった。通りで僕は疲れないわけだ。
近くの切り株に燐瞳を座らせた。燐瞳は、「どうやら張り切りすぎたみたい」とリュックから水筒を取り出してお茶を飲んだ。
「ここに来るのも久しぶりだからさ」
確かに、この山奥では車は入れない。あまり人が来ないのだろう。そうなると、その高松先生はどうやって生活しているのだろう……
僕の首から下がる鏡がキラリと光った。木漏れ日の反射かと思ったが、どうやら誰かがこちらを”視ている”ようだった。鏡が、視線に意志があることを、感覚として僕に伝えてくる。
「……なんか、視線を感じません?」
「気付いた? これね、”桜ちゃんの眼”なのよ」
謎の単語が出てきた。桜ちゃんの眼? 桜って高松先生と一緒に名前が出てきたような……
燐瞳曰く、桜という高松先生の弟子の少女が、この森一帯を霊視で常時監視しているようで、何かあった際に対応する役目を負っているらしい。
広範囲を見張る眼とは便利な……
「もう場所が近いから、監視の網が張られているのよ」
「……監視に引っ掛かるとどうなります?」
燐瞳は一呼吸置いて、「閻魔様の状態だったら総攻撃だったかもね……」と恐ろしいことを言ってくる。虚空で跳ぶなってコレのことだったのか。
「さ、休憩終わり! 行きましょ!」
先に立ち上がった燐瞳が僕に手を差し伸べた。
☆☆☆
あれから数十分歩き、再び石段が現れる。その上には木製の巨大な門が立っている。ここは城か何かか?
門の前まで辿り着くと、重い音を立てて勝手に開いた。開いた先には桜の葉が彩られ、眼に
「久しぶり、燐瞳……ハイキングは楽しそうだったわね」
「桜ちゃん! 視るだけじゃなくて電話でもしてよー!」
燐瞳が少女に抱きついた。どうやら彼女が、森を監視していた桜なのだろう。にしても、両目に巻かれた包帯……盲目の代わりに霊視とやらが発現したのか?
「彼氏さんもこんにちわ……」
「あ、こんにちわ……」
桜が顔をこちらに向けた。見えない眼が僕を捉えている感覚を味わう。鏡が桜の感情や言葉の裏を僕に伝えている。
彼女は、僕を”怪異”と認定していた。まだ何もしていないのになぜ……
「彼氏じゃなくて友達の薙くんよ」
「燐瞳はお兄ちゃん一筋だもんね」
そう言われ、赤面の燐瞳がバシバシ桜の背中を叩いた。二人が仲良しなのは十分伝わって、一見、和やかに見えるが、桜の眼は依然として僕を捉えたままだ。無意識に鬼籍を開こうとポーチに伸ばした左手を右手で静止した。
「それでね、今日は薙くんの人探しを手伝って欲しいんだけど……」
「来てそうそう依頼? 連盟同士だからってお金取るわよ?」
桜は、そう言いつつ、僕に再び顔を向けた。正直、断られた方が気が楽になるくらい、僕は緊張していた。桜は「人……探し……ねぇ」と意味深な物言いをする。
「な、なんですか?」
耐えきれず、僕から話しかけてしまった。桜は一呼吸置いて静かに言った。
「暦さんはこの時間軸にいるわよ……閻魔様?」
……!!!? 今、彼女は”暦”と言った。そして僕を閻魔と見抜いた!?
「い、今……暦って」
「でも早くした方がいいわよ。事態は確実に悪くなっている」
燐瞳を押し退け、僕に近づいた桜は、肩に手を触れた。桜は、僕が暦を探しているのと同じく、暦も僕を探していたと教えてくれた。その結果、悪い方向に流れが向いていると。
「……この衣の影響で、彼女の羅針盤が上手く作動していないみたいね」
桜曰く、僕が衣を着ているせいで、”閻魔”を探す羅針盤は僕を探知出来ていないと。
なぜ、一眼見ただけでそこまで……僕の思考を読んでいるとしか思えない。霊視という技術は、こんなにも恐ろしいものなのか。
「そうよ、”視るだけで全てが完結する”のが、霊視なのよ」
心を読まれた……
「桜様!? お出迎えは我々の務めです!」
黒服にサングラスの男性二人が、焦りながら走ってきた。この屋敷の護衛。彼らも連盟の関係者。
「貴方たち遅いわ……とりあえず燐瞳だけ屋敷に案内して」
「えっ……こちらのお方は?」
黒服が僕を指差しながら恐る恐る桜に確認する。
「彼は出かけるようですよ? ねぇ?」
桜の声は、失礼だが淫美だ。多くの情報を含みすぎている。
「無論です……」
僕は閻魔の姿に変わる。黒服の二人は声にならない声をあげた。桜が僕に座標を提供してくれた。
「待ってろ、暦……今行くから」
「ちょっと薙くん!? 行くなら私も!」
燐瞳の言葉を遮り、僕は跳んだ。跳ぶ瞬間、「必ずここに戻ってきなさい」と桜が言った気がした。
☆☆☆
教えられた座標に跳んだ僕は、ぬかるんだ足元に体勢を崩す。ここも山の中だ。僕の目の前に大きな滝がそびえている。周囲は湿気のせいか霧がかっている。
本当にここに暦がいるのか? 霧がかっているし、滝の音が大きすぎて周囲の状況がまるで分からないぞ……
僕は岩場に跳躍し、そのまま虚空で上空に移動した。落下しながら周囲を見渡した。相当標高の高い山なのだろう。これは霧じゃなくて雲だ。山岳はさらに上に続いている。ここは一体どこなんだ。
雲の隙間から木々が見えるだけで、人がいたとしても分からない。ならばと、鬼籍を開く。
だが、鬼籍が探知したのは、暦ではなく、”存在しない者”の名前だった。
雲の中で何かが光った。雲を突き抜け一直線に伸びる光線。衝撃で雲が一部晴れている。
あの閃光は、間違いない。
”彼”だ……
“
閻魔界を立った時、暦はそう言っていた。かつての同期。五芒星時代の仲間。閻魔聖がここにいる。
雲の穴に向けて虚空を放つ。落下したまま跳んだ影響で、地面に着地した際、衝突の衝撃が足場の土を撒き散らした。膝立ちの僕は、土煙が晴れた先に、かつての同胞の姿を目撃し、背後に彼女を感じた。
「……な、薙……様?」
大鎌を抱え、ペタンと座り込む少女、死神見習いの暦は、僕を見て震える声でそう言った。僕は安心した。彼女が生きていてくれた。誰かとまた再会できたことをこんなにも嬉しく思った日はない。
「閻魔……薙!? お前がなぜここに?」
「聖……キミこそ何をしているんだ」
閻魔聖は、右手を暦に向けていた。その掌には握り拳大の光球が発生している。彼は、”光”を発生させ、操る技術を持っていた。彼の光とはエネルギーの塊だ。彼自体が高密度のエネルギー体。閻魔界では”沈まぬ太陽の力”と恐れられ、彼に逆らう囚人はいなかった。だからこそ五芒星に選ばれたのだ。
彼は昔と変わらず、僕より少し年上な見た目をしていた。僕と色違いの道服を身に付けているが、金をベースに赤と青の紋様が散りばめられた道服は、いささかこの山の中では目立っている。茶の髪の上に冠はないものの、首には浄瑠璃鏡がしっかりかけられ、腰には太刀を帯刀していた。
「俺は神に仕えた! 覚えていないのか!?」
聖は、災厄の神が現世へ座礁する際、彼について行くことを決めたのだと大声で叫んだ。それを僕も知っているはずだとも言った。
「薙! 神の裁判をやったのは貴様だろ!」
裁判の最中に発せられた神の演説。それに心打たれた者が何人いたと思っていると聖は苛立ちながら答えた。
「知らない! 僕は、僕は……」
僕には”その時の記憶”がないんだよ……
聖は歯軋りをした。彼の背中に光が発生する。その光がどんどん強くなっていく。地上で戦争でも起こす気なのか?
☆☆☆
「薙……お前も確か、空間を操れたよな?」
俺は目の前に現れた
神は何百年も狭い空間に押し込められている。この世界が神を消し去ってしまう前に、地上に降臨させたい。神の悲願をなんとしてでも達成させたいのだ。そのためには、忌々しい封印を……空間の狭間を破壊する必要がある。
俺は神と同時に地上へ降りたはずが、神と異なる次元に座礁してしまった。少なくとも百年以上ズレたこの時代では、神は存在するものの、既に空間の神によって身動きを封じられていた。
この死神の女は、突然俺の前に現れた。羅針盤を手にし、誰かを探し回っている途中だったようだが、俺にとっては好都合だった。空間の神と同じ力を持っている彼女がここに来たのは天啓だ。だからこそ俺は、脅してでもこちら側に引き込みたかった。
☆☆☆
「お前が手を貸してくれるなら……その女から手を引こう」
背中から放たれる光が強すぎて既にシルエットとなった聖が暦を狙う理由は神の封印だった……やはり、未だ月に封じられているのか。
しかし……神を降ろすわけにはいかない。僕は暦に指で合図した。後方へジャンプし、暦が僕を掴むと同時に両手を……
「お前の力は、”異なる二つの座標を繋げる”ものだったよな?」
聖の姿が一瞬で僕の前まで迫る。鋭い光の一撃が僕の鳩尾に放たれ、後方の暦もろとも太い木の幹に叩きつけられた。脅しのため、奴は光球をわざと弱く撃ったのだ。
「”浄の手と不浄の手という異なる概念”だっけ? 昔教えてくれたよな? 当時は何も思わなかったけど、今はその力が羨ましいよ」
聖の手が僕の首に伸びる。
「お前が手を合わせて良いのは、神の御前だけだ」
コイツと出会った後、暦が虚空で跳ばなかったのはこれか。虚空の発動条件を馬鹿正直に喋った昔の僕が恨めしい……
ギリギリと首を握る手に力が入る。神に傾倒した者がいる可能性を考慮しなかった僕にも非はあるだろうが、まさか同族が、それも五芒星から排出するとは……
「………………」
「何をブツブツ言ってやがる!」
聖は薙を地面に投げ飛ばした。泥が道服を汚すものの、薙は不敵に笑った。聖はハッとして大木の幹に視線を移したが、暦の姿が忽然と消えていた。
「貴様……」
「は、はは……僕がいれば、暦はいらないだろ?」
右手で体を支えながら立ち上がる薙は、袖から金剛杵を取り出した。聖は、「そんなもので何を……」と奇異の目で薙を見ている。
暦には座標を教えた。今頃燐瞳たちと合流しただろう。
僕の手の中で、金剛杵の片方から剣が出現する。
「聖、君のその信心をへし折らせてもらう」
金剛杵から不動明王の剣が出現したことに気を取られた聖だったが、再び光背を発し、臨戦体制となった。腰の太刀を抜刀した聖が、「やれるもんならなぁ!」と薙に向かって走り出した。
聖は光背と共に高速移動し、光の線となって薙の立つ地点に太刀を振り下ろす。薙は剣の腹で太刀を受け流すと、虚空で空中に移動した。それを光の線が追う。周囲の木々を足場にジグザグと飛び回る閃光は、まるで雷。
光背から放たれる光球が空中の薙を襲う。当たれば、次こそはタダでは済まないだろう。剣で弾けるだけ弾き、虚空を利用して残りを避ける。
聖は、過去の出来事を覚えている。もちろん、僕の失った記憶の部分についても。出来れば、彼から聞き出したい。
何を思い、神に仕えたのか。その時僕は何をしていたのか。
過去を思い出すための手がかり。それが目の前の聖なのだ。
轟音と破裂音と金属音が山に何度も響く。互いに遠からず近からずな距離を保ちながら剣戟を繰り返した。
地面に着地した僕は上空を見上げた。幸いにも、僕の虚空と違って聖の高速移動は移動の軌跡が見える。
聖は薙の頭上で何度も旋回する事で光の線が円を描く。円は中心に向かって光を収束させていった。
その中心から薙に向けて、一直線の光線が放たれる。光の柱が地上へ突き刺さり、衝撃が周囲の木々の枝を吹き飛ばした。
薙は浄瑠璃鏡を構えて受け止めるも、光にも関わらず質量を持ったエネルギー体に押し潰され、薙の周囲の足場が凹んでいく。
薙の浄瑠璃鏡が発光し、鏡から逆に放たれる閃光が、聖の光線を押し返していく。発射の衝撃で薙の足元がさらに沈んだ。
「……!? 打ち返してきただと!?」
浄瑠璃鏡は人の心の裏側を映し出すもの。本来、裁判で嘘がないか調べるための道具に過ぎないことを聖も知っていた。だからこそ、自身の閃光が反射してきた現状が理解できない。
「うぉおおおおおお!?」
光線を押し返される力から、”完全に同じ力で跳ね返している”と理解した聖は、空中からの光線を強めた。背中の光背が日輪へと変化し、太陽光を聖のエネルギーへと変換する効率を上げた。
薙もそれに気が付いた。聖は太陽光が原動力。故に日中の聖が放つ光線は無尽蔵。対して、薙の浄瑠璃鏡は、”受けた衝撃をそのまま返している”だけに過ぎない。こちらから任意で遠距離攻撃は不可能。一度は鏡で受け止める必要がある。
……僕の足場は光線の衝撃で凹んでいる。受けるだけではダメだ。このままでは地面が崩壊して僕が埋められる!?
薙は鏡を解除し、聖の光線が当たる瞬間に虚空で空中に跳んだ。左手に鏡、右手に不動明王の剣を携えた薙が聖の側面に現れる。
「なっ……!?」
「清め、祓う」
聖の日輪を剣が切り裂き、光背が弾け飛んだ。薙と聖はその衝撃で両者地面へ落下する。
二人とも膝をつく形で着地し、互いを睨み合った。先に立ち上がったのは聖だった。大太刀の切先を薙に向ける。
「変な剣に鏡を使いやがって……本当に浄瑠璃鏡か?」
「全部借り物だ……僕にも分からないよ……僕は自分の道具を取り戻しにきた」
肩で息をする薙に対し、「借り物だ?」と聖は疑問を抱く。
聖は、「確かにお前は人頭杖を無くして、代わりに天秤を使っていた過去があるが、それに続いて剣に鏡だ?」と訝しげな表情を見せる。
聖は続けた。
「本来、閻魔同士が殺し合うことなど閻魔界の法に抵触する行為……お前も”犯罪者”になったってわけだ……薙」
「……不動明王の剣ではどっちみち命は奪えないだろ」
同じく立ち上がり、剣を構えた薙に対し、「確かに……」と認めながらも聖は嘲笑した。
だからこそ、剣以外の攻撃を仕掛けてきたのだろうと薙は思った。
「……それに、僕は元々、”大罪人”だろ」
この言葉に聖は眉をひそめた。まるで、薙の発言が突飛なものだと言わんばかりに。
「……違うのか? 聖?」
「お前は、神と俺が座礁するのを最後まで止めて……それで……!?」
聖の全身に青白い電流が発生した。大太刀を地面に突き刺し、姿勢を保っている姿から、相当な激痛なのが容易に想像できた。その顔は苦痛に歪み、擦り切れそうな声で、「お前が来てくれて良かったよ」と言い残すと、激しい閃光と共に姿を消した。
一人取り残された薙は脱力する。かつての同胞の謀反、そして対峙。精神的なショックが疲労という形で薙を襲っていた。
聖は消失したのか……? それとも逃げただけなのか? 奴は、僕よりもだいぶ前に現世へ座礁している。なら、世界の理も理解しているはずだ。
なら、消失はあり得ない……もし、奴も衣で身を守っているのなら、一晩は安心だが……果たして明日以降、どうなるか。
それに最後の言葉……僕が聖と災厄の神を止めていた? 逃走幇助は冤罪……
疑問が尽きない薙。しかし薙も限界。これ以上の閻魔化は聖と同じ末路を辿るだろう。
周囲に聖がいないのを確認し、僕は暦と再会するため、桜のいる屋敷の座標へ跳び、少年の姿に戻るのだった。
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