諦め
あれから1週間が経った。今日は俺の誕生日だ。
まぁ誰もそんなこと覚えてないだろうけどな。今日の朝で決まる。俺の努力が実を結ぶのか。
俺はベッドから重たい体を起こしながらそんなことを考えていた。
今日の朝までの成果は酷いものだった。母さんはいつも通り仕事のことばかりで俺のことなんてひとつも見ていない。奈那は半年ぶりに言葉を聞いたあの日からまた俺のことを無視している。沙也香は先輩のことが好きなくせにずっと俺と登校している。
階段を降りながら今日までのことを振り返っていた。何かの間違いでいきなり俺を愛してくれたりしないかな。ないだろうな。
階段を降りきるとやはり母さんは忙しそうだった。
「おはよう。母さん」
いつも通り声をかける。
「おはよう。愛斗」
いつも通り母さんがそう返してくる。見慣れてしまった光景。
それはこの一週間も変わらなかった。
「…ねぇ、母さん。今日の夜。母さんのご飯が食べたいんだ」
「ごめんね、今日も母さんは忙しくて作れないの」
「…」
はは、知ってるよ。分かってるよ。
「愛斗?」
「そうだよね。母さんいつも忙しいもんね」
「…ごめんね」
母さんは謝りながら仕事に行く準備をしている。やっぱり仕事の方が大事なんだな。
「それじゃあ母さんは行ってくるから」
「行ってらっしゃい」
母さんを見送った後、1000円を取って二階に上がる。その時に上から奈那が降りてきた。
「おはよう奈那」
これもいつも通り。
「…」
これもいつも通り。俺はそれだけ声をかけて二階に上がりきった。
「…━━ちゃん?」
後ろから奈那の声が聞こえてきた気がしたが絶対に気のせいだろう。だって奈那は俺とは話さないんだから。
「行ってきます」
手短に学校へ行く準備を済ませて玄関を出た。返事は待たずに扉を閉めた。待ったって帰ってくるわけないんだから。
「ぁ、い、行ってらっしゃい…」
そんな声は誰にも届かなかった。
愛斗が学校へ行くため家を出た後、奈那の携帯に着信があった。奈那が携帯を見ると母親からの電話だった。
「もしもしお母さん?どうしたの?」
「奈那、今日の愛斗の誕生日パーティーだけど出来なくなったの」
急にそんなことを言われて奈那は驚いてしまった。
「え?!な、なんで?!」
奈那は取り乱しながら母親に問いかける。
「さっき会社から電話があってどうしても外せない用事が出来てしまったの。だから愛斗の誕生日パーティーは明日に変更しましょう」
「…分かった。その代わり絶対にお兄ちゃんを驚かせるようなパーティーにしようね?」
「ええ、もちろん」
奈那は気がかりなことがあった。それは今朝の兄の表情だ。今まで兄のあんな表情は見たことが無かった。何かを完全に諦めたようなあんな表情を。
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「おはよう、愛斗」
同じ。
「おはよう、沙也香」
同じ。同じ日常がただ繰り返されている。変化が無くただいつも通りな毎日が。
「俺、朝ごはん買ってくる」
「…愛斗?」
朝ごはんを買い終えてコンビニから出てくる。
「じゃあ行こうか」
沙也香にそう声をかける。
「う、うん」
どうして沙也香は好きな人が居るのに俺と登校しているんだ?
この一週間の登校中、ずっとそのことばかり考えていた。
だがどれだけ考えても答えは出てこなかった。
「沙也香」
聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。先輩だ。
「あ、先輩」
やはり沙也香は先輩のことが好きなんだろう。目をキラキラさせて先輩と話している。そんなに先輩と話したいなら俺と登校しなければいいだろ。
「俺、先行くわ」
「…うん」
「彼、なんだか不機嫌そうだな」
「はい…今日の朝からあんな感じで…」
沙也香は先輩にそう伝える。
「…沙也香何か大切なことを忘れているんじゃないのか?」
「大切なこと、ですか?」
先輩にそう言われて沙也香は顎に手を当てながら考える。
「…あ!」
そして思い出した。
「今日、愛斗の誕生日だ!」
「…沙也香、それは忘れちゃダメだろ。好きな人の誕生日くらい覚えておけ。しかも彼は幼馴染なんだろ?」
その通りだ、と沙也香は反省する。
「うぅ、やっちゃった…」
沙也香は愛斗の誕生日を忘れていた。忘れていたため当然プレゼントなんて用意していない。
「明日、改めてお祝いしてプレゼントを渡そう」
彼女はそう決心した。明日祝おうと。
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帰ってきて玄関の扉を開け、家に入る。
今日は俺の誕生日だ。だがまだ誰にも祝ってもらっていない。
少し嫌な考え方かもしれないが祝ってもらっていないのだ。
家族は祝ってくれると思ってたのにな。
家に既に奈那が帰ってきていた。
「ただいま」
「…」
まぁ知ってるよ。なんか疲れた。
俺は肩を落としながら二階に上がった。
「おかえり」
だから彼女が小さくそう言ったのを聴き逃してしまった。
次で最後にしよう。
夜、母さんがかなり遅い時間に帰ってきた。正確に言うと1時頃。
「愛斗…?どうしたのこんな時間に。もう寝なきゃいけないでしょ?」
「…母さん、今日俺の誕生日なんだ。いや、違うな。昨日俺の誕生日だったんだ」
そう言うと母さんの顔が分かりやすく気まずそうな顔になった。そして俺の心のヒビはヒビでは収まらなくなってしまった。
心がガラス細工のように粉々になってしまった。
「もちろん覚えてるわよ」
「…嘘だね」
「え?」
「それが本当ならなんでさっき気まずそうな顔したんだ?」
母さんにそう問いかける。
「それは…」
母さんは答えられない。
「もういいよ。よく分かった。母さんは俺のことを愛してなんていなかったんだ」
「!!!愛斗!」
母さんは何か言おうとしていたけど俺はその言葉を聞く気は無かった。だから踵を返し二階に上がる。
もう期待なんてしない。俺は愛されない人間なんだ。要らない人間なんだ。そう自覚出来た。
もう疲れた。
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