大切な関係

結局その日は朝からずっと気まずい雰囲気が教室に充満していた。誰も彼もが俺たちを気にしながら一日を過ごしていた。


もちろんそんなことをされてはこちらも気分が悪い。一刻も早く今日が終わることを願っていた。そして今現在、ようやく学校が終わったところだった。


「はぁ…今日は疲れたな…」


俺と樹は今屋上に来ていた。なんだかすぐに帰る気にもなれなかった俺が屋上に樹を連れてきたのだ。


「あの人たち、勝手なことばっかり言って…」


横にいる樹はまだ今朝のことに対して怒っているようだった。確かに俺自身怒っていないわけじゃない。だが思ったよりも樹が怒っていたせいで何となく冷静になってしまった。


「…ありがとな。俺のために怒ってくれて」

「愛斗ももっと怒っていいんだよ?普通はもっと怒ると思うんだけどな」

「樹が俺よりも怒ってたから逆に冷静になったんだよ」


笑いながらそう言う。


「怒るのも当たり前だよ。愛斗がどれだけ苦しい思いをしていたのか知らないくせに調子のいいこと言ってるんだから」


そんなことを樹と話していると屋上の扉が音を立てて開いた。俺たち以外にもここに来た人がいるのか。そう思いながら振り返る。するとそこには知っている顔があった。


「奏?」


そう。そこには樹の妹である奏が居た。


奏はこちらに気づくと早足で駆け寄ってきた。


「兄さん…愛斗先輩にはバラしたんですか?」


真剣な顔で奏が樹に問いかける。


「うん。愛斗になら大丈夫だと思ったからね」


樹がそう言うと奏は呆れたように息を吐いた。


「兄さん…いえ、姉さん。姉さんは女だと気づかれてはいけないんですよ?誰にもバレてはいけないんですよ?それをあっさり他人にバラしてしまうなんて…」


やっぱりそうだよな。そんな重要なことを俺みたいなやつに話していいわけがない。


「…まぁ愛斗先輩なら大丈夫だと思いますけど」

「だ、だから!」


俺は思わず声を上げた。その声にびっくりしたのか奏が肩を跳ねさせながらこちらを見てくる。


「どうしてお前たちは俺の事をそんな簡単に信用してくれるんだ?裏切られるとは思わないのか?」


そう話していてあることが頭をよぎる。それは今までのこと。母さんが仕事にばかり気を取られて俺を蔑ろにしていたこと。奈那が俺の事を半年間無視し続けていたこと。沙也加が好きな人が出来たとあたかも俺じゃないかのように言ってきたこと。


もちろん全ての非があちら側にある訳では無い。母さんに愛されたいだなんて自分勝手な考えを抱いて、妹の気持ちを察することが出来ず思い込みで物事を判断してしまった俺も悪い。


でもやっぱり心のどこかでは裏切られと感じている自分がいる。そんな自分がいるからこそ目の前の二人の下した判断に理解が追いつかなかった。


この二人だって俺と状況は違えどしきたりという鎖に繋がれて親しい人間に裏切られた。そんな二人が素直に人を…俺を信じることなんて本当に出来るのか?


「…そうですね。きっと愛斗先輩以外の人に姉さんがこのことを打ち明けていたのなら私は姉さんを責め立てたでしょう。ですが愛斗先輩なら安心できると思ったんです」

「だから!」

「だって愛斗先輩が行動で示してくれたから」

「え?」


思いもよらなかった回答に困惑してしまう。俺がいつ何を行動で示したんだ?


「愛斗先輩は人で態度を変えない。それはとても素敵なことです。ですがそれだけでは私たちは愛斗先輩のことを完全には信用出来なかったと思います」

「ならなんで…」

「愛斗先輩は私たちとの関係を大切にしてくれるからです。今まで姉さんは私以外の人と本当の笑顔で話す所を見たことがありませんでした。でも愛斗先輩と友達になってからはそんな姉さんがこれまでよりももっといい笑顔で話すようになったんです」


俺はやっぱりそんな話を聞いても実感がわかなかった。俺はただ友達が出来たのが嬉しくてその友達を失いたくないと思っていただけだ。


「どうしたのかと聞くと愛斗先輩と一緒に居る時間が本当に楽しんだと…無邪気な子供のような笑顔を浮かべながらそう言ったんです」


そう話す奏で顔は嬉しそうな顔になっていた。反対に奏の横にいる樹は今にも泣き出してしまいそうな顔になっていた。


「私は先輩の身に何があったのか姉さんから聞きました。先輩は人の気持ちが誰よりも理解できる人なんです。自分が理解されていなかったから」


きっと今、奏が言っている言葉は俺自身も分かっていたことだと思う。俺は愛されたいと願った。だがその願いは誰にも理解されていなかった。その時の苦しみを、悲しみを、辛さを俺は知っている。そして俺は今目の前にいる二人にはそんな思いを絶対にして欲しくない。


「そんな先輩が友達を蔑ろにする訳ないです。だから私はあなたを…環 愛斗さんを信用しているんです」


その言葉は俺の心に浸透した。環 愛斗という人間が認められたような、そんな気がした。


「私も奏と同じ。愛斗のことが大好き。それに絶対的な信用も置いてる。だから愛斗が私を裏切るなんて考えられないんだ」


頬に一筋の熱を持った雫が伝るのを感じた。



【あとがき】


愛斗にとって奏の言葉は、自分勝手で子供のワガママのような感情を持っていた自分を認めてくているように感じています。愛斗の心情は作者である私の心情を小説にそのまま綴っているような形をとっています。なのでわがままでどうしようもない子供だと思われてしまうかもしれませんが、私が感じたそのままの気持ちを皆さんに伝えたいと考えて書いております。これからも不愉快でなければ応援よろしくお願いします。

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