久井 愛花
私は小さい頃にお母さんとお父さんを亡くした。交通事故だった。当然私は泣きわめいたし夢であってくれと懇願した。でもそんなことはなかった。お母さんとお父さんの遺影がこれは現実だと私に突きつけてきた。
そこから私は母方の実家に預けられた。そこで私はまた絶望することになる。
私はまだ両親が亡くなってから心の傷が癒えていなかった。だから祖父母の家でもずっと泣いていた。それはもう朝から晩まで。その時の私はまだ小さかったから声を上げて泣いた。声を殺して泣くなんてこと出来なかった。
それがダメだったのかな?ある日祖母がこう言った。
「愛花ちゃん。悲しいのは分かるけどそろそろ前を向かなくちゃね?」
分かっていた。いつまでも泣いてばかりでは居られないことなんて。でも我慢できなかった。とめどなく涙が溢れてくる。
「いい加減にして!」
祖母がそう叫んだ。そして私の頬をぶった。私はなにが起きたのか分からずに泣き止んで放心した。でもすぐに起きたことを理解して涙が溢れてきた。それは痛みと悲しみが混ざったものだった。
さらにそれに腹を立てた祖母は暴力をエスカレートさせた。主に暴力は祖母が振るっていたが祖父は見て見ぬふりをしていた。
限界だった。だから私は中学生になってからすぐにバイトを始めた。中学生を雇ってくれるところなんてないだろと思われるかもしれないがそのお店は何故か雇ってくれた。
「何か事情がありそうだね」
店長だと思われる人がそう言った。
「いいよ。君、採用」
私は困惑した。バイトなんてよく分からないがこんなに簡単に採用されるものなのだろうか?そんなことないはずだ。でも目の前の人は私を雇ってくれると言う。こんな有り難いことはないだろう。私はその言葉に甘えて働くことが出来た。
そして高校に入学して一人暮らしを始めた。祖父母からは特に何も言われなかった。
…やっぱり私のことなんてどうでも良かったんだ。
それでも私は良かった。いや、その時にはもう全てがどうでも良くなっていたと言った方がいいか。
でも、それでも私は人に愛されたかった。諦めきれなかった。だから私は高校に行く時は派手な格好をした。そうすれば人が集まりやすいと思ったから。
私の思惑通り人が集まってきた。私と同じような格好の人達が。私は自分を偽ってその人たちと関わっている。多分その人たちはそれが素なんだろう。
そしてある日一人の男の子に校舎裏に呼び出された。
「俺と付き合ってくれ」
そう言われた。私は素直に嬉しかった。こんな私でも愛してくれる人がいるんだと、そう思ったから。
「お願いします」
だから私は受け入れた。偽ったままの自分で。
どうやらその男の子は原崎君と言うらしい。初めて知った。
相手なんて誰でも良かったのかもしれない。だって私はただ愛されたかったから。
そこからは原崎君に嫌われないようにする日々が続いた。もう誰にも嫌われたくない。その一心だった。
バイト先に新しい子がやってきた。環君と言うらしい。なんだかこの子の顔には既視感があったような気がした。どこで見たんだろう?そう記憶の中を探すが見つからなかった。きっと気のせいだろうと思いバイトの仕事を教える。
手際がとても良かった。こんなに手際が良かったら私なんていらないんじゃないかな…
環君を見かけた。学校に登校している途中に。同じ制服を着ていたからとてもびっくりしてしまった。そして目が合った。
最初は気づかれていなかった。でもそんなのは時間の問題だった。結局は正体がバレてしまった。
私は原崎君には言わないでくれとお願いした。そのお願いはあっさりと聞き入れられた。ほっと胸を撫で下ろしていると環君が質問してきた。
「…どうして学校だと自分を変えてるんですか?」
と。私はその質問に対してどう答えようかと思っていた。悩んでも結局いい答えは見つからず素直に答えることにした。
「…そうでもしないと私は誰にも愛されないから」
そう言ってから私は失敗したと思った。
「あ、あはは。おかしいよね。誰だって本当の自分を愛してもらいたいはずなのに自分を変えてまで愛されようとするなんて…」
環君からしたら全く意味のわからない答えだったと思う。でも環君は
「そんなことないですよ」
とはっきり言った。
「え?」
私は想定外の言葉に困惑した。引かれると思っていたから。気持ち悪がられると思っていたから。でも環君はそんなことないとそう言ってくれた。
「俺は久井さんほど酷い家庭環境ではないですけど、久井さんの気持ちはよく分かります。自分を変えてまで愛されようとするのはなにか悪いことなんですか?」
「だ、だって偽物の自分なんて…」
それでも自分を偽っていることに対して後ろめたさを抱かずには居られない。それでも環君は続ける。
「偽物でもいいじゃないですか。きっとみんな偽物ですよ?本当の自分をさらけ出すことを怖がってる。だから久井さんがやってることは全然悪いことなんかじゃないんですよ」
そう言われて少し心が軽くなるのを自覚できた。それほど彼の言葉には力があった。
「そう、なのかな…」
「えぇ、そうです。愛されたいと思うことは普通のことなんですよ」
「環君…」
力強くそう言った環君を見て胸が熱くなったのはきっと、環君の言葉に勇気づけられたからだ。きっとそうだ。
「…ありがとう。なんだか心が軽くなったよ」
「…気にしないでください」
「環君?」
力強く言った環君の表情はどこか寂しげに見えた。どうしてだろう?
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