第2話 ダンジョンにて(その1)
その時グレゴリーは不慣れな地下ダンジョンをさまよっていた。彼はレベルもステータスもダンジョンの低層部には似つかわしくない高さで、およそまともに相手になるような魔物はいないのだが、マッピングが驚くほどに苦手で、ちょっと複雑なダンジョンだとすぐに迷ってしまう。古くから存在しているダンジョンであれば、低層部のマップはレベルの低い冒険者用に町で売られているので簡単に入手可能だが、そこから先は自分でマッピングするほかない。
グレゴリーは過去の苦い経験もあって他人とつるむ事を好まない。基本的にはパーティーを組むことも無く、普段から単独行を常としている。一人では難しいので、よほどのことが無ければダンジョンでのクエストを受けることはない。ただ、今回のクエストはまだ浅い第五層に住み着いた、もっと深層部にいるはずの魔物を倒すという事で、それほど深く潜る必要はない。しかし魔物のレベルは高いのでかなりの高報酬が約束されている。最近膨らんでいる博打の借金の返済期限が、目の前に迫っているという個人的な事情もあって受けることにした。
このダンジョンは第三層までは町で買ったマップを頼りに難なく進むことができた。しかし売っていたのは三層までの地図だけで、現在いる第四層は完全に手探り状態だ。何度も同じところを回っているような気もするし、そうでもないような気もする。いや、今あきらめたとして、このダンジョンから無事に外に出られるのかも不安になってきた。
ただ、このダンジョンは自然にできた洞窟という感じではなく、石造りのブロックを積んだような壁と、同様の材料で作られた床と天井といった趣なので、かなりの力技ではあるが、いざとなれば天井に物理的に穴をあければ、三層に戻れるとは踏んでいる。
同じ理屈で床をぶち抜いて第五層に降りることも考えられるが、結局また迷ってしまいそうだし、一応目的の魔物との戦いに備えて大掛かりなスキル発動や魔法は温存しておいた方がいいのかなと思って今の所は我慢している。しかし第四層をさまよい始めてもう数時間が経過している。そろそろ我慢も限界を迎えそうなその時だった。
グレゴリーは相変わらず初めて通るかどうかも確証がもてない、突き当りのT字路を適当に右に曲がってみた。するとその先の方で、座って壁に手を当てている男の姿が視界に入った。その男がクニオだった。
クニオは壁に集中しているようで、グレゴリーの存在には気が付いていないのか見向きもしない。自分が人間だから良かったようなものの、魔物だったらどうするんだとグレゴリーは余計な心配をしながら、彼の元へと歩みを進めた。
「何をされてるんですかな?」背後からそう聞くグレゴリーに、クニオは驚くこともなく
「ここに隠し部屋があるようです」とサラリと答えた。
ダンジョン内でいきなり後ろから声をかけられても驚いていないという事は、自分の存在には気が付いていて、なおかつ危害を加えないだろうという判断を、視線を動かすこともなく行ったという事だ。最初に見かけた印象程鈍くはないのかもしれないなとグレゴリーは思った。
「なぜここに隠し部屋があると分かったんですかな?」グレゴリーは聞いてみた。
そう、このダンジョンは第三層までのマップしか世間には出回っていないはずだ。ダンジョンに隠し部屋があるのはそう珍しいことではないが、よほど緻密にマッピングをしないとその発見は難しい。マッピングが苦手なグレゴリーには、探索しながらその場で発見することなど、およそ不可能な事のように思えた。
「私のマッピングを見てください」そういうとクニオは背中のザックから白いロール紙を取り出し、棒状の筆記用具でサラサラとダンジョンの地図を描き足して行く。器用なものだ。定規も使わずにものの五分とかからないうちに、ざっくりとではあるが第四層のマップが完成した。
「ここに壁に囲まれた空白の空間がありますよね。洞窟型ならともかくこのタイプのダンジョンではこういったケースは隠し部屋になっていると思います」そう言うクニオにグレゴリーは「ふーん」と鼻で相槌を打ってから、壁を手で触って感触を確かめた。
「打ちぬけばよいのですかな?」そういうグレゴリーの問いにクニオは驚いて「できるんですか?」と答えた。
厚さのありそうな床や天井を打ち抜くには、それなりの魔力や体力を消耗しそうだったが、壁であればそんなこともないだろう。そこまで魔物と戦ってきたときに、相手がが弱すぎて何度も壁ごと打ち抜いてきたのでそれは分かっていた。
グレゴリーの打突に崩れた壁の奥に隠し部屋が現れた。部屋の中央には宝箱が置かれている。通常低層部で発見される宝箱の中には大したアイテムは入っていない。しかし隠し部屋となれば話は別だ。レアアイテムが入っていることが多い。
「ミミックの可能性もあるので拙僧が開きましょうぞ」そう言ってグレゴリーは部屋の中央まで進むと宝箱の蓋を開けた。中には一冊の本が入っていた。クニオは手に取ってパラパラとページをめくる。
「魔導書ですね…私は魔導士ではないので宝の持ち腐れです。町に持ち帰って売り払えばそれなりの金額になるかもしれませんが…。あなたも魔導士…ではなさそうですね?」どれどれ、と言ってグレゴリーも魔導書の中を改める。
「拙僧の名はグレゴリー。ジョブは破戒僧です。魔法も使えますが、これは拙僧がどうこうできる類の魔導書ではないようですな。売れば結構な額になりそうだ。拙僧は壁に穴をあけただけですから、これはあなたが持ち帰ってお金にされるといいでしょう」
「いえ、私では壁に穴を開けることは不可能でした。一旦町へ戻って誰か冒険者を雇うか、アイテムを買ってきて爆破するかしないとこの宝箱には辿り着かなかったでしょう。よろしければこの魔導書を売却したお金は折半という事でいかがでしょうか?」そういってクニオは背負っていたザックを床に降ろすと、魔導書をその中にしまった。その時グレゴリーはクニオのザックの蓋部分にKという刻印があることに気が付いた。そうして自分の持っていた第三層のマップの刻印と見比べてみる。
「先ほどのマップの描写は見事でしたな。ラフでしたが必要な情報が網羅されていた。もしかしてこの第三層のマップはあなたが書いたものではないですか?」そう言ってグレゴリーは町で買ったダンジョンの第三層のマップをクニオに見せた。
「ああ、ご購入いただいたんですね。私はクニオと言いまして、一応冒険者をしていますが本業ではどうにも食べていけなくて、生活費を稼ぐためにダンジョンのマップを作成して、出版元に提供しています。天職がレアジョブで誰もパーティーを組んでくれませんし、弱い魔物しか倒せないのでレベルも全然上がらないんですよね」
「やはりそうでしたか。このKマップシリーズはよくできていて、ダンジョン嫌いの私もどうしても潜らなければいけないときには愛用させて頂いております。ただどこのダンジョンも浅いところまでしかありませんよね。このダンジョンも第三層までしか入手できませんでした。今、続きを執筆中というところですかな?」
「まぁそんなところなんですが、私のレベルではこの第四層を探索するのがギリギリでした。ただ、第三層までは隠し部屋は無かったので、この層で見つけることができたのは収穫です。第五層は私の力ではどうにもならないというのは、降りるまでもなくよくわかりました。ましてや第五層から先は階層主を倒さないと先に進めないと聞いています。なのでこれで私は帰ろうと思います。先ほど描いた第四層のラフスケッチは差し上げます。既に頭の中には入っていますので出版には支障ありません。さ、先ほど開けた穴もじきに自動修復されるでしょうから急いで部屋の外に出ましょうか」
部屋の外に出て、クニオが別れの挨拶をしようとしたところでグレゴリーが提案をした。
「拙僧は、第五層に住み着いたとある魔物を退治するというクエストを受けてここにおります。ただどうにもマッピングが苦手で、とても無事目的の魔物の元にたどり着けるとは思えない。一時的にでもパーティーを組んでご同行願えないでしょうか?」
「よろしいんですか?…きちんと自己紹介しておいた方が良さそうですね。私のジョブは建築士でジョブクラスはEです。これが天職ですからレベルは推して知るべしです。自分でいうのもなんですが固有スキルも全く意味不明で、戦闘では全く力にならないと思います」
「建築士というのはまた聞いたことのないジョブですな。なーにこのあたりの魔物であれば拙僧には赤子の手をひねるようなもの。道にさえ迷わなければ命の保障は致します。クエストの報酬は半々…いや、6:4ぐらいにして頂けると、諸般の事情で助かりますが」そう言って笑うグレゴリーに
「クエストの報酬は不要です。同行させて頂ければ第五層のマップが描けますので、その版下代で私には十分です。但し、全てのマッピングを終える前にクエストを達成してしまった場合でも、マップ完成まではある程度お付き合いいただくという事で…、それでよろしければ?」
「造作もないことですな。それでは参りましょう」
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