その他大勢
樹が女の子だと判明して程なくしてから一限目の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
「そろそろ戻ろっか」
「あ、あぁ」
今までなんとも感じなかった樹の一言一言になんだかドキドキしてしまう。きっと衝撃の事実を伝えられてまだ頭の理解が追いついていないからだ。
「ほら、行こ」
樹に催促され屋上の扉を潜り教室に向かう。あ、そういえば俺沙也加の友達に怒鳴って出てきたんだっけ…今からでも想像出来る。きっと俺が教室に入った瞬間、周りから異端者のように見られるのだろう。俺一人なら全く問題ない。だがそれに樹が巻き込まれるのはダメだ。
そう思った俺は教室に向かうため歩いていた樹に声をかける。
「樹、先行っててくれ」
「え?なんで?」
「…ちょっとトイレに行ってから戻るからさ」
「ほんとに?」
「え?」
樹は俺の言葉を疑うようにこちらを見てくる。
「もしかして愛斗と一緒に教室に入ると僕まで一緒に白い目で見られるとかそんなこと考えてるの?」
「そ、それは…」
図星を突かれて言葉に詰まっていると樹はわざとらしく悲しそうな顔を作った。
「水臭いこと言わないで欲しいなぁ。僕は愛斗とならどんなことも受け入れられると思っていたのに…それは僕だけだったのかな?」
「そ、そんなわけないだろ」
樹の言葉を慌てて否定する。俺たちは互いに互いにを信頼し合っている。
「じゃあ一人で戻るなんて選択肢はないよね?」
「…わかったよ」
樹の巧妙な口先にねじ伏せられた俺は諦めて樹と一緒に教室に向かった。
「…」
「…」
と言っても俺達もわざわざ冷ややかな目に晒されたいわけじゃない。できるだけ自然に教室に入ったのだが、やはりそれは無駄だったらしい。
「あ!環君!」
「え?」
一人の女子生徒と目が合う。すると顔を明るくしたその女子生徒が俺の名前を呼ぶ。俺は混乱する。明らかにこの反応はおかしい。どういうことだ?
その女子生徒の声で気づいたのか、今までバラバラだったみんなの動きが止まって一斉に俺に目線が突き刺さる。
「環!今までごめんな!お前のこと何にも分かってなかったわ」
「悪かったのは全部沙也加ちゃんと優里ちゃんだったんだね…気づけなくてごめん」
「は…?ちょ、おい。どうなってるんだよ」
困惑の声を上げるもクラスのみんなは俺に同情するような声を上げ続ける。
「ほんとにあいつら最低だよな」
「あんな奴ら学校に来なくていいのに」
沙也加と優里と呼ばれた少女は自分の席で辛そう顔をしながら座っていた。
「…なんなんだよお前ら」
俺の小さなつぶやきは大勢の喧騒の前に小さく消えた。
なんなんだよこいつら。今まで散々俺の事を疎んでおいて今はこれかよ。きっと沙也加が自分でみんなに説明でもしたのだろう。それを聞いたみんなが手のひらを返した。そんなところだろう。
気分が悪い。どうしてこいつらはこんなにも簡単に意見を変えることができるんだ。自分が正しいと思うことより周りに流されるんだ。
「…」
俺の横では鋭い目付きになった樹がいた。明らかに怒っている。
「君たちさ。今まで愛斗がどんなに辛い思いしてたか知ってる?」
樹が怒気を孕んだ声でそう言った。それを聞いたみんなはすまなそうな顔をする。
「本当に申し訳ないと思ってる」
「まさか悪いのが沙也加ちゃんたちだと思わなくて…」
みんな同じようなことを言っている。
「それで悪いのが愛斗じゃないって分かったら手のひらを返して擦り寄ってくるんだ。それってさ、都合良すぎない?」
普段の温厚な樹からは考えられないほど攻撃的な口調。
「そ、それは…」
樹の言葉を聞いていたみんながたじろぐ。
「確かにみんなと同じようしてれば楽かもしれない。でもそれは考えることを放棄してるだけだよ。一人を悪者だと決めつけてそれを糾弾することで承認欲求を満たしているだけ。そんな馬鹿な人達のせいで愛斗はずっと辛い思いをしてたんだ。分かる?分からないよね?」
「…」
ついには樹の言葉でみんなが黙ってしまった。
「い、樹。もういいって。な?」
「…愛斗がそう言うなら」
そうして教室には気まずい雰囲気が充満した。だが俺は少しの嬉しさを感じていた。樹が俺のためにあそこまで怒ってくれている。親友の温かさを感じられた。
【あとがき】
樹が女の子だと判明したからと言って急激に展開が変わるわけではありません。お互いがお互いを尊重し合う大切な親友だからです。なので急展開を期待していた人には申し訳ないのですがこの先の展開が急に変わると言ったことは多分ないと思われます。それでもいいと思って下さる方はこの先もお付き合い下さい。
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