閑話〜影の住人達⑥

 人気のない、峠道沿い四階建ての廃墟の屋上で日光浴を楽しむ聖とカレン。どこかで拾ってきたビーチチェアを二脚並べ、サングラスをかけた二人が並んで座っていた。聖の服装は白の半袖シャツにベージュのハーフパンツ。カレンは、黒のインナーで下半身にタオルをかけていた。


「やっぱり、太陽光は素晴らしい……力がみなぎってくる」


 聖はサングラスをいじりながら呟いた。照りつける真上からの陽光に愉悦の表情を浮かべた。そんな聖に、カレンは「ねぇねぇ、光合成でもしているの?」と植物扱いする。


「お前たち怪異と違って、俺は太陽光が原動力なんだよ」


ハヤトと一緒にしないでよ……それに、太陽光で魂は修復できないでしょ?」


「まぁな、アンタには感謝してるよ……新しい衣も手に入ったし」


 そんな他愛もない会話の途中で、二人の視界に黒い点が映る。太陽を背に、何かがこちらへ近づいてきている。


「鳥か? それとも飛行機か?」


「それ昨日見た映画のセリフじゃん……」


 黒い影は、二人の上空で空中に静止した。黒い片翼を羽ばたかせ、右脇に案内人を抱えたニコラスが二人を見下ろしていた。


「日光浴とは、良い身分ですね……」


「相当疲れているようね? 何かあった?」


 カレンの言葉に、「えぇ、貴女には感謝していますよ。詳しくはハヤトに話した後で」と、屋上に降り立つと案内人を二人に預け、室内に続く階段を降りていった。


 ☆☆☆


「……戻ったか、ニコラス」


 日陰で坐禅を組むハヤトは、背後に近づくニコラスを察し、声をかけた。


「おっと、流石ですね」


 勘付かれたニコラスはオーバーに両手を上げて反応した。足を崩し、立ち上がったハヤトはニコラスへと振り返り、くたびれたフォーマルを見て口角を上げた。


「カレンの言う通り、あの場所に”おしら様”がいましたよ」


「その様子だと、相当派手にやったな? “右眼”も使ったようだな」


「えぇ、目的の”おしら様”の他に、”閻魔薙”と”シヅキ”もいましたので」


「なるほど……右眼を使ったのも仕方ないな」


 ニコラスの肩をハヤトは叩いた。疲れを労っているようだった。ハヤトは、「財団の生き残りにも使えば良かったんじゃないか?」と、自身を付け狙うアメリアの存在を危険視した。


「アメリアの寵愛の前では、コレ右眼もガラクタですからね」


 嘲笑しながら自身の眼帯を指差したニコラスは、強欲マモンの黒く巨大な右手を出現させるとハヤトの前で拳を開いた。


「残念ながら、捕まえられた魂はこれだけです」


 開かれた掌の中心には、人一人ほどの大きさの、蚕の片羽根が静かに横たわっている。白の下地に赤や青の線で幾何学模様が描かれた羽根が廃墟に差し込む太陽光を反射してキラキラ輝いた。


「後は、保険で嫉妬レヴィアタン情報コードを盗ませましたが、”集合意識”の情報コードは未だ発現していないようです」


「おしら様の伝承を持つ村は、十年前に絶たれたからな。むしろ、情報が得られただけでも充分にありがたいことだ」


 ハヤトは”空の魂”を用意するよう指示を出す。ニコラスは強欲の掌を消すと、自身の手に切り傷をつけ、床を叩いた。その血が六芒星を描くと、中心から、純白の魂が一つ現れる。


 空中で蚕の片羽根にハヤトの拳が振るわれる。紫電を纏った拳の一撃で羽根は粉々に砕け散り、空の魂へと吸収されていく。


「触媒は入った……後は書き込め」


「────驕り高ぶれ、傲慢ルシファー


 ニコラスの背中から黒い翼が出現すると、空中に浮かぶ魂を優しく包み込んだ。傲慢と呼ばれたのが嘘と思えるほど、優しく魂を包み込む。ニコラスはまるで赤子を抱く母親のようだった。


 しばらくして、翼に包まれた魂は変化を遂げる。幼虫が成虫になるように球体が変化し、一匹の蚕蛾がパタパタと小さな翼を羽ばたかせていた。


「後は待つとしようか……おしら様が”糸”を紡ぐのを」


 生者と死者を繋ぐ糸が顕現するのが早いか、それとも、神が復活するのが早いか。


「そんな悠長なことやってて大丈夫かしらね」


 階段から現れたカレンは、小さな蚕蛾を見て、そう呟いた。


「あの様子だと、神の降臨まで、一月ひとつきもないわよ?」


「その時は、その時だ……それよりも迎えに行く準備は整ったのか?」


 ハヤトは腕を組み、顎でカレンを指した。その行為を鼻で笑ったカレンは、天井を指差した。


「聖さんが手伝ってくれたからバッチリよん!」


「……仲がよろしいですね」


 カレンへ冷たい視線を送ったニコラスは、「少し休ませていただきます」と言い残し、階下に降りて行った。


 ニコラスを見送るハヤトとカレン。先に口を開いたのはハヤトだった。


「よくもまぁ、”神の入れ物”が見つかったな……あれも十年前に消失したはずだぞ?」


 チラリとハヤトの視線が部屋の奥の木製の立方体に移る。その箱は棺桶だ。中には遺体が入っているが、蓋が閉じられているため外部からは遺体が見えない。


「私は商人ですもの……顧客の欲しいものは手に入れるわよ」


 明るいピンクの髪を手で摘みながら、カレンは妖艶な表情でそう言った。

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