閑話〜影の住人達③
郊外に佇む廃墟。元々、何処かの製造工場だったのだろうその廃墟は広大な敷地を持っていた。しかしその大半は荒れ果てており、周囲を覆う柵は腐食し、建屋に関しても表面がヒビ割れ、扉も外れて横たわっている。
曰く付きの廃墟。地元では有名な心霊スポットだった。その中を一組の男女が明かりもつけずに歩いている。一歩、また一歩と進むたびに割れたガラスの破片が砕け散る音が周囲に響き渡った。
時刻は深夜。周囲に他の建物などあるわけなく、月明かりのみが光源だ。廃墟の柵にも彼らが移動してきた乗り物などは見られない。
男女の後ろに、ズリズリと身を這いずらせた何者かが迫る……
ふと、男が立ち止まった。深呼吸をすると、勢いよく振り返る。男の眼前に、身を切り傷に覆われた見るも無惨な男が飛び掛かっていた。
よく見ると、男女の周囲は既に霊に囲まれていた。自分達のテリトリーを侵されたと、全員が男女を敵視し臨戦体制だ。
「…………」
男は動じない。この廃墟に巣食う地縛霊の類がここまで迫っているにも関わらずだ。それどころか、迫る男の霊の顔面を右手で鷲掴みにする。
「!? オ、オレノイエカラ……」
「騒ぐな馬鹿が……」
男は、「地縛霊ごときが」と掴んだ男の頭部を紫電で破壊してみせた。地縛霊の魂は、紫電の分解力で全身が霧散した。紫電の雷は、地獄の鬼の牙が持つ”魂の分解能力”。
「あ、あんた……もしかして……”ハヤト”か?」
一人の地縛霊が男に怯えながら話しかける。祓いによる救済ではなく、滅却による魂の死を実感し、死してなお恐怖を抱いていたのだ。
「……だったらなんだ?」
「頼む……仲間に、仲間に入れてくれ!」
周囲の地縛霊たちも一斉に懇願しハヤトに近づいた。最初の一人の肩をハヤトが掴んだ。
「悪霊化はしているようだな……だが」
先ほどと同じく、紫電が地縛霊達の全身を貫いた。その場にいたはずの大勢の霊は、跡形もなく消え去ってしまった。
「その程度では小間使いにもならない……」
せめて、ツグミやフユカ並みの力を持っていなければ話にならない。
「……ん?」
奥の柱の影で、青白い子供がこちらを覗いていた。年端も行かない子供の顔は無表情で、先ほどの大量虐殺を見てもなお表情を崩さない。一切の生気を感じない様は、まさに”幽霊”と言ったところだ。
その子供は、瞬く間にハヤトの眼前に迫った。無表情の子供が右手を差し出すと、ハヤトは強烈な吐き気に襲われた。その場で嘔吐した吐瀉物には、黒く長い髪の毛が大量に含まれていた。
ハヤトの肉体は、不老の怪異”ハーメルンの笛吹男”の身体を乗っ取った代物。霊体ではなく肉体を持っているが故に、霊障をまともに受ける結果となったのは皮肉である。
今度は気道に違和感を感じる。髪の毛が気道を塞ぎ、呼吸を妨害しているのだ。ハヤトは、自身の喉を押さえて嗚咽を漏らした。
……なかなかやるのもいるじゃないか。
喉を押さえる手から紫電が発生し気道の髪の毛を完全に分解する。霊障で発生した物質ならば、滅却の対象なのだ。
「……相当、母親を恨んでいるみたいだな」
子供の目は真っ直ぐハヤトを見つめている。この髪の毛は女性のもの。子供の霊は母親に異常な執着を示していると見抜いた。少年の手が再びハヤトに伸びようとした時、
その右腕が片刃の剣で切断された。剣は彼の頭上から突然現れたのだ。そのまま地面に突き刺さった剣をハヤトは引き抜く。
「手癖の悪い奴だ……」
子供の腕の切断面は、現世の理と同じ青白い電流が発生し、徐々に霊体を分解しているようだった。切断された腕は既に分解され消えてしまっていた。
「一つ実験をしようか」
ハヤトはカレンへ手を差し出す。彼女は金色の天秤をその手に握らせた。そして、罪の重さを量る天秤を、子供の霊に押し込んだのだ。子供の腹部がグニュッと潰れ、天秤がゆっくりと沈んでいく。
「それだけ執着心が強ければ、”裁定者”になれるかもな」
天秤が完全に沈んだ後、子供の腹部が淡く発光し始め、次第に光が強くなっていく。神の世界の道具……それが持つ情報量は、果たして人間の魂の許容量を越え、破裂してしまうのか。それとも、魂は天秤の持つ情報を内包しきり、力を反映させられるのか。
怪光の中でその姿を変化させ続けている子供を見ながら、ハヤトとカレンは静かに時を待った。
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