友達?

教室に入ると綾乃が寄ってきた。


「愛斗、今日一緒に帰ろ」


「なんで俺がお前と帰らなきゃいけないんだよ」


そう言って自席に着こうとしたのだが俺と綾乃とは違う声がかけられた。


「ねぇ、沙也加が誘ってんのにそんな言い方なくない?」


声のする方を見てみると小柄な女の子がいた。名前は…えーっと、誰だっけ?分からない。


「そんなこと言ったって帰りたくないものは仕方ないだろ」


「なんで?帰ってあげればいいじゃん。なんでそれを嫌がるの?」


小柄な女の子の隣では綾乃が目を湿らせている。なんなんだその目は。同情を煽るようなその目は。イライラするな。


「だからこいつと一緒に帰るのが嫌なんだよ」


はっきりと言い切ると綾乃が泣き出しやがった。泣けばどうにかなると思っているその精神が俺のイライラを増幅させる。


「ちょっと環!何泣かしてんの!?」


小柄な女の子が発したその声は大きく教室の中にいた生徒たちが一斉にこちらを見てくる。するとどうだ?何も見ていないのにあたかも俺を悪者扱いするような目で見てくる。


「ひっぐ…ぐす…わ、私はただ愛斗と帰りたかっただけなのに…」


もういい加減にしてくれと声を大にして叫びたかった。


「環!」


「うわぁ、あいつマジかよ」


「ありえな。一緒に帰るだけじゃん。それだけで泣かすとかまじでキモイな」


「教室で泣かすとかクズすぎだろ」


「俺前からあいつのことあんまり好きじゃなかったんだよな」


もういい、疲れた。周りに同調することしか出来ない奴らと同じ空間に居たくなかった俺は教室を出て屋上に向かった。


「あいつ逃げんのかよ」


「ダサ」


「もう帰ってこなくていいよね」


教室を出る俺の背中にそんな言葉が投げかけられたがもうなんとも思わなかった。



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ふぅ、屋上は空気が綺麗で息がしやすいな。



そんなことを思いながら俺は屋上で足を伸ばして座っていた。すると不意に俺が屋上に出た時に使った扉が開いた。



なんだ?誰かがまた罵声を浴びせに来たのか?もうめんどくせぇよ。そんなことを思っていたのだがそこに現れたのは明らかに気が弱そうで背の低い男子だった。



そいつは俺の事を見てモジモジしていた。


「…なんだ?何か用か?」


俺がそう言うと気の弱そうな男は口を開いた。


「えっ、えと、そ、その…」


ほんとに気が弱いんだろうな。そう分かってしまう。


「…落ち着いて話せ」


なんだかこいつには優しくなってしまう。気が弱そうだからか?


「あ、ありがとう…えっと、あ、あんなの気にしなくて良いよ!」


「……は?」


「だ、だから!教室で悪口を言ってた人達のことなんて気にしないでいいよ!」


「…気にしてねぇよ。そんなこと」


俺はそう言った。本当に気にしていなかったから。


「…嘘だよ」


「え?」


「だって、だって環君凄く辛そうな顔してるよ?」


そう言われて初めて気がついた。自分の顔が歪んでいることに。


「そんな、こと…」


否定しようと思った。そんなことないと言おうと思った。でも何故か言葉が出てこなかった。


「いいんだよ…僕は知ってるよ。環君があの子を泣かせたわけじゃないって」


その言葉で限界だった。自然と涙が目からこぼれてくる。


「は?え?な、なんで涙なんて…」


目の前の小さな男が俺を抱きしめてくる。体は小さいはずなのに何故かとても大きく感じる。そして温かい。


「環君。いいんだよ。我慢なんてしなくて。辛いなら泣いてもいいんだよ」


なんでそんなに優しい言葉をかけてくるんだ。


「環君に敵しかいないなら僕だけは君の味方になるよ」


俺は諦めたんだ。諦めたはずなんだ。なのにどうして涙が溢れて止まらないんだ。


「………ありがとう」


自然と口からこぼれた言葉だった。なんの意識もしていない無意識での言葉。でも俺はその言葉を口に出して心が軽くなった気がした。



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「僕の名前は羽田巻 樹(はたまき たつき)」


「俺の名前は…」


「環 愛斗君、だよね?」


「…そう、だけどなんで知ってんだ?」


「前君が綾乃さんに絡まれていたから名前くらいは知ってるよ」


あぁ、なんで名前で呼んでくれないの?とか言われたやつか。


「ていうかよく俺を信じてくれたな」


「うん、僕人と接するのは自信がないけど人を見る目だけは自信があるからね」


「…ほんとによく信じてくれたな」


よくそんなに自分を信じられるな。これは別に羽田巻を貶しているわけじゃない。素直に凄いと思っているんだ。


「…じゃ、じゃあ信じた変わり、って言ったらなんか嫌なんだけど、その…」


まぁそうだよな。俺みたいなやつを善意だけで助けてくれるような人は居ないからな。そう思っていたのに。


「僕と友達になってくれないかな…」


「は?」


「あ、その、嫌なら別にいいんだけど…」


本当になんなんだこいつは。どうしてそんなに、そんなに心が温まるような言葉ばかりかけてくるんだ。


「い、嫌な訳じゃないが…」


「…なにか理由があるの?」


「…まぁ、な」


「良かったら聞いてもいいかな」


羽田巻は遠慮がちにそう聞いてきた。本来なら人に話すようなことじゃない。でも、なんだかこいつには話してしまっても良いと思っている自分がいた。


「まぁ、そんなに面白い話じゃないんだけど…」


だから俺は話した。人に話して少しでも楽になりたいと思っていたのかもしれないが。


「…ひぐ、ぐす」


「は?!お、おい、そんなに嫌なら聞かなくても良かったのに…」


羽田巻は顔を涙でぐしゃぐしゃにしていた。あぁ鼻水も出てきた…


「違うんだよ…ただ、環君がそんなに辛い思いをしてたなんて思わなくて自然と涙が出てきたんだよ」


どうして羽田巻はこんなに人に対して感情的になれるんだ。どうして俺の痛みを分かってくれようとするんだ。どうしてこいつはこんなに温かいんだ。


「大丈夫だよ。僕は環君のことを傷つけたりなんてしない」


「…いや、でも」


そこで羽田巻の目が俺を見つめていることに気がついた。その目は真剣そのもので…


「……わかった」


「っ!ありがとう!」


俺にありがとうと言われる筋合いはない。逆にこんな話を聞かせてしまって申し訳ないと謝りたいくらいだ。


「わぁ…ほんとに、ほんとに友達が出来たんだ…初めて出来た…」


でも羽田巻の様子を見ているとそんな気持ちは無くなった。


「じゃ、じゃあ一緒にご飯とか食べていいのかな?!」


「お、おう。いいぞ」


「そ、それじゃあ一緒に帰ったりしてもいいのかな?!」


「そ、それもいいぞ」


「じゃあじゃあ!」


かなり興奮気味の羽田巻と俺は時間のことをすっかり忘れていて確認しに来た教師にこってり叱られた。



俺と羽田巻は顔を見合わせて吹き出してしまったため更に怒られてしまった。

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