挨拶

私は家で愛斗に声をかけられないでいた。今更何を話せばいいのか分からないのだ。本当なら沢山話しかけて出来てしまった溝を埋めたい。でもそうしようとするほど溝は深まっていった。



どうすればいいの?どうすれば愛斗と普通に接することができるの?どうすれば私はあなたの母親になれるの?



最近は自問自答を何度も何度も繰り返している。それでも答えは出ない。私は今まで愛斗に何をしてあげられたんだろう?



考えてみるが何も出てこない。私は何もしてあげられていない?



…なら私なんて要らなんじゃないの?私なんて居ない方が愛斗のためになるんじゃないの?ダメだ。そんなことを考えたら。



まだまだ私の努力が足りないんだ。もっと努力しなくては。だから私は話しかける。



それはある日の朝。二階から降りてきた愛斗に挨拶をした。


「おはよう。愛斗」


愛斗の目を見て挨拶をする。平常心を装って挨拶をしているが心の中では心臓が鼓動を速めている。


「…おはようございます。真希さん」


やはり他人のように、突き放すようにそう言われた言葉に慣れることは無い。愛斗は母さんと呼んでくれなくなってしまった。



何がいけなかったのか?そんなこと分かりきっている。私が愛斗に何もしてあげなかったから今の現状があるんだ。仕事ばかりで親らしいことはなにもしてあげられなかった。



こんなの虐待と変わらない。どうしてあの時の私はそれに気づけなかったんだろう?気づけていたら何かが変わったかもしれないのに。



あの人が亡くなった時は絶望した。深く深く失意のどん底に落とされた。もうこんな思いはこの先することは無いだろうと思っていた。でも今、再び私は失意のどん底に落ちている。



それはなぜ?私のせい。私がこの現状を作り出した。あの人に顔向けが出来ない。あの人が残してくれた宝物を大切にすることが出来ていなかった。



今更取り繕ってももう遅い。そんなこと分かっている。でも想像せずにはいられない。愛斗が昔と変わらず私に甘えてくれている未来を。そんな未来は私が潰したのに。


「あ、ま、愛斗」


「俺、二階に上がって学校に行く準備してきますね」


そう言って愛斗は再び二階に上がって行ってしまった。



やっぱり私とは居たくないのだろう。どうしてこんなになるまで何もしてあげられなかったのだろう。



私は過去の自分を恨んだ。



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「…初めてだったな」


真希さんが俺の目をしっかりと見て挨拶をしてきたのは。なんとも言えない気持ちになる。



俺は…どうしたいんだ?最近分からなくなっていた。真希さんと奈那さんは前までの俺がして欲しかったことを今している。



前までの俺だったらとても喜んでいただろう。でも今はそんな感情はない。おかしいな。前までなら喜んでいたことが喜べないなんて。



どうしても薄っぺらいものに思えてしまう。上っ面だけで接しているように思えてしまう。



「…はぁ」


我ながら嫌な性格をしている。人の言葉を素直に受け取れない。いつからそうなったんだろうな。…きっとあの時だろうな。全てを諦めたはずのあの時。



時計を見るとそろそろ家を出る時間だった。


「学校行くか…」


そう独り言をこぼした俺は準備を始めた。

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