それぞれの想い
「ただいま」
学校が終わり帰ってきた俺は家の中に向かってそう言う。
「おかえり」
すると母さんがリビングの方から歩いてきた。その後に奈那もやってきた。
「おかえりお兄ちゃん」
母さん、最近本当によく家に居るよな。それ自体はあの頃の俺が願っていたことだ。だが今は母さんが無理をして家にいるのではないかと思い始めている。俺がそう言ったから。きっと今の俺の言葉には家族を従わせることの出来る強制力がある。またあんな環境に戻りたくないとみんなが思っているんだ。きっと母さんと奈那もまだ俺との距離を手探りで探っている状態だろう。
「母さん、仕事は大丈夫なの?」
俺はできるだけ重たくならないようにさりげなくそう聞いた。
「ええ、愛斗が心配するようなことは何も無いわよ」
母さんは笑顔でそう言った。ほらやっぱり。俺基準だ。きっと俺が自分のことは気にしないで仕事に行ってくれなんて言ったら母さんはまた俺に拒絶されたと思い込むんだろう。
「今日の晩御飯は何?」
「今日は魚にしようかしら」
「えー、私魚きらーい」
「ダメよ?好き嫌いしちゃ」
みんな笑顔だ。みんな気を使いあっているから。
きっと普通の家族なら気を使うことなくこんな会話ができるのだろう。でも俺たちは普通がどんなものなのか分からなくなっている。
「今日は俺も母さんの料理を手伝うよ」
「あら、手伝ってくれるの?嬉しいわ」
「あ、わ、私も!私も手伝う!」
「じゃあみんなでしましょうか」
2人とも凄いな。全く淀みなく言葉を発している。気を使いあっているとは思えない。
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今日はなんと愛斗が料理を手伝ってくれると言ってくれた。今までなら考えられないことだ。息子が料理を手伝ってくれるだけ。ただそれだけの事のはずなのに涙が出そうになる。
私たちがまたもう一度こうして笑い合えるなんて。もう二度とこんな日常を壊してはならない。なんとしてでも幸せな日常を保たなければ。
だがそんなことばかりに気を取られていては家族なのに気を使ってしまうことになる。だから私は気なんて使っていない。私はありのまま思ったことを口にしている。それが一番の幸せだから。実際今私は幸せだ。あの人が亡くなってしまってから久しく感じていなかった幸福を今感じている。
きっとこの選択は間違っていない。私たちはまた本当の家族に戻れるんだ。
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今日はお兄ちゃんとお母さんとご飯を作ることになった。本当に嬉しい。私は今までお兄ちゃんに対して謝っても許されないようなことをした。でもお兄ちゃんは許してくれた。きっと私なら許すことの出来ないほどの大きな罪を。
だから私はそんなお兄ちゃんにこれからは幸せになって欲しい。
「寂しかった」
お兄ちゃんのその言葉がまだ離れない。そしてこれからもずっと離れることはないと思う。
こんなに優しくて大きな存在のお兄ちゃんにもうそんなこと思わせないようにしないといけない。
ならもう気を使う必要なんてない。今までずっと心の奥に閉じ込めていた私の本性を解くだけでいい。
私の本性はどうしようもなくお兄ちゃんが好きで独り占めしてしまうと思っているわがままなブラコンだ。
だから私は気なんて使わない。本当のままの自分でお兄ちゃんと接する。
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「…ちょっと焦げてる」
俺は鮭を口に入れながらそう言った。
「うっ…ごめんなさい…」
奈那がしゅんとしながらそう言った。
その姿が過去の奈那の姿と重なる。自然と笑みがこぼれてしまった。
「全然いいよ。気にしてないから」
「そうよ?料理に失敗は付き物なんだから」
普通の会話。仲のいい家族の会話。きっと他人から見たら俺たちの家族はそう見えると思う。
でも実際は違う。みんなが気を使いあって何とか諍いを起こさせないようにしている。
あの頃、父さんが生きていた頃とは違う。あの頃は本当の家族だったんだ。
いつか本当の家族に戻れる日は来るのだろうか。
【あとがき】
愛斗はあの出来事があってから素直に物事を信じられなくなっています。だから愛斗だけはみんなが気を使いあっていると思い込んでいます。そんな愛斗がこれから先、どんな選択をしていくのか楽しみにして頂ければ幸いです。
誰にも愛されなかった俺、全てを諦めたら周りの様子がおかしい Haru @Haruto0809
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