第68話 サダヒデの工房にて(その2)
午前中に出発したので、日が暮れる前に二人はサダヒデの工房に辿り着いた。島へと続く橋の上では、ユキヒラではなく違う弟子が番をしていたので、日本酒の他にもクザで買っておいたお土産のトウモロコシ饅頭を渡した。流石に橋はもう顔パスだった。
工房の方へ進むと、建物の外ではコウとグレゴリーがユキヒラから剣術の手ほどきを受けていた。三人はクニオとコルビーに気が付くと、稽古をやめて駆け寄ってきた。
「随分待たせるじゃないか。暇だったから柄にもなくユキヒラから剣術を習っていたよ。大分腕が上がっちゃったよ」コウがそう言った。
「サダヒデ殿はもうクニオ殿の剣は仕上がってるとおっしゃってましたぞ」グレゴリーが続いて言った。
「でもクニオが来るまで、サダヒデ以外には試し切りさせてくれないんだぜ。これはクニオ用に強化したとか何とか言っててさ。さ、早く試し切りして見せてくれよ」そう言いながらコウは工房の建物へとクニオの背中を押す。
建物に入るとサダヒデが出迎えてくれた。そうして奥からクニオの刀を持って来てくれた。サダヒデは鞘から刀身を取り出し、クニオの眼前に突き出して見せた。
「美しいい波紋じゃろう。銘は光世に儂の名も入れて定光とさせて頂いた」
そう言ってサダヒデは刀身をまた鞘に入れてクニオに渡した。クニオも早速束部分を握って刀身を鞘から抜いて見る。
「注意事項ですが、いささか切れ味が良くなり過ぎましてな。この専用の鞘以外に納めると鞘の方が真っ二つになってしまうので、鞘の方も無くさないようにご注意なされよ」
「つまりは鞘の方も強化して頂いたという事ですか?」クニオがサダヒデに聞く。
「アマリアの盾ほどの強力な結界を張ることはできんが、刀身と鞘の両方にアダマンタイトで強化を施してある」サダヒデはそう答えた。
「説明はいいから早く試し切りして見せてくれよ。外に巻き藁があるからさ」そう言ってコウは玄関には戻らず、工房から直接外に続く掃き出しの木引き戸を開けて外に出た。
工房の外には試し切り用の巻き藁が何本も立っている。クニオは『定光』を握ったまま外に出ると、一本の巻き藁の前で晴眼に構えた。
そうして上段の位置まで刀を持ち上げると、巻き藁に向かって斜めに袈裟切りをした。
…音はしなかった。剣を振り下ろす風切り音すらしない。刀身は奇麗な斜めの軌道を描いて、まるで巻き藁をすり抜けたが如く振り下ろされた。
『全然手ごたえがない…』クニオは心の中でそう呟いた。
「ん?切れたの?巻き藁はそのままみたいだけど」コウがサダヒデの方を見てそう言った。
サダヒデは何も答えずに笑顔を見せる。数秒ののち、巻き藁の上部は斜めの切り口からゆっくりとズレ落ちて行った。
「コウからお前さんのスキル、ゾーニングの話は聞いておったが、ここまでとは思わなんだ。確かにこのタリヤ島には、ズワ湖が吸収した魔素が集まってきよる。アダマンタイトで強化した刀は魔素を吸収してより切れ味を増すんじゃろう。しかし刀と巻き藁の両方の性質を把握できるお前さんだからこその、この切れ味なんじゃろうな」サダヒデは顎に生えた髭をくゆらせながらそう言った。
クニオは試し切りをするときに、特に自分のゾーニングスキルを意識した覚えはない。しかしもしかしたら無意識のうちに発動させていたのかもしれない。全ての物質は空間がそう構成されているに過ぎない。原子も分子も隙間だらけである。本来は空間把握能力であるゾーニングは精度を増すことで、物質そのものを把握する事が可能となっていた。
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