妹
私はお兄ちゃんのことが大好きだった。それは中学三年生になった今でも変わらない。ならなぜ半年も無視していたのかって?
初めは小さな嫉妬だった。お兄ちゃんには幼馴染がいた。名前は綾乃 沙也香ちゃん。小さい頃はまだ良かった。三人で一緒に遊んでいたから疎外感なんて感じなかったから。
でもお父さんが亡くなってからは違った。お兄ちゃんちゃんと沙也香ちゃんが私に内緒で二人で遊ぶようになった。
なんで?どうして?今考えてみれば簡単な事だ。二人とも相思相愛だったのだろう。でもあの時の私は子供だった。そんなこと理解しているはずもない。
だから私は仲間はずれにされたと思った。お兄ちゃんを取られたと思った。でも私はその時我慢した。だって家にいる時は私がお兄ちゃんを独り占めできるから。
でもそんな生活を続けているといずれ限界は来る。言いようもない疎外感に私は耐えられなくなった。もっと私にかまって欲しい。昔みたいに二人でどこかに遊びに行ったりしたい。でもお兄ちゃんはいつも沙也香ちゃんとばかり。
私を蔑ろにしている。そんな良くない感情が私の心を支配していった。だから構ってもらえるように色々した。初めは些細なことだった。お兄ちゃんのアイスだと知っていてわざと食べたり、お兄ちゃんのスマートフォンを隠したりと軽いイタズラ程度だった。
これで構ってもらえる。そう思った。結果的に言えば私の作戦は成功してお兄ちゃんに構って貰えた。でも、それ以上にお兄ちゃんは沙也香ちゃんとの時間を大切にした。私が遊びに行こうと誘っても沙也香ちゃんと遊ぶ予定が入っているからまた今度にしてくれと言わたり家の中で構ってもらおうとしても沙也香ちゃんと電話していたり。
中学生にもなってみっともないと思われてしまうかもしれないが私はお兄ちゃんが本当に大好きだった。お父さんが亡くなってずっと泣いていた私の横に座って何も言わずにずっと背中をさすってくれたお兄ちゃんが。
だからそのときの現状には全く納得いっていなかった。どうにかしてあの頃のようになりたかった。その時の私はかなりお兄ちゃんに対して怒っていた。だから何時間か無視したことがあった。
その時、お兄ちゃんはとても私に優しくしてくれた。あの頃のように。私はそれが本当に嬉しかった。この時間がずっと続いて欲しかった。
でもお兄ちゃんはまた沙也香ちゃんの所に戻ってしまった。私はもう一度お兄ちゃんを無視した。今度は一日と期間を長くして。するとまたお兄ちゃんが優しくしてくれた。今度は長めに。
だから私はお兄ちゃんが沙也香ちゃんばかりに構いだしたら無視するようになった。何度かそういうことを続けていた。今回もまたその戦法を使ってお兄ちゃんに構ってもらおうとした。
今度はかなり長い期間だった。一週間。それが間違いだった。
今思えば一週間という期間はさすがに長すぎた。その時の私はそれに気づいていなかった。ただお兄ちゃんに構ってもらいたい。その一心でその期間、お兄ちゃんのことを無視し続けた。
そして一週間がたったある日のこと。そろそろ頃合だと思った私はお兄ちゃんに謝って甘えようとした。でもお兄ちゃんに話しかけることが出来なかった。なぜ?それは簡単な事だった。単純に気まずくなってしまったのだ。当たり前だ。一週間も無視し続けた相手だ。いつものように話せるわけがなかった。
私はどうしようと悩んだ。悩んでいる間も時間は待ってくれない。一日一日無視している時間が長くなっていく。その間もお兄ちゃんは話しかけ続けてくれた。それが更に私に罪悪感を植え付けて気まずさを増幅させた。
二週間、一ヶ月、半年。気づけばもう手遅れだった。もうお兄ちゃんには顔向け出来ない。
でもある日、お兄ちゃんが急に私に踏み込んでくるようになった。
「奈那、今日は一緒に学校行くか」
普段はそんなこと言わないお兄ちゃんがそう言ってきた。
とても嬉しかった。本当なら直ぐに行く!と返事したかった。でもそれを私の罪悪感が許さない。
「…」
あぁ、まただ。また無視してしまった。更に罪悪感が増していく。
「コンビニで何買うんだ?」
やめて。
「…」
「何か買うんだったらもうそろそろ家を出ないと…」
お願いだから。
「ねぇ」
これ以上あなたを傷つけさせないで。
「な、なんだ?!」
お兄ちゃんがとても驚いた様子で私の顔を見てくる。
「ウザイ」
…え?私、今なんて言ったの?ウザイ?…?な、なんで?どうして?そんなこと言いたかったわけじゃないのに。私は自分でも何故そんことを言ってしまったのか分からなかった。あなたを傷つけるつもりなんて無かったのに。
「…悪い」
お兄ちゃんは明らかに落ち込んでいた。その姿が私の胸にもう絶対に逃れられないほどの罪悪感を刻み込んでくる。
「…ぁ」
謝らないと。頭ではそう分かっているのに言葉が出ない。この時ほど私は私自身を恨んだことは無い。
「行ってきます」
お兄ちゃんはそう言い残すと玄関から出ていってしまった。
「…なんで!なんでいつも私は…!!!」
お兄ちゃんが居なくなると決まってそう後悔する。後悔するくせに直そうとはしない。私って本当に…
そしてもう取り返しがつかなくなった。
「あ…おはよう、愛斗」
ある日の朝、お母さんが二階から降りてきたお兄ちゃんにそう声をかけた。
「おはようございます。真希さん」
その声を聞いた瞬間、寝ぼけまなこだった私の目は冴えた。
真希、それは私のお母さんの名前だ。じゃあそのお母さんの名前を呼んだのは誰か?お母さんの子供であるお兄ちゃんだった。
「!!!ま、まな、と?」
「どうかしましたか?」
お母さんが目に見えて動揺している。私だってそうだ。
「え、お、お兄ちゃん?」
それで半年も無視してしまっていて罪悪感でいっぱいだった私がお兄ちゃんに話しかけることが出来たのかもしれない。こんなこと思ってはダメだとは分かっているが、嬉しかった。
「なんですか?奈那さん」
でもそんな感情はすぐに絶望へと変化した。敬語に名前にさん付け。もはやただの他人だ。
「な、なんなの?その他人行儀な喋り方…」
他人行儀という表現が1番いいだろう。まさしくこれは他人なんだから。
「何って、俺に家族と呼べる人達は居ませんから」
そして全てを悟った。私の今までの行動が今の結果を招いているのだと。
「ね、ねぇ、愛斗。どうしちゃったの?」
「そ、そうだよお兄ちゃん。そんな喋り方やめてよ」
それはお願いではなく懇願だった。お願いだからそんな喋り方しないで欲しい。
「自覚しただけですよ。俺は誰にも愛されることがないと」
「どうしてそんなふうに思ってるの?!」
そんなことない!私はお兄ちゃんのことが大好きなんだ!
そう声を大にして叫びたいのにやはり罪悪感がそれを許さない。
「どうして、ですか。真希さんが散々教えてくれたじゃないですか。いつも俺より仕事優先のあなたが。奈那さんも教えてくれましたよ?半年も前から俺のことを無視してますし」
「違うの愛斗!それは!」
「わ、私もそんなつもりで無視してたんじゃ…!」
私はただお兄ちゃんにもっと構ってもらいたかっただけ。でもそれが嫉妬に変わってしまって今の現状を生み出している。
「安心してください。もう二人のことなんてなんとも思っていないので今更取り繕おうとしなくて良いですよ」
「っ!お願い愛斗、そんなこと言わないで…」
「お兄ちゃん、私が悪かったから!謝るからやめて!」
私が悪かった。それは本当に思っているが心の底ではもうちょっと構ってくれても良かったんじゃないかと思ってしまっている自分がいる。
「落ち着いてくださいよ。分かってますって。二人には迷惑をかけないのでこの家に居させてください。お願いします」
でも目の前で深々と頭を下げいるお兄ちゃんを見て私が悪かったんだと、心の底から思うことが出来た。
「そんなことしなくてもここはあなたの家よ!」
「お願いだからいつものお兄ちゃんに戻ってよ!
いつものお兄ちゃんを消してしまったのは私自身だ。そう分かっていても願ってしまう。
「いつもの俺…どんな人だったんですかね」
いつものお兄ちゃんは優しくて頼りがいがあって、でも少し危なかっしいそんな愛おしい人だった。目の前にいるのは全てを諦めてしまった一人の男の子だった。
「もう学校に行きます。あ、ここに住ませてもらってるだけでありがたいので朝ごはんのお金は必要ありません」
ダメだ。ここでお兄ちゃんを行かせてしまったら取り返しのつかないことになってしまう。
「待って!」
「お兄ちゃん!」
私は玄関から出ていくお兄ちゃんを引き止める術を持っていなかった。
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