夢から醒めた少女は
長い夢を見ていた。覚めない長い長い夢を。
その夢は愛斗が私を拒絶して、私がそれを受け入れられない夢。私はそんな夢に耐えられなかった。いつしか私はその夢を見ることをやめた。
いや、違う。見ることをやめたのではなく、その夢から目を逸らしたのだ。目を逸らしてからの記憶は曖昧でよく覚えていない。
記憶が曖昧になる前のことを思い出す。えっと…確か本屋の前で愛斗が女の人とバイトしているのを見た時…ダメだ、そこから記憶が曖昧になっている。
「いや、沙也加…」
その声が聞こえてきた瞬間、私は夢から覚めた。
「え…さ、沙也加?愛斗、今沙也加って言ったの?」
私は困惑した。なぜ自分で困惑しているかも分からないのに困惑した。沙也加、それはいつも愛斗が呼んでくれているはずだった名前。いつもと変わらないはずなのに何故か、とても懐かしく感じた。私の聞き間違いかもしれない。そう思っていたのに
「あぁ、そう呼んだ」
愛斗は私にそう言い切った。やはりなぜだか分からないが私は心の底から嬉しかった。そして自然と目から涙が出てくる。
「え、お、おい!どうしたんだよ」
そんな私を見て愛斗がギョッとしている。当たり前だ。名前を呼んだだけで泣き出したのだから。でも涙を止めることが出来なかった。
「あ、ご、ごめん…なんだか、懐かしい気持ちになっちゃった」
そしてなんとかそんな声を出す。そう、私の胸は懐かしい気持ちでいっぱいだった。
「なぁ沙也加。お前に好きな人が出来たって聞いた時、俺は落ち込んだんだ」
「え?」
愛斗の言っていることの意味が分からず間抜けな声が出る。
「多分それは俺じゃないんだろうなって。だってお前はあの先輩と楽しそうに話してたから」
愛斗からそう言われてハッとした。そしてすぐに声を出す。
「そ、それは違うよ!」
違う。私は愛斗が好きなのだと、そう言ってしまいたい。
「あぁ、それは分かってる。前あんなに好きだって言われたらな。でもあの時の俺はそれに気づくことが出来なかった」
私が愛斗に好きだと言った?いつ言った?それは多分夢の中での話だろう。確かに私は夢の中でそんなことを言ったような気がする。
「…あたし、も、あの後伝え方が悪かったと思ったの」
当たり前だ。あんな伝え方したら愛斗が勘違いすることなんて容易に想像出来た。だがあの時の私は恥ずかしさでそこまで気が回らなかった。
「そうなのか…」
愛斗が神妙な面持ちでそう呟く。
「で、でも!私が好きなのは本当に愛斗なの!」
これは紛れもない本心だ。私は心のそこから愛斗のことが好きだ。好きで好きでたまらない。
「知ってる」
その言葉に息が詰まる。
「っ!だ、だから!私と付き合ってください!」
そして私は勢いに任せてそう言ってしまった。
何秒だろうか?少しの沈黙の後に愛斗が口を開いた。
「…悪い。俺はお前とは付き合わない」
分かっていたことだった。当然の結果だった。きっとあの夢は私の醜い心が溢れ出した夢だったんだ。そんな私を見た愛斗は私に幻滅してる。当たり前だよね。そう、当たり前。
「…あ、あはは…そう、だよね。当たり前、だよね…みんなの前で愛斗を追い詰めるようなことまでしちゃったし…」
そしてあんなことまでしてしまった。愛斗と帰りたいと言うだけで教室のみんなを味方につけ愛斗を悪者にしてしまった。
「…ああ、そうだな。確かに俺はお前を恨んでる」
そう言われた瞬間、体が硬直するのが自分でもわかった。
「今もお前を見ると嫌な気分になるし関わりたいとも思わない」
自然と涙が溢れだしてくる。ダメだ。ここで泣いてはまた愛斗を悪者にしてしまう。
「う、ん」
涙を堪えながら声を絞り出す。
泣くな。絶対に泣くな。あぁ…でもダメだ。涙が溢れてしまう。
「でも俺も自分で悪い所があったと思ってるんだ」
「え?」
愛斗に悪かったところなんて無い。悪いのは全部私だ。
「本人に直接確認せずに決めつけたしな」
「愛斗が悪かったところなんて何も無いよ!私が全部悪いんだよ!」
そう、愛斗が勘違いしてしまうのも当然だ。あんな含みを持たせた言い方をしてしまったのだから。
「…少しでも悪いと思ってるんなら俺に協力してくれないか?」
「する、何でもするよ」
どんなお願いをされるのかは分からない。酷いことをされるかもしれない。それでも私は愛斗の役に立ちたい。
「いいのか?」
愛斗が聞き返してくる。あはは…やっぱり愛斗は優しいな…
「うん、沢山愛斗に迷惑かけちゃったから少しでも愛斗が救われるなら」
「そう、か」
「それで、私は何をしたらいいの?」
私がそう聞くと愛斗はこう言った。
「俺があの二人、真希さんと奈那さんに本音で話せるように手伝って欲しいんだ」
「真希、さん?奈那、さん?」
私は思わず聞き返していた。真希さんは愛斗の母親のはずで奈那は愛斗の妹のはずだ。どうしてそんな他人行儀な呼び方…
「あぁ…気にしないでくれ」
「…うん」
気にしないでくれと言われたが気にするなと言う方が無理だろう。
少しの間沈黙が続いたがそれを破るように愛斗の声が私の耳に届いた。
「そ、そういうことだから頼むな」
「あ、愛斗」
愛斗はそう言い残すと足早に学校の方向へ向かって歩いて行った。
そして私は決意する。どんな事情があるかは分からないが、私は愛斗と愛斗の家族の絆を絶対に取り戻してみせると。
もう絶対に悪夢は見ないと。
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