第7話〜裁定者①
薙と暦が高松屋敷に匿われて一週間。薙はアメリアの一件を燐瞳に話さずにいた。森之宮との間に交わした約束は、閻魔の薙にとって重要なものだった。他者との契約は可能な限り遵守する。それが閻魔の掟。薙は地上にいても閻魔としての自覚を持とうとしていた。
燐瞳は、毎日のように借りている一室でパソコンによるオンライン授業に参加している。学生と連盟員の仕事を両立する彼女は、昼は課題提出、夜は報告書作成に追われていた。
数学の公式を画面に表示し、教科書の例題をノートに解いていく。とにかく公式を使いこなさなければならない。必死に使い方を頭に叩き込む燐瞳のパソコン画面にメッセージソフトのポップアップが表示された。
「……不審な僧侶の男の疑い?」
連盟の掲示板だ。数日前から、この近辺で笠を被り変わった錫杖を持った僧侶の男が目撃されているらしい。その僧侶は、道行く人々に質問を投げかける。「お前の罪は何だ?」と。質問への返答によっては、”解呪困難”なレベルの霊障が襲ってくるとか……
こんな都市伝説みたいな噂が街に広がっている。そして、厄介なのが、僧侶の男が連盟側の人間ではないかと、お上の人間が疑っていることらしい。連盟は国や都道府県の暗部と言っても良い。お上とはまさにそれらの国側の人間。崩壊寸前の組織は上からしてもお荷物と言いたいのかしら。
……まさか、濡れ衣を着せて組織を解体させるのが目的じゃ?
嫌な想像をしてしまう。掲示板では、噂を調べ、身の潔白を証明したいと淡海邸の”瀬田”という男性が述べているものの、他の連盟員は冷たい対応を取っている。
……もしかして、また私たちだけ?
やる気のある連盟員が少ない状況。すなわち、この掲示板は実質燐瞳たちに向けたメッセージ。燐瞳は深くため息をつくと課題のページを閉じた。
☆☆☆
「……で、なんで僕が?」
薙は高松屋敷の黒電話の受話器を持ちながら、受話器越しに質問した。電話をかけてきたのは入院中の風切。病院の公衆電話から電話をかけているらしい風切はチャリンチャリンと硬貨を連投して薙に掲示板の内容を説明している。
〈いやさ、閻魔様に連絡する前に瀬田って奴に確認したらさ……〉
風切の話では、目撃者の証言から、僧侶の持つ錫杖の先端は、”金色の天秤”の形をしていたと連盟員が教えてくれたとのこと。
「天秤? それは本当ですか?」
正直、半信半疑だ。暦の羅針盤に僕の力の欠片が反応していないことを考慮しても、僕の使っていた”アヌビス神の天秤量り”と同一ではないだろう。僕は後ろにいる暦に目配せした。暦はポケットから羅針盤を取り出し、”天秤量り”を検索した。
〈閻魔様〜頼むよ……連盟の汚名返上してくれ〜〉
弱々しい風切の声に何とも言えない気分になる。電話をかけるくらいには回復しているのは良いことだが、毎回こんな感じで連絡されると思うと複雑だ。
「一応、目撃者がいるなら、信憑性は増しますけど……」
チラッと暦を見ると、目を見開いて震えていた。不審に思い、受話器のコードを伸ばしながら暦の羅針盤を覗き込むと、ある一点を指し示している。つまり、”アヌビス神の天秤量り”が現世に存在することの裏付け。
……あの天秤と同じ代物が現世に?
僕の天秤は、五芒星時代にアヌビス神から借りた物だ。本来、神から物を借りるなど到底不可能に近い。しかし、僕は空間の神から信頼されていた。その恩恵か、アヌビス神は僕に好意的だったのだ。彼は天秤を複数所持していたが、他者に貸し出すのは初めてと言っていた。なら、いま羅針盤に反応している天秤は、僕よりも後に貸し出された代物……
「まさか、また聖か?」
「わかりません……もしかしたら、借り物は薙様の力に数えられていないだけかもしれませんが」
暦の言うことも一理ある。でも、それでは”金剛鈴”が検索に引っかからないのが気になる。僕は試しに金剛鈴の検索を頼んだが、やはり羅針盤の針はゆっくりと回転し続けているだけだった。
「一体……誰が天秤を」
〈おーい! 閻魔様? 聞こえてる?〉
受話器の先の風切に対して、僕と暦は本件の調査を承諾した。
☆☆☆
「いや、許可するわけないでしょ?」
外出許可を桜に取りに行った僕と暦は、口を開く前に却下された。これだから桜と話したくないのだ。こちらの心を常に読んでくるのは、コミュニケーションの拒否と同義なのではないかとさえ思ってしまう。
「全く……あの馬鹿叔父には困ったものよ」
桜は高松の為に緑茶を入れながら文句を言う。桜が怒っているのは僕達というより叔父に対してなのかもしれない。
「僕も風切さんのやり方には賛同しかねます。ですが、今回は僕の失った力が関係しているんです」
「だとしてもよ……私の霊視に引っかからないのが気になるわ」
桜は包帯を巻いた自身の両目を指差した。十年前の惨劇で同様に霊視を掻い潜る手段を持った相手と対峙したのを思い出しているようだった。桜は、今回の僧侶が”彼ら”の関係者と読んでいるみたいだ。
「なら、私も一緒に行くわ! それならどう?」
湯呑みをお盆に乗せた桜の肩を制服姿の燐瞳が叩いた。燐瞳も、掲示板を見て調査に向かうらしい。僕、暦、燐瞳の三人なら大抵の事は大丈夫だろう。燐瞳の浄化の技術は僕もこの目で確かに見ている。
しかし、これは僕の問題だ。できれば僕と暦で何とかしたいのだが……
「はぁ……燐瞳は覚えてないものね」
桜は燐瞳の提案すら拒否した。それほど、霊視に映らない事象を彼女は恐れているというのか。桜は、「納得できないなら周芳さんに電話してみたら?」とスマートフォンを燐瞳に手渡す。
ムッとしながらも燐瞳はスマートフォンを受け取り自分の父に電話をかけた。一分ほど、言い合いが続いたようだが、電話を切った燐瞳は投げるようにスマホを桜に返却し僕の手を引いて屋敷の奥に移動した。
「意味が分からないわよ!!!」
「……僕もですよ」
なぜ、怒り心頭な燐瞳に引っ張られているのか、それが分からない。後ろを見ると暦が桜に抗議している。そりゃそうだ。暦からしてみたら、現世に座礁してやっと手がかりを発見したというのに。
「なんであの女は薙様と仲睦まじげなんですか!!!?」
なお、当の本人は別の理由で怒っていた……
残った桜と暦は、燐瞳と薙が見えなくなっても口論を続けていた。その議題は、”霊視不可能な状態の問題性”という真面目な内容だった。暦も、口論の内に私情を挟んでいるわけにはいかないことを理解していた。
「霊視を回避される経験は前にもあったの?」
「えぇ……といっても十年前以来よ。惨劇の首謀者がこの技術を持っていたの……だから、惨劇の経験者は同じ考えになるのよ」
桜も森之宮も、十年前の惨劇の経験者。だからこそ、この事態を重く捉えている。霊視の回避方法には、”二重思考”の技術が応用されている。相反する二つの思考を保ちつつ、その矛盾に一切気付かない状態を作り出す。他者から見れば異常だろう。両方の思考を成り立たせる事が不可能なのだから。だが当人にとっては全てが現実。どちらも正しいと疑わない姿勢が精神の保護となって霊視では真実を読み取れない。
「これを自分の位置情報に応用している……存在しているのに存在しない。相反する二つの思考……こんな事ができるのは、アイツしかいない」
暦は、「その……アイツって」と言いかけ、口を
霊視の仕組みを逆に利用している技術。桜の脳裏には、頭からすっぽり黒いローブを被った男の姿が浮かんでいた。シルエットをかき消すように、”その男は消えた”と自分に言い聞かせる。
……いや、消えたと信じ込みたいだけかもしれない。
「とにかく、閻魔薙は森之宮神社の会合まで監視下に置くわ」
「……何をもったいぶっているの?」
暦は、今日までの疑問を桜へ投げかける。薙は、暦の提案で現世へ座礁した。座礁先で、連盟を名乗る人間と合流し現在に至る。全ては偶然のはずだ。だが、連盟員は”閻魔薙”に異常な執着を見せている。
燐瞳という少女がその典型だろう。彼女は、”私情”で薙をそばに置きたがっている。これは、”好意”ではないと暦は感じていた。むしろ”執着”。失った者が再び目の前に現れ、二度と離すものかと言っているような、そんな感覚を覚えずにはいられなかった。
説明を一切行わない彼女たちに暦は腹を立てていた。
「正直、私も叔父を待つ必要はないと思っている……でも、周芳さんは、燐瞳のことを考えて引き延ばしている」
「……引き延ばしている?」
桜は静かにそう言った。暦の眉間に皺が寄った。その後、桜の口から発せられた言葉に、暦は息を飲む事になる。
「”閻魔薙”は……十年前の惨劇で、物語の中心にいた」
間違いなく、桜はそう言ったのだ。
☆☆☆
森之宮周芳は、森之宮神社の離れから、大量の人形を境内に移動させていた。一体一体が、桐の箱に詰められた高価な日本人形。そのどれもが曰く付きの代物。連盟に属する各神社から、手に負えない代物が森之宮神社に流れてくる。
森之宮は常々、「ここは最終処分場じゃないってのに……」と愚痴を漏らしていた。しかし、連盟幹部の手前、安易に断れず、未祓いの状態で封印されていた。その人形は優に数十体を超える。
「……これで全部か?」
並べられた人形の前に立っているのは、タンクトップにホットパンツ姿のアメリア。腰には修道服の時に付けていた少しサイズの大きい茶色の革ベルトと天使のレリーフが施された金色の燭台が見える。神社に似つかわしくないセクシーな服装。アメリアのカップ数が小さいので何とかなっているものの、この服装で外出はしてほしくない。
彼女は、昨晩まで着ていた修道服を周芳の妻の”
……それにしても、貸し出す服はもっとあっただろ。
周芳もアメリアも、同じことを考えていた。周芳としては、娘がこんな服を持っている現実が胸に刺さるようで、華苗に対して「ホントにコレは燐瞳の服なのか!?」と驚愕していた。
「あぁ……まさか君が”お焚き上げ”を手伝ってくれるとはね」
「宿泊代だと思ってくれ」
アメリアはベルトから燭台を外し、スイッチを押した。先端の花弁が展開し針が突き出し、短い蝋燭が現れる。既にほとんどが溶けて形状が歪んだ蝋燭の芯に青い炎が灯る。
「すごいな……人形一つに何人入ってんだコレ?」
蒼炎のグラス越しにアナライズするアメリアは、人形に群がる悪霊に不快感を抱いていた。その様子は、生ゴミに集る害虫のようだ。
「私も詳しくは分からない……何せ、”箱から出してない”からね」
「よく閉じ込めきれたな……」
アメリアの呆れ顔に、周芳は、「そりゃ”浄化の専門家”と言われているからね!」と笑いながら答えるも、「なら祓えよ」と返されてしまうのだった。
燭台を構え、体の前で横一文字に薙ぐと、青い火の粉が桐の箱に飛散し、箱に触れた途端、青い劫火となって全ての人形に引火した。目の前一体を焼き尽くす青い炎。人形の焼却まで数分かかるとアメリアは言った。
青い炎は、生命力を糧として燃え盛る煉獄の炎。熱を感じない炎は生命を引きつける魅力を秘めていた。周芳は無意識に炎へ足を進める。作務衣をアメリアに引っ張られて正気に戻る。
「近づくな! 引火したら死ぬぞ」
「あ、あぁ……ごめん」
まるで、炎が生命を引き込んでいるようだ。炎に意志があるように周芳は感じた。自分でも炎を起こしてみたいと思えるほどには心を惹きつけられる。
「その燭台は私も使えるのかい?」
「いや、無理だ……この燭台は”聖遺物”。使用者は”コイツ自身”が決める」
「やっぱり意志があるんだね」
少し残念そうな周芳を見て、「選ばれない方が幸せだ」とアメリアは言う。青い炎を現世で発生させるには、火種となる生命力が必要。それはどこから捻出されるか。答えは簡単だ。”持ち主の生命力”が燃料となる。
「燭台を使う度に、俺は寿命を削られている。蝋燭の先端に灯すだけでも秒単位で寿命は削られる」
「その割には、出力が強くなかったかい?」
先日の薙とアメリアの剣戟は、明らかに高出力で炎を出力させていた。まるでバーナーのような炎がブレードを形成する様は、SF作品を見ている気分だった。
「無機物を切断するにはアレぐらい必要なんだよ……それに、コイツで本格的に戦うってなったら、アレが一番燃費がいいんだ」
煉獄の炎をバーナー状に噴出させた後、天使の寵愛で出力を制御し、その場に炎を固定することで”数年の寿命”で長時間戦えるらしい。あのまま噴出させ続けた場合、アメリアはとっくに死んでいると。
「それでも数年か……」
数分の戦闘で数年の寿命。正直、割に合っていない。かなりリスクのある代物だ。聖遺物の中でも特異な存在が燭台なのだろう。
「俺も質問いいか?」
アメリアは燃え盛る人形を指差した。彼女は、なぜ、人形に悪霊が憑依しているのかが気になっている。過去に似た事例が財団でも確認されていたものの、その原理や機構について一切知られておらず、皆が”そういうもの”と認識していた。
「肉体を持たない浮遊霊は、現世の理に則り、天に昇らなければならない……断れば、身を裂かれる激痛が浮遊霊を、魂を直接襲う。激痛に襲われた霊は、そのまま分解されるか、天に昇るかの二択を迫られる事になる」
うんうん……と首を縦に振るアメリア。
「だが、現世に未練のある霊は、何が何でも留まろうとする。そこに、”心の隙間”がある肉体が現れると、激痛から逃れる為にその隙間へ霊は入り込もうとする」
「心の隙間って何だよ?」
「肉体には、魂を内包する”部屋”が存在する……人によって様々だけど、一番多いのは心臓だ。負の感情によって魂が圧迫されると、部屋の中で魂が収縮して隙間が出来る。我々はそれを心の隙間と呼んでいる」
つまり、魂が入れる臓器は決まっている。多くの人が心臓に魂を内包している。心臓は肉体に一つ。一つの肉体に一つの魂しか入れない。
その魂が収縮し、本来、魂で満たされている空間が空洞になると、浮遊霊はその空間を占拠するようになる。
「だが、魂の部屋の容量は、魂二つを内包しきれない。互いに押し出そうと魂同士が干渉し、激しく損傷する。憑依された肉体に不調が表れるのは、コレが原因だ」
「あぁ〜! 悪魔に取り憑かれて暴れたり身体が歪んだりするのはそれでか」
アメリアは納得の表情を見せる。周芳は続けた。
「肉体は、本来の魂を優先し、浮遊霊を拒絶する。浮遊霊が肉体を乗っ取ることは通常、不可能なんだ」
……この例外がハヤト。今回も十年前も、拒絶反応を無視して他人の身体を乗っ取っている。
「現世の理に反し、長時間現世の空気に晒された浮遊霊の魂は、”未練”によって自身の魂を変化させる」
魂に格納された未練という
「……それが”悪霊化のメカニズム”なんだよ」
悪霊となった後も、肉体に似た物へ執着する存在こそ、今目の前で焼かれている魑魅魍魎の正体だと、周芳は語った。
「現世の理は、土地によって強弱は様々だ。悪霊の多い土地は、ほとんどが”魂への損傷こそあれど、存在できないわけでは無い程度の負荷がかかる条件”……」
これはある種の進化とも言えるかもしれない。魂が性質を変化させ、拒絶する世界に受け入れられようとしているのだから。
「魂の進化……ねぇ」
生命力が弱まり、火力が低くなる青い炎を眺めながら、アメリアは、呟くように言った。財団は、悪霊も妖怪も、悪魔も吸血鬼も、その全てを”怪異”と称していた。もし、悪霊化した魂がさらに変化したら……そんな存在がいるとしたら、人は彼らを”妖怪”と呼ぶのだろうか? なら、肉体を持つ吸血鬼や悪魔って何なんだ?
「連盟では、肉体を持つ悪霊を”怪異”と定義している。ハーメルンの笛吹男や……それこそ”ハヤト”は怪異に該当する」
ハヤトは元々、一介の悪霊に過ぎなかった。だが、十年前は”春人”の肉体を奪い、今回は”笛吹男”の肉体を乗っ取った奴を、連盟は怪異に昇格させている。
「……おっと、電話だ」
周芳のスマホに”桜”と表示されている。何かあったのかと急いで電話に出た。
☆☆☆
青い炎が、静かに消えた。引火した人形や桐の箱は無傷だ。燃えた痕跡など見られない。しかし、それらから霊の気配は一切感じられない。
「魂のみを燃やしたから人形は無事だ……こっちでは”滅却”って呼ぶんだっけ?」
「滅却は魂の破壊だ……魂のエネルギーをゼロにする事象に名前は付いていないよ……」
「似たようなもんだろ?」
アメリアは背伸びをして、箱を運ぶ周芳を手伝った。後々、持ち主に返すか決めるそうだ。まぁ、十中八九、受け取らないだろうと思うが。
「あ、そうそう……片付けたら私は出かけるからね」
「あ? どこに?」
周芳はスマホの画面をアメリアに見せる。財団の連絡網に書かれている件の調査に出かけるという。「娘にやらせたら?」と言うも、「今回は奴らの可能性が高い」と自身が出ると譲らなかった。どうも相手は連盟の霊視を回避しているようだ。
「……なら、俺が行く」
左の掌に右の拳をパンッ! と叩きつける。
「えっ!? いやいや、君は蓮華が来るまでここで待機しててよ」
「その、あー……蓮華だっけ? 連絡取れてんの?」
アメリアの言葉に、周芳はシュンとした。実は、あのウェブ会議以降、蓮華と一切コンタクトが取れていない。彼が未だニューヨークにいるのか、それとも既に来日しているのかすら分からない状態。シヅキでも動向を追えない今、周芳はただ待つことしか出来ないのだ。
「俺の目は生命力の濃度を見ることが出来る。方角さえ分かればある程度は絞れる」
ボトルネックは方角なわけだが、上空からシラミつぶしに探せば良いだけだ。
「方角……? 待てよ……」
周芳は何かに気が付いて、スマホで桜に電話をかけ始める。
☆☆☆
「……羅針盤を借りたい?」
高松屋敷の一室で暦は頭にハテナを浮かべた。対面に座る桜は、電話の主、森之宮周芳からお願いされたと説明を続ける。
「今回の件を捜査するのに、霊視が使えない……でも、貴女の羅針盤なら方角だけでも捉えることが出来るんじゃない?」
「その通りですが、貸し出しはできません」
「まぁ、そうよね……外出を制限している中で道具だけ貸してくれってのは、流石に図々しすぎるわよね」
そう言って桜は、「提案なんだけど……」と口にしたが、それを遮って暦が口を開いた。
「羅針盤は死神しか使えないんです」
元々、一部の浮遊霊を閻魔界に導くのが死神の役目。彼らを見つけ出すための道具が羅針盤なのだ。人間が扱える代物ではない。
「……じゃあ好都合ね」
「はぁ?」
桜は、「暦さんだけ外出を許可します」と口にした。その代わり、今回の件は他言無用と条件を付けてきた。特に連盟の人間には話していけないという。
「……貴女も連盟員なんじゃ?」
「周芳さんが私の目を誤魔化せると思ってる?」
どうやら、桜は全てお見通しのようだった。その上で、誰にも言わずにいるのは何か目的があるのだろうか。
「閻魔薙の天秤を取りに行くなら、まずは森之宮神社に寄ってね」
手渡された紙には座標が記されている。紙とは別でイヤホンを手渡される。
「使い方わかる?」
「……なんとなく」
と言ったものの、肉体がないのに使えるのか? といった疑問が生まれる。暦はイヤホンを手に取って左耳に付けてみた。一応、くっつきはするらしい。
「私は貴女を霊視で追う……この間みたいに捕まりそうになったら指示するから、"必ず"逃げて」
暦は首を縦に振りつつ、それなら薙様も一緒が良いのにと思わずにはいられない。薙様の力の欠片……天秤の回収が出来れば、目標に一歩近づくことが出来る。
後は、この間みたいに聖様に追い詰められなければ良いだけ。霊視のアシストがあるとはいえ、私だけで大丈夫かな。
「閻魔薙はダメよ……燐瞳が気付く」
桜は、「あの娘の閻魔薙に対する異常な執着は分かるでしょ?」とため息まじりの声を出した。正直、同意するしかない。死神の暦から見ても、燐瞳の薙への想いは想定の範囲外なのだ。
「大丈夫よ、神社で合流するシスターがいれば」
……閻魔薙さえこちらにあれば、最悪は死神が消えても何とかなる。ただ、死神の戦力を見ておきたいという気持ちもある。今回の案件がハヤト関連の場合、対抗出来る戦力は、今の連盟にほぼいない。十年前と同じ戦力で活動していたなら、私たちは確実に負ける。
……唯一、互角に戦えそうなのは蓮華君とシスター。シスターは連盟に協力的だから安心するとして、彼はいつまで合流しないでいる気なの? まさか一人で全て解決する気なのかしら……
「……さん? 桜さん?」
「えっ!? あっ! ごめんなさい、考え事してたわ」
暦の問い掛けに慌てて返事をする桜。暦の心には、閻魔薙のために天秤を取りに行く決意が見て取れた。
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