兄としての役目

人は嫌なことがある時には時間が過ぎるのが早く感じる。まさに今の私がそうだった。


「…もうこんな時間」


もう晩御飯も食べ終わってしまった。きっともう少しでお兄ちゃんが私の部屋にやってくる。


「何言われるんだろ…」


そんな不安が常に付きまとってくる。本当なら逃げ出したい。でもこれは私がとった行動が巻き起こしたこと。今更目を背けるなんて都合が良すぎる。そんなこと絶対に出来ない。もし逃げてしまえば私は私自身を絶対に許せないだろう。


「あぁ…」


何故か涙がひとりでに出てくる。


「嫌われたく、ないよ…」


嫌われて当然、縁を切られて当たり前。そう頭では理解しているのに心がそれを拒んでいる。嫌だ。嫌われたくない。お兄ちゃんと一緒にいたい。なんて都合のいい考え。そんな考えをしてしまう自分に嫌悪感を抱く。でもやっぱり嫌われたくない。


「あはは…本当に私ってどうしようもない…」


あの行動を後悔しなかった日はない。あの頃に戻れるなら自分の顔を殴ってでもそんな馬鹿なことはやめろと言ってやりたい。


一筋の涙が頬を濡らした。その瞬間、私の部屋のドアがノックされた。


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「…そろそろか」


俺は一人そう呟いて立ち上がった。自室を出て隣の部屋の前に立った。


「ふぅ…」


軽く深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。最近は自分の気持ちがよく分からない。今までなら絶対に話し合おうなんて気持ちにはならなかった。それなのに今は相手のことを知ろうとしている自分がいる。


…結局俺は何がしたいんだろうな。


自分のことがよく分からない。それでもこの行動に意味があると思わなければやっていられない。


気持ちを落ち着かせた俺は目の前の扉をノックした。そして中に向かって声をかける。


「奈那さん。入ってもいいですか?」


すると中から声が聞こえてきた。


「あ、う、うん。大丈夫」


そう言われた俺はゆっくりと扉を開けた。


「失礼します」


そう言って入った部屋はどこか懐かしい気持ちになった。部屋の中には床に座っている奈那さんがいた。


「あ、す、座って」


そう言われて奈那さんの対面に少しの距離をとって座った。


「…」

「…」


そして訪れる嫌な沈黙。どう切り出そうかと悩んでいると奈那さんが言葉を発した。


「それで…話って何、かな」


目の前の奈那さんは不安そうな目で眉毛を八の字にして俺の事を見ている。


「…どうして…俺のことを半年間も無視してたんですか?」


それは予め聞こうと思っていてことだった。


「それ、は…」


奈那さんは俯いてしまった。俺はそれをただ見つめる。


少しの沈黙の後、奈那さんはぽつりぽつりと話し出した。


「━━たの」

「え?」

「構って…欲しかったの」


恥じらうような表情と共にこちらを向いた奈那さんは瞳に涙を浮かべていた。


「お兄ちゃん、中学生になった時くらいから沙也加ちゃんとばっかり遊んで…私に構ってくれなくなっちゃったから…だから構って欲しかったの」


そう言った奈那さんの目からは耐えきれなくなった涙がこぼれていた。


「心が狭いって分かってる。馬鹿なことをしたってことも分かってる。でも、でも私はお兄ちゃんに構って欲しかった。一番の愛情を向けて欲しかったの…」


言い終えた奈那さんは再び俯き泣いてしまった。


「…」


俺は何も言えなかった。そして妹のそんな心情を何一つ理解してあげられていなかった。俺は…俺は兄としての役割を全く果たせていなかった。


そう考えると自然と手が動いていた。その右手は妹の頭に伸びていき


「えっ」

「…ごめんな。奈那。お前の気持ちに気づいてやれなくて」


左手で妹の体を抱き寄せて右手で頭を撫でる。


「お兄、ちゃん…お兄ちゃん…」


妹は俺に抱きついて号泣した。あぁ、俺はこの光景を知っている。父さんが亡くなった頃の奈那と同じなんだ。妹はあの頃と何も変わっていなかった。変わったのは俺の方なんだ。


数分経って妹は泣き止んだ。


「ごめん…あんなに泣いちゃって…」


妹は恥ずかしそうに謝った。


母親は俺たちのために身を粉にして働いた。俺はそれに対して愛情がないのだと思い込んだ。


妹は俺と沙也加が二人で遊んでいることに対して疎外感を覚えていた。だが俺はそんな妹の心情に気づいてやることが出来なくて妹にあんな行動をとらせてしまった。


俺は…俺はそんな二人から勝手に愛されていないと思い込んだ。でも実際は違った。ちゃんと愛されていた。俺はそれに気付かないふりをしていただけなんだ。


俺はまだまだ大人にはなれないらしい。


「俺の方こそ…ごめん。奈那さ…奈那にそんな思いをさせてたなんて…」

「なんでお兄ちゃんが謝ってるの。お兄ちゃんは何も悪くないんだよ。私が勝手に嫉妬してあんなことしちゃったんだから…全部私が悪いんだよ」


奈那は目を伏せながら暗い表情でそう言った。


「…」


二人は俺に本心を話してくれた。なら俺も二人に本心を話すべきなのだろう。


「奈那、今からリビングに来てくれるか?」

「え?う、うん」


少し戸惑っている奈那を連れてリビングに向かった。


リビングでは母さんが洗濯物を畳んでいた。


「あら?愛斗に奈那…どうしたの?」


母さんが不思議そうにこちらを見ている。


「…母さんと奈那に聞いて欲しいことがあるんだ

だ」



【あとがき】


ようやく愛斗に本心を喋らせることが出来そうです。遅くなってしまい大変申し訳ありません。ただ、まだまだ書かなければいけない部分があるのでこの先もかなり長くなってしまう可能性があります。ご了承ください。


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