選択

学校についてしばらくした頃、あや…沙也加が話しかけてきた。


「…愛斗。どうして今日は待っててくれなかったの?」


そう聞いてきた沙也加の顔には少しの遠慮が含まれているような気がした。


「あぁ…それは妹と登校してきたからだよ」

「妹?あ、奈那ちゃん?」

「あぁ。だから今日は家を早く出たんだ。言ってなくて悪かったな」


そう言うと沙也加は目に見えて安心したような顔になった。どうしたんだ?


「な、なんだ。良かった…」

「何が良かったんだ?」


そう問いかけると沙也加は少し慌てた。


「あ、えと…」


少しだけ言葉に詰まったあと、沙也加は口を開いた。


「…まだ見限られてなかったんだって思ったらなんだかちょっとだけ安心しちゃって」


あはは、と自嘲気味に笑いながらそう言った沙也加は最近見ていた沙也加とは別人のようだった。


「…」


安心、か。実際、俺は沙也加との縁を完全に絶とうとしていた時があった。だが今ならそんなことをしなくて良かったと思えるのかもしれない。かもしれないという程度だが。


「…わ、私もう自分の席に戻るね」


そう言って沙也加は自分の席に戻って行った。なんだか俺たちの間に気まずさが生まれてしまった。まぁこれまでの出来事を考えれば当たり前のことか。仕方ないと割り切るしかないのかもしれない。


昼休み、いつも通り屋上に向かうとそこには樹と奏がいた。


「あ、来た」

「こんにちは、愛斗先輩」


俺は2人に手を挙げながら軽く挨拶を返す。


「よう、2人とも」


3人揃ったところで屋上のベンチに腰を下ろした。そして俺の目の前に弁当が現れた。


「今日は私が作ってきました」


奏はどこか得意げにそう言った。


「ありがとな」


そう言って弁当を受け取る。弁当箱を開けるとそこには色とりどりのおかずたちがあった。


「愛斗先輩の好みが分からなかったのでハンバーグを作ってみたんですが…どうですか?」


そう言われてハンバーグを口に入れる。


噛んだ瞬間肉汁が弾けて旨みが広がる。少し冷えているがそんなこと気にならないくらいに美味しい。


「美味い…」


気がつくと自然とそんな声を漏らしていた。


「ほ、ほんとですか?なら良かったです」


奏は安心したようにほっと胸を撫で下ろした。


「…僕のお弁当を食べた時は、愛斗美味しすぎて泣いてたけどね」


俺たちの様子を見ていた樹は不意にそんなことを言ってきた。


「お、おい、恥ずかしいから言うなよ…」


なんとも恥ずかしい記憶だ。だが事実である以上否定は出来ない。


「なっ、…で、ですが私の方が兄さんより料理の腕が上なのは間違いなりません」

「…」

「…」


羽田巻兄妹が無言で睨み合っている。


「お、おい。一体どうしたんだよ」


恐る恐るそう聞いてみると2人がいっせいにこっちを見てきた。


「愛斗は僕と奏のお弁当、どっちが美味しいと思う?」

「もちろん私ですよね?愛斗先輩」


奏は普段見せないような圧のある笑顔を見せている。この笑顔はまずい…確かにもっと笑えばいい的なことを言ったのは俺だがこの笑顔はまずい…


ここは奏を立てて…


「あ、あぁ、そう…」

「愛斗?僕のお弁当…美味しくなかった?」


言いかけたところで樹が泣きそうな目で俺の目を見つめていた。…なんでお前はそんなにかわい…はっ、いけない。俺は一体何を…


「どっちなんですか?愛斗先輩」

「愛斗?」

「…」


よし、逃げるか。


俺はその場を後にして全速力でその場から逃げた。


「あ!愛斗!」

「逃げないでください愛斗先輩!」


2人が俺の後を追ってくる。


「ど、どっちも美味しかったから!」


そんな俺の叫びは学校中に響いた。

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