関係
いつも通りの、でも全てを諦めきった朝が俺を出迎えた。
うっすらと目を開けて天井をしばらく眺めているとここが自分の家ではないような感覚に陥った。そんなはずは無いのに。
俺には家族と呼べる人が居ない。家族と呼べる人がいるとすればそれは今は亡き父さんだけだろう。
父さんは本当に俺を可愛がってくれた。いつも遅くまで仕事をしていたのに休みの日になると絶対に俺と奈那と遊んでくれた。
その時俺たちはまだ小さかった。だから父さんに遊んでもらえることが本当に嬉しくてよくはしゃいでいた。
父さん…
懐かしい気持ちになってしまって不意に涙が出てきた。もう戻れない。あの頃には。
本当は今日一日ベッドで何もすることなくただ転がっていたかったが学校があるためそうも言ってられない。さぁ、降りよう。
階段を降りるといつもの日常が広がっていた。
ある女性は忙しなく動きある女性は眠たそうに椅子に座っていた。
「あ…おはよう、愛斗」
一人の女性が俺に声をかけてきた。
「おはようございます。真希(まき)さん」
俺は声をかけてきた真希さんにそう返す。
真希さんと言うのは俺の母親に当たる人だ。
「!!!ま、まな、と?」
「どうかしましたか?」
真希さんが酷く狼狽えている。どうしたのだろうか?
「え、お、お兄ちゃん?」
「なんですか?奈那さん」
次に声をかけてきた奈那さんにそう返す。
「な、なんなの?その他人行儀な喋り方…」
この人たちは何をそんなに驚いているのだろうか?
「何って、俺に家族と呼べる人達は居ませんから」
俺が二人にそう告げると二人は顔を悲痛に歪ませた。
「ね、ねぇ、愛斗。どうしちゃったの?」
「そ、そうだよお兄ちゃん。そんな喋り方やめてよ」
そんなこと言われたってもう俺たちを繋ぐ絆なんて無いんだからどうしようもないんだけどな。
「自覚しただけですよ。俺は誰にも愛されることがないと」
「どうしてそんなふうに思ってるの?!」
真希さんが声を荒らげてそう聞いてくる。
「どうして、ですか。真希さんが散々教えてくれたじゃないですか。いつも俺より仕事優先のあなたが。奈那さんも教えてくれましたよ?半年も前から俺のことを無視してますし」
「違うの愛斗!それは!」
「わ、私もそんなつもりで無視してたんじゃ…!」
「安心してください。もう2二人のことなんてなんとも思っていないので今更取り繕おうとしなくて良いですよ」
「っ!お願い愛斗、そんなこと言わないで…」
「お兄ちゃん、私が悪かったから!謝るからやめて!」
聞き分けのない人達だな…
「落ち着いてくださいよ。分かってますって。二人には迷惑をかけないのでこの家に居させてください。お願いします」
二人とも俺に気を使ってそんなことを言っているのだ。それは分かっている。分かっているから俺は深々と頭を下げてそうお願いする。
「そんなことしなくてもここはあなたの家よ!」
「お願いだからいつものお兄ちゃんに戻ってよ!」
…いつもの俺、か。誰にも愛されることが無いのに惨めに愛されようと努力している俺か。もうそんな自分には戻らない。だってこれまでの日々で思い知ってしまったから。
どれだけ努力しても俺は愛されないのだと。
この世には『努力は報われる』と言うの言葉があるそうだがそんなことは無い。実際には報われない努力の方が圧倒的に多いだろう。俺はそんなその他大勢の中に入っていた。たったそれだけのことだったんだ。
「いつもの俺…どんな人だったんですかね」
自分でも分からなくなってしまった。
「もう学校に行きます。あ、ここに住ませてもらってるだけでありがたいので朝ごはんのお金は必要ありません」
そう言い残して俺は学校へ行く準備を住ませて玄関を出た。
「待って!」
「お兄ちゃん!」
二人が俺のことを呼び止めているがそんなのは上辺だけだろう。内心は俺という異物が家族の中から消えて清々しているのだろう。そう考えると家族と呼ばれるものを繋ぎ止めようとしていた俺が本当に滑稽に思えた。
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「おはよう、愛斗」
何回目だろうか?同じセリフで沙也香が俺に声をかける。
「おはよう」
そして学校へ向けて歩き出す。
「あれ?今日はコンビニで朝ごはん買わないの?あ、もしかして今日はちゃんと食べてきたの?」
「いや、食べてない」
手短にそう答える。
「え?!大丈夫なの?」
「あぁ、大丈夫だ」
歩く足を止めることなくそう言う。
「…なにかあったなら聞くよ?」
沙也香は俺の隣に寄ってきて心配そうな視線を向けてくる。…そういうのやめてくれないかなぁ。
「大丈夫。何も無い」
「でもそんな顔してないよ?」
更に沙也香が距離を近づけてくる。詳しく言うと体が触れ合うほどに近かった。
だからやめろって。
「私にできることなら…」
「はぁ」
大きなため息をひとつ吐く。
「ま、愛斗?どうしたの?」
「なぁ。沙也香、好きな人が居るって言ってたよな」
「え!?う、うん」
沙也香が顔を赤らめて肯定の意思を示す。
「だったらこういうことやめてくれないかな」
「こ、こういうことって?」
「不用意に距離を詰めないでくれ。大方沙也香の好きな人ってよく話しかけてくる先輩なんだろ?」
これは間違いない。沙也香のあんなキラキラした目を見たことがなかったからな。
「…え?ち、違うよ!」
否定しているのは当たっているが恥ずかしくて認めたくないからだろう。
「分かったから。俺もう先に行くぞ」
「ま、待ってよ!」
後ろから沙也香が肩を掴んで俺を止める。
「こ、これ」
そう言って沙也香が差し出してきた手には包装がされた箱が握られていた。
「なにこれ」
俺は問いかける。
「愛斗、昨日誕生日だったでしょ?だからこれ、誕生日プレゼント」
…一日遅れで、か。
「…プレゼントはありがとう。でもなんで今日なんだ?」
こんなことを聞く自分が嫌になってしまうが、それでも聞いてしまう。
「そ、それは…」
沙也香が口ごもる。そんな沙也香の目をじっと見つめる。すると観念したのか沙也香は正直に話した。
「忘れてたの…」
…やっぱりそんなもんか。
「そっか」
きっと幼馴染という間柄で義務的にプレゼントをくれたのだろう。そんな同情のようなものは要らない。
「沙也香、今日から俺たちは他人として生きていこう」
「え?な、なんで?!なんでそんなこと言うの?!」
沙也香が激しく取り乱す。
「私たち幼馴染じゃん!」
そうか。幼馴染か。幼馴染という関係が沙也香を縛っているのか。だったらその原因を断ち切ってやればいい。
「じゃあ今日から俺たちは幼馴染をやめよう。それで沙也香は俺に構う必要が無くなっただろ?」
そう言うと俺は歩き出した。
「なんで、どうして…」
沙也香は俺の背後で項垂れていた。
この日、俺たちの関係は変わった。
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