最悪の誕生日パーティー

バイトを終えて家に帰ってくると時刻は8時を少し回ったところだった。



家に入った俺の手にはコンビニの袋が握られていた。中身はサンドウィッチやおにぎり、サラダなどだ。



昨日から何も食べていないせいかかなり多めに買ってしまった。こんなに買えたのも店長のおかげだ。感謝しなくては。



家に入るなり帰ってきていた真希さんが俺に声をかける。


「お、おかえり愛斗」


続いて奈那が声をかけてくる。


「お、おかえり。お兄ちゃん」


挨拶をされたのだからし返さなければそれは人間としてダメだろう。


「ただいま。真希さん。奈那さん」


二人の名前を呼びながら靴を脱いで家に上がる。また二人は顔を歪ませていた。本当にどうしたのだろうか?



あ、そうだ。ポケットから財布を取り出しその中からATMからお金を引き出すために必要なカードを真希さんに差し出す。


「これ、返します」


「え?で、でもこれがなかったら…」


真希さんの言いたいことは分かる。きっと俺が食べるものが無くなると思っているのだろう。だがその心配は無用だ。


「大丈夫ですよ。今日からバイトを始めたので自分の食事は自分で用意します。だからそのカードは奈那さんに渡してあげてください」


「ば、バイト?」


「はい。だからこれからは少し帰ってくるのが遅くなるかもしれませんので、分かっていてください」


「そ、そんなことしなくていいのよ?お金ならあるしお小遣いが欲しいなのならあげるから…」


要らない。そんなただ貰うだけのお金なんて要らない。真希さんだって俺みたいなやつにお金をかけなくて済むのならそれに越したことはないだろう。


「いえ、大丈夫です」


短くそう返す。


「そ、う…」


「お兄ちゃん…その、ごめんなさい!」


真希さんと話し終えたと思ったら奈那さんがいきなり俺の前で深々と頭を下げだした。


「奈那さん?」


行動の意図が全く読めなくて困惑してしまう。なぜいきなり頭なんて下げているのだろう。


「今更謝ったって許されないと思うけど、それでも謝らせて!ごめんなさい!」


だから何に謝ってるんだ?


「えっと、何に謝ってるんですか?」


だから率直にそう聞いた。


「…半年もお兄ちゃんを無視してしまったこと」


なんだそんなことか。


「もう気にしてないので良いですよ」


「え?」


「本当ですよ?今はそんなことどうでもいいので」


本当にどうでもよかった。全部諦めた俺は何もかもがどうでもよかった。


「どうでも、いい?」


奈那さんが困惑したような表情で俺のことを見つめていた。


「はい。つまりあなた達二人にはもう何の感情も抱いていないんです。無関心と言うやつです」


いつ、どこでこの二人が何をしていようと俺には関係ない。誰だって他人の行動をそこまで気にする人なんて居ないだろう。

他人に抱く感情なんてそんなものだ。


「そう…無関心…」


「お兄、ちゃん…」


おかしいな。どうして二人にとってどうでもいいはずの俺なんかに構ってるんだ?お互い無干渉でいたら楽なのに。


「そ、そうだ!愛斗、今日は母さんがご飯を作ったからみんなで食べましょう?」


「そ、そうだよ!今日は久々にお母さんがご飯を作ったんだよ!」


せっかく買ってきたのに…でも俺の分まで作ってもらっておいてそれを捨てるなんて、そんな勿体ないことは俺には出来なかった。


「…分かりました」


あんなに頼んでも作ってくれなかったのに今は作ってくれるんだな。あまり気乗りはしないがリビングの椅子に座った。ちなみに買ってきたものは冷蔵庫の中に入れさせてもらっている。


「「いただきます」」


「…いただきます」


二人より少し遅れでいただきますと言う。今日のご飯は唐揚げだった。唐揚げは俺の一番好きな料理だ。



箸で唐揚げをひとつ掴んで口の中に放り込む。そして咀嚼する。子供の頃覚えている唐揚げはとても美味しかった。でも今は全く味がしなかった。そのことがなんだか悲しかった。



そんな味気の無い食事を終えるといきなり破裂音が聞こえた。そんな破裂音に体をビクッとさせているとそれがクラッカーであることを徐々に理解していく。だがどうしてクラッカー?


「「誕生日おめでとう!」」



「えっと?」


もう意味が分からない。どうして今なんだ?もう二日も遅れている。…そういえば昨日は家に帰ってきて直ぐに寝たんだった。昨日は朝から何も食べていないため少しでもひもじさを忘れたかった。


「愛斗、この世に生まれてきてくれてありがとう」


真希さんがそんなことを言ってくるが、俺はどうしても薄っぺらい言葉に聞こえてしまう。あなたは今までそんな素振り見せてこなかったじゃないか。


「お兄ちゃんが私のお兄ちゃんでよかった」


奈那も続けてそう言う。そんなわけないだろ?半年も俺のことを無視しといて今更そんな言葉を信じるバカがどこに居るんだ。


「…ありがとう」


俺は一刻も早くこの気持ち悪い空間から抜け出したかった。だから適当に話を終わらせようとしてそう言った。



結局この気持ち悪い催しはその後一時間も続いた。



ケーキを出したり、学校のことを聞かれたり。二人は終始笑顔を浮かべていたがその笑顔は無理やり貼り付けたような笑顔だった。なんなんだよ。そんな顔するんだったら最初からこんなことしなければよかっただろ?やめてくれよ…



今日は人生で一番最悪な誕生日パーティーとなった。

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