夜、話したいこと
今日も家に帰ってくる。ただいつもと違うのは俺の気の持ちよう。2人と話してみようと言う気概。
今までの俺ならきっとそんなこと思いもしなかっただろう。だがこのままではダメだと本能が訴えかけてくる。ならきっとダメなんだろう。
人間、結局は直感が1番大事なのだ。その直感が訴えかけてくるものを無下には出来ないだろう。
真奈さんの車は既にあった。もう帰ってきてるのか…家に入る前にひとつ大きな息を吐く。
「ふぅー…」
そして意を決したように扉に手をかけた。扉は小さな音を立てながら開いた。
その音に気づいたのだろう。真奈さんが近寄ってくる。奈那さんが寄ってこないということはまだ帰ってきていないのだろう。
「お、おかえり。愛斗」
やはりその顔には気まずさとぎこちなさが含まれている。
「ただいま」
本当に俺はこの人とどんな風に話していたのだろうか。思い出したい。思い出さなければいけないという自分がいる。その反面、思い出さない方がいい。余計なことをするなという自分もいる。俺はどっちの自分に従ったらいいのだろうか?
「…うん。おかえり」
俺が戻ったことを伝えると真奈さんは寂しそうな顔をした。…どうしてだろう。その顔を見るとチクリと胸が痛むような感覚を覚える。だが俺は頭を振る。そんなこと無いはずだ、と。
「…今日の夜、少し話したいことがあるので少し時間を作ってもらってもいいですか?」
「っ!…えぇ、分かったわ」
俺はそれだけを伝えると自分の部屋へ戻った。俺は…ちゃんと自分の気持ちを伝えることができるのだろうか?
俺は奈那さんには声をかけないようにした。2人同時に話をすることはまだ出来ないと思ったからだ。
「はぁ…なんだか緊張…緊張してるのか俺は…」
声に出して自覚する。きっと俺は今緊張している。それは今までにない試みをするからだ。
そして時間は過ぎ、あっという間に夜になってしまった。
きっと今頃、リビングでは真奈さんと奈那さんが晩御飯を食べ終えた頃だろう。
その証拠に今、部屋の外から扉を開けて閉めるような音が聞こえてきた。恐らく奈那さんが自室に戻ったのだろう。
そう仮定して俺はリビングに向かった。
先程仮定した通り、リビングには皿洗いをしている真奈さんだけがいた。
「…」
俺は声をかけようとした。だがやはり言葉が上手く出てこない。どうしてだろうか?
数分が経っただろうか?やっと声が出た。
「…真希さん」
俺がそう言うと真希さんは勢いよく後ろを振り返った。
「ま、愛斗…本当に話してくれるのね…」
俺の名前を呼んだ所までは聞こえたが、それ以降は真希さんが何を言ったのか分からなかった。
「ちょっと待ってね。すぐ行くから」
「…いえ、時間が出来たタイミングで大丈夫です」
そう言ったのだが真希さんは皿洗いを中断してこちらに向かってきた。
「…とりあえず座りましょう?」
「…そうですね」
お互いぎこちない。それも仕方ないことだろう。俺たちはお互いにどう接していいのか分かっていないのだから。
俺たちはリビングに設置されている椅子に向かい合って座った。
「…」
「…」
そして沈黙が訪れる。あぁ…気まずいな…こんなことなら「夜話したいことがある」なんて言わなければ良かった。
だがそんなことばかり言ってられない。
「…話したいことがあります」
「…何?」
真希さんはこちらの様子を伺うような表情をしている。前までなら絶対にそんな表情しなかったのにな。一体何があったんだよ。
「どうして俺に構うようになったんですか?」
気がつけば俺はそんなことを言っていた。考えていた内容とは違う。だがそう言ってしまった。きっとそれは真希さんがそんなら表情をしていたからだろう。
そして真希さんは話し出した。
「…私は愛斗のことを愛しているから」
そんなの信じられるわけ…
「きっと信じられないと思う」
「…」
「当たり前よね。そうとられても文句の言えない行動をしていたのだから…」
目の前の真希さんは申し訳なさそうな顔をしている。なんだよ。なんなんだよその顔。
「小さい頃のこと覚えてる?あの人…愛斗のお父さんが亡くなった頃のこと」
あぁ、覚えている。忘れるわけが無い。あの頃だけが俺たちが家族でいられた時間なんだから。
「…私はあの人が亡くなってからあなた達に不自由をさせてはいけないと思って一生懸命働いてきたの。あの頃のあなたたちは愛斗が中学生で奈那が小学生だったかしら…」
「…」
真希さんはどこか遠い目をしていた。何かを考えているのかもしれないその何かは分からなかった。
「中学生になった愛斗は大抵のことは1人でできるようになってた。でも奈那は小学生でまだ私に沢山甘えて来るような歳だった。だから私はあなたは大丈夫だとタカをくくって奈那ばかりに構ってしまっていたの」
「…」
初めて聞いた母親の心情。今更何を…と思う気持ちと母の心を理解しようとしている自分が葛藤している。
「でも今考えたらあなたもまだまだ子供だった。甘えたいと考えるのが普通よね…それなのに私はあなたの強さに甘えてあなたを…愛斗を蔑ろにしてしまった」
母は耐えきれなくなったのか涙を流し始めた。俺はその涙を手放しで信用することが出来ない。本当に嫌な性格をしている。
「本当に酷い母親。虐待だと言われても否定できない。それでも…それでも私は愛斗のことを愛してるの。これは嘘偽りのない本音」
…俺は理解してしまった。こんなことは理解したくなかった。だが理解してしまったのだ。今の母親は本心しか言っていないと。母親の目が本気であるのだと分かってしまうのだ。
「…」
それ故に余計に苦しい。なぜあの時に気づいてくれなかったのか、と。だがそれにも理由がある。俺たちを養うためにそんなことにすら気づかないほどに疲弊しながら仕事をしていたのだ。なら俺が感じていたことはすべてお門違いだったのか?
やるせない気持ちでいっぱいになる。どうして俺は今こんな話を聞いてしまったのだろう。こんな話を聞いてしまっては関係を断ち切るに断ち切れなくなってしまった。
「…かあ、さん」
「っ!ま、まな、と?今、私のことを…母さんって…呼んだの?」
母親の顔には驚愕の表情が浮かんでいた。
確かに俺は今母さんと呼んだ。だがその呼び方にまだ抵抗を感じてしまう。
「…気のせいじゃないですか?」
俺はそう言うことしか出来なかった。そういうことにしておきたかった。
「…そっか。気のせいか。そっか」
母親は嬉しそうにそう言った。本当に嬉しそうに。気のせいだって言ってるだろ。
…やはり俺はどうしてこんな話を聞いてしまったのだろう。母親の喜んでいる顔を見て自身も嬉しいとおもってしまうなんて。俺はどうかしている。
はぁ…こんな気持ちになるなら…本当に聞かなければ良かった。
【あとがき】
皆様、お久しぶりです。
作者のはるです。この度は無断での長期休暇をとってしまい誠に申し訳ありませんでした。
実を言うと、この作品はもう書く予定はありませんでした。ですが、最近久しぶりにカクヨムを開いたところ、まだ沢山の人に読んでもらえていました。そして読みたいと言ってくださっている読者様もいました。
なので私も重い腰を上げたというところです。ですがこの作品の連載は不定期になってしまうと思われます。それでも構わないという読者様がいるのであればこれからもお付き合い頂ければと思います。
そしてもう一点。投稿していた日時からかなり時間が空いてしまっているので私自身、書き方や文章の表現が変わっております。ご了承下さい。
大変身勝手な作者でありますが、これからもよろしくお願い致します。
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