見落とし

「はぁ」


「どうしたの?ため息なんてついて」


無意識に出てしまったため息にレジで隣合っていた久井さんに声をかけられた。


「あぁ、なんでもないです」


「そう?…その、何かあったらなんでも相談してね?」


「はい、ありがとうございます」


俺はお礼を伝えてレジ周辺の片付けを始めた。



なんであの時真希さんは泣いてたんだ?あれは俺が悪かったのか?どうして謝ってたんだ?分からない。


「…やっぱり何かあるんだよね?」


それが顔に出ていたのか久井さんが少し遠慮がちにそう聞いてきた。


「…なんでもないですよ」


「そっか…私は最近ね」


おい待てまた聞いてないのに自分のこと話し出したぞ。


「少しは学校で本当の自分を出そうとしてるんだ」


「そうなんですか」


あまり興味のない話だ。


「うん、学校で本を読んでみたりしてるんだ」


「そうなんですね」


「うん、まだちょっと怖いんだけどね」


「そうなんですね」


さっきから同じ反応しかしていないのに久井さんはそんなことを気にする様子もなくずっと自分のことを話し続けている。

ちょっとおかしいくらいに。



しばらくして


「あ、なんだか私の話になっちゃったね…」


やっと気づいたか。だいぶ話してたぞ。


「大丈夫ですよ」


「ごめんね…」


あぁ、また顔に出てたのか?久井さんが少し気まずそうに下を向いた。


「…俺ちょっと本の整理に行ってきますね」


そう言ってレジから離れた。あそこにいるのはいたたまれない気持ちになってしまうので俺のこの判断は正解だと思う。



はぁ。でも少しだけ久井さんのことを羨ましく思ってしまう自分もいる。だってあんなに自分のことを話せるんだから。俺は…あれ?俺、今まで誰かに自分の気持ちを伝えたことってあったっけ?それこそ樹くらいにしか…いや、樹にも俺の本心は話していない。話したのは俺の境遇くらいだ。



俺は今まで勘違いをしていたのかもしれない。勘違いというより見落としていたのかもしれない。自分の気持ちを相手に伝えてもいないのに相手を拒絶するなんておかしな話しだ。やっぱり俺はまだまだ子供のままだったらしい。



帰ったらあの二人と話し合ってみるか…そうすれば今の現状から何かが変わるかもしれないから。何も変わらないかもしれないがこの心に残った何かを吐き出せるなら話した方がいいだろう。



俺は密かにそう思いながら棚にバラバラに入っている本を元の位置に戻し始めた。

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