全然違う

「すみません。戻りました」


俺がバックヤードから出てくると二人はどこかぎこちなかった。まぁ初対面で仲良くしろと言う方が難しいか。


「あ、環君。おかえり。じゃあ仕事始めようか」


久井さんにそう言われて俺は教えてもらった仕事を開始した。

本の整理、入荷された本の陳列、その入荷された本に対するPOPを書く作業。それが全て終わって時計を見る。

時計はまだ11時を指していた。


「久井さん、次は何をしたらいいですか?」


久井さんに教えてもらった作業はここまでだ。この後は何をすればいいのだろう?


「あ、もう今日の作業は終わりだよ」


え?もう終わりなのか?


「…ならこれからの時間は何をすれば良いんですか?」


まだまだバイトの時間は残っている。作業がこれだけだとすれば後は何をすればいいのだろうか。


「後はレジで立って過ごすだけだよ。たまにお客さんが来るから接客したりお客さんが戻し間違えた本を戻したり」


…本当にそれだけで時給1000円ももらえるのか?破格すぎる値段だ。


「じゃあレジに行きますか」


「そうだね」


俺と久井さんはレジに向かった。レジ付近には奈那が立っていた。


「奈那さん、暇じゃないですか?」


作業している間の二時間ずっと待っていたのか?どうして…


「ううん。大丈夫」


まぁ本人がそう言っているのだからいいか。


「お兄ちゃん…」


その声は愛斗には届かなかった。



レジに立って1時間が経った。


「…」


「…」


「…暇ですね」


「…そうだね」


暇すぎる。ここまでで来たお客さんは二人。この店大丈夫なのか?心配になるレベルで暇だ。


「…いい妹さんなんだね」


突然久井さんがそんなことを言ってきた。


「…」


俺はそれに答えることが出来なかった。奈那さんは店内で本を見て回っていた。


「あ、ごめんね。なんだか今は上手くいってないって言ってたね…」


まぁ、否定はしない。


「私、ね。小さい時に両親を事故で亡くしたの」


久井は自分のことを語りだした。誰も話してくれなんて言っていないのに。


「その時私は家でお留守番してて、私たち家族はその時に壊れたの」


形は違えど久井さんも辛い思いをしたのか…


「残された私は母方の実家に預けられたの。父方の祖父母はもう亡くなってしまっていたから。私は歓迎されなかった。祖父母は私のことを疎んで嫌がらせをしてきたの」


「…」


その話を黙って聞くことしか今の俺には出来なかった。ここで気の利く一言でもかけられれば良かったのだろうがそんな言葉は見つからない。


「私は何年も耐えた。痛くても、辛くても、苦しくても耐えてきた。何度あの頃に戻りたいと思ったか分からない。お父さんやお母さんのことを思い出して何度も泣いた。でもそれで今が変わるわけじゃない。だから私は数年前からここで働いて今一人暮らしをしているの」


俺なんかよりももっと辛い環境で久井さんは育ってきた。そん話を聞いてしまったら俺の今のいざこざなんて些細なことにさえ思えてしまう。


「だから家族が居る環君には絶対にその家族を大切にして欲しいと思ったの。世の中には私みたいに家族に会いたくてももう絶対に会えない人たちもいるから」


「…頑張ってみます」


頑張ってみる、とは言ってもそんな簡単な話ではないだろう。



それでも今の久井さんの表情を見てしまったら何もしないなんてことは出来ない。そう思ってしまった。

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