親友

結局、樹と一限目をサボってしまった。一限目は欠席扱いになってしまうがこれまでちゃんと授業を受けてきたからなんということは無い。


「一限目終わっちゃったね」


隣に座っていた樹がそう言った。


「そうだな…悪いな、俺のせいで樹まで…」


樹の目を見ながらそう言う。文句のひとつでも言われるのだろうと思っていたのだが、俺のそんな予想は外れた。


「何言ってるの。友達が辛い時にほっとけるわけないでしょ」


樹は目を細めて笑顔を見せながらそう言った。そうだ。そうだった。樹はそういう奴なんだった。


「…いつもありがとな。お前には救われてばっかりだよ」


心の底からそう思った。


「そんなことないよ」

「え?」

「愛斗に出会う前までの僕は学校なんてなくなっちゃえばいいなんて考えてたんだ。特になんの楽しみもないし学校に来ても一人で過ごす劣等感が辛かった」


今まで聞いたことのなかった樹の心の内。


「でも愛斗と話してからはそんな日々が変わったんだ。初めての友達だったって言うのもあるんだろうけど、毎日学校に行くのが楽しみになったんだ。でも愛斗はそれ以上のものを僕にくれた。愛斗は僕のことを大切に考えてくれる。そんな友達が出来て僕は本当に嬉しいんだよ」


樹の言葉が耳から離れない。こんな俺でも友達になってくれて嬉しいと言ってくれる。愛に飢えていた俺の心を簡単に満たしてくれる。もう樹さえ居てくれればそれでいいと思えるほどに。


「だから僕は…ううん。は愛斗になら本当のことを話してもいいかなって…思ったんだ」

「樹…え?私?」


樹の発した一言に俺は固まってしまった。


「ど、どういうことだ?」


俺が戸惑いながらそう言うと、樹は意を決した様な顔で口を開いた。


「…私、羽田巻 樹は女なんだ」

「…」


そんな突然の発言に俺は言葉が出なかった。


「…まな、と?や、やっぱり私が女だから友達はやめたい、の?」


樹は目に涙を浮かべながらそう言った。


「…え、あ、いや、そんなわけないだろ。ただびっくりしただけだ」


本当にびっくりした。それこそもう心臓の音が樹に聞こえてしまうのではないかと思うほどに。


「…それで、なんで今まで男のフリしてたんだ?」


当然の疑問だった。それと同時に樹が女であることにどこか納得している自分もいた。


樹は明らかに背が低すぎる。恐らく150センチメートルあるかないかという程の背丈に声変わりをしていない高い声、それに体が異様に柔らかかった。これはお化け屋敷で抱きつかれた時の体験談だ。…え、じゃあ俺は女子に抱きつかれてたのか?


そう考えた瞬間、顔が熱くなる。


「…それは、ね」

「あ、も、もちろん言いたくないなら聞かないぞ?」


俺の問いかけに樹がどこかバツの悪そうな顔をする。きっと言いたくないことなのだろう。


「ううん。愛斗には聞いて欲しいな」

「…分かった」


そして樹は話し出した。


「私の家では代々から伝わるしきたりがあるの」

「しきたり?」


まだそんなものがある家があるのか。


「うん。そのしきたりって言うのがね…」


そこで樹が苦虫を噛み潰したような顔になった。


「最初に生まれてきた子供が男でなくてはならない、っていうものなんだよね」

「…それじゃあ最初に女が産まれてきたら樹見たいに男のフリをして生きていかないといけないのか?」

「━るんだよ」

「え?」

「いなかったことにされるんだよ」


それを聞いた瞬間、息が詰まる。


「…どういうことだ?」


最悪なことを考えてしまう。


「…別に殺されたりするわけじゃないんだ」

「な、なんだ…」

「施設に入れられるんだ。孤児院にね」


声が出なかった。どうしてそんな酷いことをするんだ?しきたりだと言って仕方なく?親は子供をなんだと思ってるんだ?


言いようもない怒りがふつふつと湧いてくる。だがそこで新たな疑問が出てきた。


「なら、樹は…」

「私は両親が何とかして孤児院に入れるのを阻止してくれたんだ。でもその時に当主と揉めて勘当されちゃったんだけど…それでね、私を孤児院に入れないための条件があるんだ」

「…そ、それは、なんなんだ?」


恐る恐るそう聞く。


「それが私が男として生きていくということ。一切誰にも私が女だということをバレてはいけないということ。だから私は僕として愛斗と友達になったんだ」


樹は友達として俺にその話をしてくれた。それは嬉しい。俺の事を信用してくれているのだと分かるから。でも、それでも…


「…いいのか?俺にバラしても」

「私は愛斗のことを信用してるからね」


樹が自慢げにそう言う。


「っ!お、俺が言いふらすとは思わなかったのか?!」


少しの怒気を孕んだ声でそう言う。


「うん。思わない」


樹は俺の目を真っ直ぐ見据えてそう言った。その目に見られて俺は声を出せなくなる。


「しないよ。愛斗は絶対にそんな事しない」

「絶対って…」

「その確信があるから私は打ち明けたわけだしね」


そう言った樹の顔はどこかスッキリしているように見えた。


「…これからも僕…私と友達でいてくれる?」


樹が不安そうな目でこっちを見てくる。


「…これからは樹とは友達じゃ居られない」

「…あ、あはは…そうだよね…私はずっと愛斗を騙してたんだから…ごめ」

「お互い隠し事無しで色々話し合った仲なんだ。それはもう友達じゃなくて親友だろ?」

「まな、と…愛斗!」


樹は涙を流しながら飛びついてきた。


「お、おい!こら!」


引き剥がそうとするが全く離れる気配が無い。今までの樹ならなんの問題も無かった。だが今は事情が違う。俺も樹を女の子だと意識してしまう訳で…


「…愛斗。顔が真っ赤だよ?」


樹が目尻に涙を浮かべながら意地悪に笑う。


「し、仕方ないだろ…」

「ふふっ、可愛い」

「っ!」


なんだかいつもと違う樹のようで心臓の拍動が早くなる一方だった。



【あとがき】


樹が初登場した回からコメントで予想してくれていた人も居ましたが、そうです。樹君は樹ちゃんだったのです。そんな新事実に戸惑っている愛斗がこれからとる行動は…


これからも楽しみに待って頂けると幸いです。

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