第60話 洞窟にて(その5)

「えーとね…ちょっと待ってね…」

フェアリーは少し考え事をするようにやや上を見て、そうしてクニオの方へ視線を戻してから続けた。


「クニオは移植する前の三転生前の記憶が蘇ったみたいだね」このフェアリーの言葉が真実であれば、クニオには他にもいくつかの前世が存在していることになる。それ自体すんなり受け入れられる話ではないが、だとしてもなぜその中からこの記憶だけが蘇ったのだろうか?


「で、アニちゃんは個別に意識を移植しなかった、残りの人たちの意識の集合体みたいなもんなんだよね。だからこの世界はアニちゃんが作ったと言うよりは、みんなで作ったと言った方がいいよね。で、アニちゃんはこっちの世界には直接存在してないから、君らとコンタクトするにはこのフェアリーを通すしかないってわけ」

 

 クニオがフェアリーの意外な言葉にしばし考え込んでいると、今度はコルビーが口を開いた。


「この世界のことわりを知っていると言ったな。ならば問いたい。魔王軍は人間と、いや、魔王が勇者と戦うというのは避けられない仕組みになっているのか?」


 メタバース以外の世界はどうなっているのかなどクニオには様々な疑問が沸いてきたが、今コルビーが聞きたいのはその事だろうなというのは納得できた。


「特に縛りは無いよ。ただそれを超えるベターな仕組みが生まれない限りは、最初の設定が繰り返されているだけだよ。だから今までも、やめたければいつでもやめられたし…」フェアリーは軽い口調で答えた。


 今度はコルビーが大きなショックを受けている。いったい今まで繰り返してきた事は何だったのか?運命だと思って繰り返してきたのは自分の意志だったという事なのだろうか?


「なぜメタバースに人々は意識を移植したんでしょうか?」今度はクニオが聞く。


「フリーエネルギーって分かるかな?クニオにも分かるように言うと…、そうだなー質量はエネルギーに置き換えたら物凄い量になる事は知ってるよね」その理論についてはクニオの生きた時代でも多くの人が知っていた。フェアリーは続ける。


「だから質量をもつ物質は全て莫大なエネルギーの貯蔵庫ともいえるんだ。確かにクニオも知っているように、核分裂や核融合でもほんの少しだけ取り出せる。でも違うアプローチでこれがうまく使えるようになっちゃったんだよね。そしたらエネルギー問題が全て無くなったんだよ」そこはクニオが知らない…というか記憶には無い未来の話だった。


「それが無くなったら人類は争う理由も無くしちゃってね。凄く平和で安定した世界が実現してしまった。…でも悲しいかな人間は本能的に闘争を望むんだよ。それでメタバースがその受け皿になったってわけ」言われてみればこの世界でも魔王という外的脅威がなくなったとたんに、人間同士が争いを始めていた。


「クニオの頃も将棋とかはあったでしょう?ギリギリTVゲームも知ってるかな?それがどんどん進化して、もっと複雑な戦いをバーチャルの世界でするようになっていくんだよ。それが究極に進化したって言えば分かりやすいかな」


 確かにクニオの前世だと思っていた世界では、晩年TVゲームというものが世間を席巻していた。あれがどんどん発達していったという事は、ありそうな話ではあった。

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