閑話~ゼロケルビンの世界②
絹峰村の上空に突如現れたのは、赤黒い液体だった。ボタボタと垂れる液体は村全体を覆うほど広がっていた。液体の真下に浮かぶカレンは、地上でこちらを見上げている着物姿のアルビノの少女に手を振った。
アルビノの少女はそれを合図と取ったのか、大地に置かれた棺の蓋を開ける。
棺の中へ、液体が急速に吸い寄せられていく。遺体と衝突した衝撃で棺が弾け飛んだ。アルビノの少女は幾何学模様の羽を展開し地面を這う液体から逃げるように空中へと飛翔した。
液体がどんどん遺体に吸収されていく。それと同時に遺体の皮膚は潤いを取り戻し、生気を帯び始めた。神の生命力が肉体に影響を与えているのだ。
空中でカレンが少女へ手招きをした。
「私は残った仕事を済ませてくるから、マガツヒノカミをお願いね、おしら様!」
カレンは両手を合わせてどこかへ消えた。取り残された少女は、液体が無くなるまで空中から異様な光景を眺め続けた。
☆☆☆
────遺体の目がカッと見開く。赤い瞳が周囲の景色を見渡すよう円運動を繰り返す。
「これが同志の用意した依り代か……」
神は今度は自身の両手を見る。皺だらけの両手がハリを取り戻し、その見た目を三十代程度まで若返らせた。神の前にゆっくりと降下する少女は、両手から繰り出される糸によって神の着物を作り出す。
「ほう、蚕の力……集合意識への入口だな?」
神の問いに、静かに頷きを見せる少女。着物を受け取った神は迷うことなくそれを羽織った。
「悪くない……俺の知識の大半を格納する依り代を用意するとは、流石は同志ハヤト────して、ハヤトはどこだ?」
神は周囲を再度見渡す。新たな拠点────ここが絹峰村なのは知っている。だが雰囲気が異様だ。まるで現世から切り取られた世界。神が捕らわれていた空間に似ている。
それにここにいるのは少女ただ一人。神を移動させたDJを彷彿とさせる女の姿が見えない。
「────ここは隔離させてもらったわ」
遠くから、大鎌を携えた桃色の髪の少女が歩いてくる。
「うん? お前、死神か? イザナミの香りを感じるぞ」
「初めまして、私は暦……死神見習いの暦です」
深く頭を下げる暦。神は依然として懐疑的な表情を浮かべている。時折、「いや……だが……」と何か引っかかるような呟きをあげていた。
「して、なにようだ?」
「私と取引をしていただきたいのです……成立すれば、この村は現世へ戻します」
神は左手から光球を発生させ村の端へと放つ。しかし光球は放った方向とは逆の方向から出現した。村全体の空間がループしているようだった。
「空間の神の力か? アイツは死んだはずだ」
「神は消えても、その知識は受け継がれる……」
暦の返しに、神は不敵な笑みを浮かべた。
「そうだな……閻魔薙もそうだった……
神は暦に「話してみろ」と言い、腕を組んだ。
暦が語るのは、この世界で起きている異常現象についてだった。
☆☆☆
輪廻転生の機構の影響で魂が世界記憶へ還らず、生命体が生まれる度に世界記憶の情報が魂に変換される現象。
いずれ、世界記憶の情報は全て魂へと変換され、この世界の規範とされる世界記憶は消滅するだろう。
「私は、この現象を阻止したい……そのために世界記憶へ情報を追加したいのです」
「ばかばかしい、世界記憶は形を変えて存在し続ける。例え今の位置から世界記憶が消えようと、世界へ影響することはないだろう」
神は暦の話を一蹴した。それほど荒唐無稽な話なのだ。
「それにだ、俺は世界記憶の改定が終了次第、現世の生命体を滅ぼしにかかる。そうなれば、魂は全て閻魔界へ移動する……何も問題はなかろう? それとも何か? 我々を滅ぼすのが、お前の目的か?」
輪廻転生の機構の破壊は、即ち閻魔達の役割の破壊を意味している。そして閻魔が滅べば監督者の神々すら役割を失い消滅するのだ。
「お前、俺を騙し自滅の道へ誘うつもりだな」
「いいえ! 決してその様な事は────」
「お前の言っている事は全てデタラメだ、仮に正しかったとしても神と人との歪な共生が断たれれば我々には関係のない事だ」
右手が暦に向けられる。
「我が同志ハヤトの発言だったとしても罰しただろう、俺を軽んじた罰だ」
神の指が鳴り響くと、雷が暦の頭上に降り注いだ。
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