閑話〜影の住人達①
赤い月の輝く深夜。某都市の裏路地。表道と違い、人の気配がない道端で、一人の少女が地面に布を広げた。夜だというのにサングラスをかけ、首にヘッドホンを巻く彼女はDJを彷彿とさせる。蛍光色のジャケットと緑のパーカー姿で、おそらく染色しただろう鮮やかなピンクのカールした髪の彼女は、布の上に品物を置き始めた。
ちょうど通りかかった華奢な外国人の二人が彼女に声をかける。流暢な日本語で、「露天商か?」と問いかけた。
一人は、二十代の風貌。茶髪で白のワイシャツに黒のベストを羽織り、同色のスラックスのベルトに、木製の横笛を差していた。
そして、もう一人はスーツ姿の三十代。特徴的なシルバーの髪色に、右目に黒い眼帯を付けている。
二人とも細身で美男子である。
彼女は、「えぇ、どうぞ見てって」と指輪のついた手で一つの商品を茶髪の青年に手渡した。
「これは……なんだい?」
「うふふ、これはね……」
金色に輝く天秤。彼女は”罪の重さを量る”とだけ口にした。
「アヌビス神にでもなったつもりか?」
エジプト神話のアヌビス神は、羽と死者の心臓とを天秤にかけ、死者の罪の重さを量ったという。
「元々は彼の持ち物だったみたいよ?」
青年の冗談に、冗談なのか分からない返答をする少女。茶髪の青年は鼻で笑った。対して、銀髪の男は興味深そうに天秤を眺めている。
「面白いね……君、名前は?」
青年を見る少女の目は、カラーコンタクトを入れているのか、左右で目の色が違う。右目は海原を彷彿とさせる碧眼。対して左目は、夜空で輝く赤い月を彷彿とさせる紅眼。
「私はカレン……貴方達のような”怪異”向けの商人」
膝を抱えた少女は、ニヤリと青年を見上げた。青年も、”分かっていたか”と言わんばかりに口角を吊り上げた。
「やっと会えたわね」
「あぁ、君のことをずっと探してたよ」
茶髪の青年が彼女に手を差し伸べた時、銀髪の男が後ろに目を向けた。遠くに見える人混みの多い表通りの奥から、何かが近づいてくる。
「ハヤト、彼女を連れて先に行ってください」
「ん? ニコラス、どうした?」
茶髪の青年はハヤト、銀髪の男はニコラスと言うらしい。
「奴が来る……」
「このタイミングでか……面倒だな」
ハヤトはカレンの手を掴むと、もう片方の手を頭上に掲げた。彼の手に、ゆっくりと片刃の剣が出現した。カレンは剣を見て見抜いた。元は両刃の剣だったものが、中心から綺麗に半分に分割したものだと。
「貸してやる。少しは対抗してくれよ」
剣をニコラスに投げ渡し、ハヤトとカレンは路地裏の奥へと消えていった。
その直後、ニコラスの目の前に、青い炎が上空から飛来した。炎は一瞬で消え、中心に金髪の小柄なシスターが姿を現した。異質なのは、シスターの背中に六枚の白い翼が展開されている点だ。
「しつこいですよ……アメリア」
ニコラスは彼女を知っていた。アメリアと呼ばれた彼女の背中から翼が消えた。
「わざわざ、アメリカから私達を追って来たのですか?」
ニコラスの質問に無言で睨み続けるシスターアメリア。可愛らしい顔立ちの彼女だが、今回ばかりは表情に怒りに満ちている。
「俺はお前を許すわけにはいかないんだよ、”エクストラ”」
「懐かしい名前で呼んでくれる」
呆れたようにニコラスは言い返した。”エクストラ・ジョーカー”は、米国にいた頃のコードネーム。彼らは”財団”と呼ばれる同じ組織に属し、怪異と渡り合ってきた。
当時、ニコラスとアメリアは上司と部下の関係だった。
「お前のせいで財団は崩壊した……俺はその責任を必ず取らせる」
少女にも関わらず、言葉遣いは男勝りなシスターは、腰のリングに引っ掛けていた天使のレリーフが施された黄金の杖を手に取った。
先端が花の蕾に似ている長さ二十センチ程度のそれは杖ではなかった。持ち手に設置されたスイッチを押すことで、金色の蕾が花開き、先端から芯が飛び出た。芯の根元から、ゆっくりと蝋燭が出現する。
そう、これは”燭台”なのだ。だが驚くのはここからだった。
蝋燭の全体が青い炎を纏ったかと思うと、炎がバーナーのように一直線に伸び、青色のブレードを形成したのである。元々が炎の影響か、青い光が所々でうねっている。
「煉獄の炎……いつ見ても美しい」
生命力を糧に燃え盛るという煉獄の炎。それを現世に呼び出せる代物など、この燭台くらいだろう。煉獄にあるとされる七つの燭台の一本。それをこのシスターは所持していた。
全てはニコラス達の計画を打ち砕くため。彼女は自身の寿命を犠牲に煉獄の炎を灯し続けている。
「お前たちを、災厄の神に合わせるわけにはいかない!」
赤い月の輝く夜、ニコラスとアメリアは、ジリジリと詰め寄り、互いの剣を激しくぶつけ合った。
その余波の閃光が、後日、連盟へ報告されることになる。
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