閑話〜影の住人達④
裁定者の事件が連盟員に知られる数日前、とある廃墟にハヤト達は集まっていた。そこには、ハヤト、ニコラス、カレン、そして衣を纏った閻魔聖の姿があった。
「久しぶりだね、聖くん」
白々しい挨拶をするハヤトに聖は舌打ちで返した。それをニコラスが咎める。報告事項があるのだから態度を改めろと。
「いつぞやはどうも……で、なんか一人増えてるが、DJでも雇ったのか?」
聖の視線は、ヘッドホンを首から下げて白のTシャツの上からブカブカのパーカーを羽織ったピンクヘアーのカレンに向いている。
「誰がDJよ……」
……と、本人は言っているものの、実際のところ目の前にターンテーブルを置いてスクラッチして遊んでいるのだから、そう言われても仕方がないのではないだろうかと、頭を抱えたニコラスは心の中でつぶやいた。
「彼女はカレン……俺たち専門の武器商人だ」
「武器商人ねぇ」
聖は呆れたのか、「伝言が終わったら帰る」とニコラスに取り次いでいた。
「何か分かったのか?」
「……現世に閻魔薙が座礁したんだよ」
聖の言葉に、ハヤトの目の色が変わった。彼は、「ついに”閻魔薙”本人のお出ましか!!!」と声を荒げた。その姿に、ニコラスと聖は身を引いた。
「その口ぶり……知っているのかよ、薙の事?」
「少なくとも、彼の”能力”については知っているよ」
楽しそうなハヤトに対し、「なら、空間を操れるってのは?」と聖が聞き返すと、それは知らなかったようで、ハヤトの表情が強張った。
「月に封じられている神を、薙の空間移動で地上に降ろせるんじゃないかと思って伝えに来たんだよ」
聖のこの発言に、ハヤトの目はギロリと聖を睨んだ。彼から発せられる殺気は、相当なものだった。目の前の聖は、魂を鷲掴みにされていると錯覚するほどだった。
「お前……何か勘違いしていないか?」
「……は?」
聖の首を勢いよく掴んだハヤトは、彼をそのまま壁に押し付けた。
「まさか、まだ神が封印されているとでも思っているのか?」
「な、何を言っている!? か、神は……未だ月に……」
ハヤトの手から放たれる紫電が衣ごと聖の本体に激痛を与えた。
「ニコラス!!! お前伝えてなかったのか!?」
突如、空間に出現した草薙剣がニコラスの頬をかすめ、コンクリートに突き刺さる。ニコラスは表情を一切崩す事なく、「聖さんのメンツもありますので」と悪びれない様子。
それを見て、ハヤトは聖を手放した。「申し訳ない」と謝罪し、「責任はニコラスにある」と聖を立たせた。もちろん、聖は納得しない。閻魔の姿になると、太刀を抜き去り、切先をハヤトへ向けた。
「既に封印は解けている……赤い月はその証拠だ」
「俺を馬鹿にしてそんなに楽しいか!!!」
激昂する聖に対し、「空間移動は過去に試した」と。その上で、別のアプローチを仕掛け、現在に至ると。
神の封印……それは、現世の二点の空間を無理やり繋げ、外部から完全に遮断した固有の空間に神を閉じ込めている。空間を繋げる際、次元を糸のように難解に絡ませ、解くのを困難にしている。
「俺は十年前、絡まった次元に干渉しようとシヅキを利用した……だが失敗した」
あまりに複雑に絡まった次元の中心にアクセスするなど、たとえ空間を司る妖怪の力でも無理だったのだ。
「だから、俺は絡まった次元を解きにかかった……それは途中で連盟に邪魔されたが、緩めるのには成功した……軽く緩んだ次元は時間と共に元の二つの空間に分かれつつある」
元に戻る過程で、歪んだ次元が露呈し、通過する光に影響を与えている。だから月が赤くなっているのだ。赤い月が初めて出現した五年前は、歪みが大きい影響で月の形すら曲がっていた。だが、今では新円を描いている。
「もうすぐ、神は降臨する……俺が今しているのは、そのための準備だ! 封印解除が目的ではない!!!」
ハヤトはニコラスを睨みつける。
「……ここまで伝えたはずだぞニコラス? 情報共有も出来ないのか貴様は?」
「……申し訳ありません」
深く頭を下げるニコラスに、ハヤトは詫びとして猟犬を貸し出す指示を出した。
「猟犬……ですか? 常に現場で配置し続けろと?」
「悪魔の使いくらい、お前ならどうとでもなるだろ? それと聖くん、今回はご足労かけた……本当に申し訳ない」
聖に対し、深々とお辞儀をするハヤトを見て、太刀を鞘に納めた。
「ここは閻魔の姿でも大丈夫だ……お詫びと言ってはなんだが、この場所を好きに使ってくれ」
謙虚なハヤトに対し、聖は「ならお言葉に甘えて」と隣の部屋の壊れたベッドに寝転がった。窮屈な衣姿ではなく、本来の閻魔の姿でいられるなら、あの山岳地帯に戻るよりは聖も良かったようだ。
「話を戻そう……数日後に裁定者のフィールド試験を行う。それに間に合えば、もう一人……案内人も投入したい」
ハヤトはカレンに向き合った。スクラッチを止めた彼女が、おもむろにパーカーのポケットから取り出したのは、金色の杖だった。先端が松の木の”松笠”に似た鱗片で覆われている。
「煉獄の燭台……!?」
聖は起き上がった。煉獄にある七本の燭台の一本が目の前にあるのが信じられない。それに、彼女のパーカーのポケットサイズでは燭台は収納不可能だ。あのポケットは四次元かと思わざるを得ない。
燭台で何をするつもりなのか、聖の中に好奇心が生まれる。
「ボディも用意してあるわよ?」
カレンが指差したのは、聖の寝転がるベッドの下。覗き込むと、小さめのサイズの棺桶が見える。ハヤトはそれを引き摺り出し、部屋の中心で開けた。
棺桶の中には、十代半ばほどの全裸の少女の遺体が入っていた。奇妙なのは、少女の腹部に最近できた縫合跡があること。生前というより、死後に開かれ、再び塞がれたのだろうと推測できる。
「さて、ニコラス? 魂を二つよこせ」
「かしこまりました」
ニコラスは自身の掌を傷つけ、血液が染み出すと、その手でコンクリートの壁を叩いた。彼の血液は、意志を持ったようにコンクリートを這い、六角形の図形を描いた。手を離すと、図形の中心から白色の神々しい球体が二つ出現する。
光沢のある球体は光を放ち、回転しながらハヤトの方へ向かっていく。動くたびにパルスのように電気が弾ける音が聞こえた。
「これが……人間の魂なのか?」
閻魔の聖は、罪人の魂を幾度となく裁いてきた。そんな彼が抱いた違和感。魂から何も感じないこと。今まで出会った魂は、どれもが生前の姿を引きずっており、その記憶が浄瑠璃鏡を通して感じられたはずだ。
それが一切ないのだ。
「これこそが、魂本来の姿……完全なる情報の器としての姿だ」
情報量がゼロの魂は、人工的に内部の情報を抜き取らない限り不可能。つまり、目の前の二つの魂は、ハヤトが手を加えた代物ということになる。
「一つは胸部に……一つは腹部に」
ハヤトの言葉に従ってか、魂は遺体の心臓と鳩尾にそれぞれ侵入した。遺体の正面が淡い白色に発光を始める。
一つの身体に二つの魂は原理的に不可能。その常識をハヤトは破った。
「カレン!!!」
呼びかけに応じ、カレンは燭台を投げ渡す。空中で回転する燭台は、ハヤトの拳の紫電を受けつつ、発光する遺体に触れ、青白色の光へと変化した。
燭台の持つ膨大な情報量は、二つの魂へ分割して書き込まれる。
遺体の髪が、肉体を包む光と同色に染まった。それは、燃え盛る煉獄の青い炎と遜色ないほど鮮やかな青白色となって炎を思わせるうねりを見せた。
「完成だ! 案内人よ、起き上がれ!!!」
歓声に導かれるように、案内人と呼ばれた少女は瞳を開き立ち上がる。彼女に白のワンピースをカレンが投げ渡すと、無言でそれを纏った。
「
腕時計を見ながらハヤトのテンションは最高潮に達していた。よほど嬉しかったのか、その場で高笑いをし続けている。
「ねぇねぇ閻魔さん?」
猫撫で声で聖に話しかけたのはカレン。地雷系ファッションの彼女は、袖をフリフリしながら聖に近づいていく。
「私と一緒に、この娘のチューニングしない?」
耳元で聞いたカレンの囁き声は、理由こそ分からないが、聖にとって心地よく、全くの初体験だった。現世に座礁してからというもの、常に消滅を恐れていた彼の心がほんの少し和らいだのだ。
これが癒しなのか? と聖は疑問に思いつつも、繰り返される囁き声が思考を奪う。
「ねぇ……閻魔さんの”全能術”をアレンジして、この娘に使わせましょうよ」
「……!? なぜ、全能術のことを?」
カレンはパーカーのポケットから古い書物を取り出した。現世で記載された書物のようだがところどころが破れ、本の体裁を整えているのが奇跡とすら思える。
「罪人が神の場合、暴れる神の制圧のための対抗策が……全能術なんでしょ?」
耳元で、書物を朗読するカレンの声に聞き惚れてしまう。
「だが……全能術は、習得まで途方もない時間がかかる」
事実、閻魔聖は”沈まぬ太陽の力”と恐れられていたが、その時点で全能術は未習得だった。自身の特性が”光”に関連すると気付いてから、習得まで何百年かかっただろうと回想する。
「大丈夫……貴方の全能術を見せて? 怖がらなくていいのよ? 私に全てを委ねて……ねぇ?」
言葉の海に沈んでいく。沈めば沈むほど心地よくなっていく。まるで涅槃のようだ。なぜ、彼女の声にはこれほどの魅力が秘められているのだろう。浄瑠璃鏡に手を伸ばした聖の手を、カレンの手が優しく包み込んだ。
「座礁した別の閻魔さんも使うんでしょ?」
「いや……薙が……全能術を使ったところなど……見たことがない」
もし、薙が全能術を使ったら、どんな力なのだろう。空間に干渉する力……虚空……おそらく、系統は空間系なのだろう。
実際のところ、他の五芒星メンバーの全能術も知らないのだ。一体、みんなは何の法則を極めたのだろう……
聖の属性は、沈まぬ太陽の力……光ではなく太陽だ。
全能術は、”十全たる〇〇の法則”で名称が統一されている。
聖は、そこまで伝え、安心してしまったのか、そのまま眠りに落ちてしまった。
すやすやと眠る聖の顔をカレンは優しく撫でる。
「そうよねぇ……現世の理でいつ消滅するか分からないなんて、常に緊張状態だものねぇ……今日くらい、私たちといる時くらい、ゆっくりおやすみ……聖」
深い眠りに落ちた聖をベッドに寝かしつけたカレンは、再びターンテーブルの前に座り直し、スクラッチの練習に勤しんでいた。
その奥では、ハヤトがニコラスに制裁を加えていた。カレンはあまり身内のゴタゴタが好きではないので、彼らを無視して、案内人にスクラッチを教えて遊んでいた。
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