深層

「愛斗!早く準備して行きましょう」


朝、リビングには明らかに浮かれた母さんがいた。


「…おはよう母さん。朝から楽しそうだね」

「それはそうよ。だって久しぶりに家族でお出かけできるんだから」


お出かけ、ね。確かにそれは楽しみではある。だが同時になんとも言えない感情が燻っているのも事実だ。その感情は言葉では説明できないが、何となく今日は心から楽しむことができるとは思えない。


「奈那は?」

「まだ起きてきてないわね…悪いけど起こしてきてくれる?」

「うん」


母さんにそう言われて奈那の部屋の前まで行く。そして扉をノックしながら声をかける。


「奈那、起きてるか?」


そう声をかけると目の前の扉が開きオシャレをした奈那が姿を現した。


「起きてるよ」


そう言ってどこか落ち着きのない奈那がこちらを見ていた。


「そうか、なら下に降りて朝ごはんを食べよう」


そう言って奈那に背中を向けて歩き出す。


「ぁっ…」

「あぁ、その服似合ってるぞ」

「っ!うん!」


そう言うと奈那は嬉しそうな顔をした後すぐ後ろにピッタリとついて歩いた。


朝食をとり終えた俺たちは母さんの車に乗っていた。


「それで母さん、どこに行くの?」


そう聞く。


「うーん、実はまだ決まってないのよね」

「えぇ…」


なんで何も決めてないんだよ…


「いいじゃん、お兄ちゃんどこ行きたい?」


奈那が楽しそうに、愉快そうにそう聞いてくる。


「…奈那はどこに行きたい?」


特に行きたい場所なんて無かった。だから奈那にそう聞く。


「実は私も行きたい場所なんてないんだ」

「困るわよー、どこか言ってくれないと」


奈那のそんな発言に母さんが困った顔をしながらそう返す。


「だって…本当に久しぶりに家族が揃ったんだから…それで十分だよ」

「奈那…」


奈那はしみじみとそう言った。そこにはどんな感情が含まれているのか分からない。だがきっと色んなことを考えているのだろう。


「…俺、遊園地に行きたいな」

「え?そ、それは…」


そう、前母さんが誘ってくれた場所だ。


「…遊園地でいいの?」


母さんが確認してくる。


「うん、いいよ」


父さんが亡くなってからは行っていなかった遊園地。あそこには沢山の思い出が詰まっている。家族みんなの記憶。羽田巻兄妹との記憶。


「…わかったわ。楽しみにしててね」


どうやら今日行く場所が決まったようだ。


「遊園地…久しぶりだね」


隣に座っていた奈那がそんなことを言ってくる。


「あぁ…そうだな」


少し前に羽田巻兄妹と共に遊園地に行ったが、家族で行くのは何年ぶりだろう?思い出せないくらいには行っていなかった。


「…楽しみだね」


奈那の表情は誰が見ても分かるくらいに楽しそうだった。


「そう、だな」


やっぱり俺はそんな奈那を見ても少しの距離を感じてしまう。いつまでも女々しいと言われてしまうかもしれない。だがやはりあの日々が寂しかったのは紛れもない事実だ。そして二人が仲良くしていた事実がまた俺の胸を締め付ける。


…そろそろ気持ちに整理をつけないとな。一人そう思いながら車に揺られた。


「お兄ちゃん早く!」

「転けるなよ」


遊園地につき、奈那が場内に走りながら向かっていった。


「ふふ」


母さんはその様子を微笑ましそうに見ていた。


「…ほんとに楽しそう」


母さんは小さくそう言った。


「二人とも何してるの!早く!」


奈那に急かされた俺たちは苦笑いしながら奈那の元に向かった。


そして一日遊んだ。


奈那は楽しそうに、母さんは微笑ましいものでも見るように。対して俺は…やはり心の底から笑うことは出来なかった。自分の冷めた心に嫌気が差す。せっかく誘ってくれたのに申し訳ないと思ってしまう。


「もう帰るの?」


奈那が名残惜しそうにそう言う。


「そうね…もう時間だから」


母さんも奈那と同じように名残惜しそうに俺たち二人を見ている。


「帰ろうか」


俺はそう言った。確かに名残惜しさはある。だがやはり二人とは心の温度が違った。俺だけ冷たい。


楽しかったのは間違いない。でもやっぱりあの頃とは違う。父さんが生きていた頃とは違うんだ。


その事実に寂しさを覚えた。


今目の前では母さんと奈那が楽しそうに話している。


「…」


俺はそれを眺めるだけで会話に入らない。否、入れないと言った方がいいかもしれない。


あの二人には二人だけの空間があるのだと、そう思ってしまう。そこに俺という不純物が混ざってしまってはいけないのだとストッパーをかけてしまう。それが間違いなのは分かっている。でも俺は…怖いんだ。またあんなふうになってしまうんじゃないかと怯える。


「愛斗?どうしたの?」

「お兄ちゃん?」


母さんと奈那が不思議そうな目を向けてくる。


「…いや、なんでもない。行こうか」


そう言って二人に向かい歩き出す。その足取りは決して軽いものではなかった。



【あとがき】


私自身、人間関係とはそんなに簡単なものではないと思っておりますのでこういうお話になっております。『まだ引っ張るのかよ…』と、思われてしまうかもしれませんが、ここで愛斗が普通に家族と接してしまうと『じゃあ今までの対応はなんだったんだよ』となってしまうと思いますのでこの方向性でいかせて頂きます。本当の意味で愛斗が人と打ち解けられる時をお待ちください。

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