私も

最悪な日の次の日はどうやら最悪らしい。目を開けると憂鬱な気分が俺に襲いかかってきた。



今日は休日、土曜日だ。休みのおかげで朝からバイトを入れることが出来た。時刻は7時をちょっと回ったところだった。バイトの時間は9時から。準備して行くか。



そう思い最悪な気分を振り払うかのようにベッドから降りる。何度も降りた階段を降り切ると奈那さんが声をかけてきた。


「あ、お、おはよう。お兄ちゃん」


…その笑顔やめてくんねぇかなぁ。明らかにぎこちのない笑み。見ていてなんだか気分が悪い。


「おはようございます」


ただ言われた言葉に反応するように挨拶を返す。


「どうしたの?こんなに早く起きて」


前までの俺は休日はだいたい9時くらいに起きてきていた。だが今の俺はバイトをしているためそんなに悠長に寝ている暇は無い。


「ちょっと用事があるので」


短くそう返す。


「へ、へぇー。その…その用事、私もついて行っていいかな」


なんでついてきたいんだ?全くもって意味が分からない。俺の動向なんてどうでもいいはずだ。それとも何か企んでいるのか?本気で分からなくて少し思考を巡らせていると奈那が口を開いた。


「だ、ダメ、かな」


…別に隠すこともないがなんだか疑ってしまう。半年も無視していたくせにどうして急に距離を詰めてくるのかと。


「…特に面白いことなんてないですよ?」


「!!!うん!大丈夫!」


そう伝えても奈那さんは何故か嬉しそうに頷いた。本当に分からない。


「じゃあ俺、準備してくるんで奈那さんも準備しておいて下さい」


「わかった!」



-------------------------------------------------------

「えっと、ここはどこなの?」


『嶋崎書店』についてそうそうに奈那さんがそう聞いてきた。


「ここが俺のバイト先です」


だから俺はそう答える。


「…ホントにしてたんだ、バイト」


「はい、用事というのはここでバイトすることなのでそこら辺で時間を潰すか帰ってもらっても大丈夫ですよ」


そうは伝えるが奈那さんは帰ろうとしない。


「…待ってる」


「本気ですか?今日は朝から夕方まで働くんですよ?」


「大丈夫。待ってる」


これは何を言っても無駄だな。しょうがない。


「分かりました。帰りたくなったらいつでも帰ってくださいね」


それだけを伝えて入店する。


「おはようございます」


「あ、環君。おはよう」


このバイトはシフト制だとは言っているが俺と久井さんしか居ない。だからだいたい二人で仕事をしている。俺が来る前はどうしてたんだろう…


「えっと、その人は?」


久井さんが俺の後ろを見てそう言った。あぁ、まだ紹介してなかったな。


「あぁ、俺の妹…妹である奈那さんです」


「?妹さんなの?」


久井さんが不思議そうに聞いてくる。


「…そうで」


「そうです!」


いきなり奈那さんが声をはりあげて俺を遮った。奈那さんは俺の目から目を離さなかった。何か言いたそうにしている。しているが俺には奈那さんが何を言いたがっているのかは理解できない。それはきっとこれからも…


「俺、準備してきますね」


久井さんにそう伝えて俺はバックヤードに下がった。



「あ、あの…」


愛斗がバックヤードに入ってから愛花は奈那に話しかけていた。


「なんですか?」


奈那はそれに応じる。


「その、単純な疑問なんですけどどうして環君のバイトについてきたんですか?」


それは核心をつくような質問だった。それを聞かれた奈那はたじろいでしまう。


「…そう、ですね。本当は今日行くのがバイトでなくても良かったんです。お兄ちゃ、兄さんがどこかに行くと聞いたからついてきたんです」


「それはどうしてですか?」


奈那は少しだけ話の間隔を開けてから、また言葉を紡いだ。


「…私、今兄さんとあまり上手くいっていないんです。原因は全て私にあるんですけど、それでも何か仲直りに繋がるきっかけになればと思ってついてきたんです」


それを聞いた愛花は素直な感想を口にした。


「あなたはお兄さんのことが本当に好きなんですね」


そして愛花は小さく呟く。


「いい家族ですね…」


だがやはり愛花の声は奈那に聞こえてしまう。


(いい家族、か…)


奈那はその言葉を聞いて乾いた笑みを浮かべながら昔のことを思い出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る