願い
バイトから家に帰ってくると真希さんが俺に寄ってきた。
「お、おかえりなさい」
「ただいま」
最近早いな。前までは深夜まで働いていたくせに。
...何を考えているんだ。この人たちのことなんてもうどうでもいいはずだ。今更何を言ったって無駄だ。
少しだけ思考を巡らせてから顔を上げる。あぁ、やっぱりそうなんだな。
顔を上げるとヒソヒソと話している奈那さんと真希さんがいた。俺に聞こえないような声で何か話している。
そんなの俺がいない所でやってくれよ。気分が悪いだろ。
...まただ。なんで急にこんなこと考えるようになったんだ?
何かがおかしい。
俺を除け者にして二人が話していても何も感じないはずなのに、あの二人が仲良くしていても何も感じないはずなのに。
それなのになんだ?この心にあるモヤモヤは。
「...二人で楽しそうですね」
「っ!ち、違うの!あなたを除け者にしてた訳じゃないの!」
「そ、そうだよ?!そんなことしてないからね?!」
なんでそんなに必死なんだよ。逆に怪しいだろ。それになんだよ俺。なんでそんなこと言ってんだよ。
もう自分で自分の感情が分からない。
「...そうですか。俺、もう自分の部屋戻りますね。俺が居たら邪魔だと思うので」
だからなんでそんなわざとらしく嫌味なんて言ってるんだ?
「そんなことない!」
「待ってよお兄ちゃん!」
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愛斗はこちらに目を向けることなく二階に上がって言ってしまった。
何がダメだったのか?そんなの分かってる。愛斗の前で見せびらかすように奈那とヒソヒソと話してしまったからだ。あの子が愛されていないと思い込んでいると知っていたのに。こんなこと一番してはいけないことなのだと分かっていたはずなのに。
私はただ本当に愛斗がバイトをしているのか知りたかった。
今日の昼頃、奈那から連絡が来た。内容は愛斗のバイトについて行っているというものだった。本当にバイトしてたんだ。そう思った。だから愛斗たちが帰ってきてから奈那に確認をとった。
「本当にバイトしてたの?」
と。それがダメだった。愛斗の傷を抉った。愛されていないと更に刻み込んだ。やはり私はあの子の母親なんて名乗ることを許されてはいけないのかもしれない。自分の子供のことが大切に出来ないのだから。
最近はできるだけ仕事を早く切り上げて少しでも愛斗と接する時間を確保しようと思っていたのに。こんな調子じゃ家にいる意味なんてない。少しでも愛斗との間にできた溝を埋めなくては。
許されるなんて思っていない。私は許されないことをしたのだから。でも、願えるのだとしたらまた小さい時のように愛斗から甘えられたい。あの子に頼られたい。あの子を抱きしめたい。...あの子の母親でいたい。
そんなことできるわけが無いと自分で一番分かっているはずなのにそう願わずにはいられなかった。
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私はお兄ちゃんの背中を見つめることしか出来なかった。
またそうだ。私は去りゆくお兄ちゃんの背中に何も言えない。それを繰り返している。それを解決する方法はある。ただ声をかければいい。言葉にすればどれほど簡単なことか分かるだろう。でも実際するとなったら話は違う。声が出ないのだ。また余計なことを言って嫌われてしまう。お兄ちゃんが遠くに行ってしまう。そう思ってしまったら声なんて出なかった。
バイト先でのお兄ちゃんは家にいる時より肩の力が抜けているような気がした。そんなに私たちはお兄ちゃんの負担になっているの?そんなに私たちといるのは苦痛なの?それを正直に聞きたい。でも聞けるわけが無い。今までお兄ちゃんに苦痛を与えてきたのは他でもない私だと自分で分かってしまっているから。
バイト先の女の人は私のことを良い家族だと言っていた。やはり今思い返しても乾いた笑いが出てきてしまいそうだ。どこが良い家族なのだろう。どこが...
もうあの頃には戻れないのだろうか?私とお兄ちゃんが笑いあって遊んでいたあの頃に。分かっている。その関係を壊したのは私だ。でも、願わくばあの頃のように━━
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