第2.5話 ダンジョンにて(その2)

 グレゴリーの受けたクエストの目的、第五層に出現したという魔物は、あろうことかボス部屋の中央に横たわって眠っていた。部屋の中は今までの石造りのダンジョンと違い、岩石で囲まれた洞窟の様になっている。


 運がいいのか悪いのか、第五層のマッピングはこのボス部屋にたどり着く前にあらかた終えることができた。ここに辿り着く前に、普段クニオの単独行では到底倒せないような魔物をいくつも撃破してきた。今までクニオが倒してきた魔物とはレベルが違っていて、得られる経験値も大きく面白いようにクニオだけレベルが上がって行った。


 ボス部屋に辿り着くころには新たなジョブスキルを手に入れることができたくらいだ。しかし実際に戦っているのはグレゴリーだけで、単にパーティーを組んでいるだけで経験値を得ているクニオは、何かずるいことをしているようで後ろめたさを感じていた。


 ボス部屋の手前には回復ポイントも見つけていた。グレゴリーはさほど消耗した風では無かったが、回復ポイントを経たことでボス部屋に入るときには状態は更に万全になっていた。ただ部屋に入って魔物を見るなり、彼は大きなため息をついた。


「クエストではワイバーンという情報だったんですが、これはどう見てもアースドラゴンですな…ある程度近づかない限りは、部屋に侵入しただけではこちらを攻撃してこないようですが、さてこの後どうしたものか…」クニオもドラゴンという魔物の存在はもちろん知っている。本などでその姿を絵にしたものを見たこともある。ただ、実物を見るのはこれが初めてだった。そんなクニオでもワイバーンとドラゴンの違いぐらいは知っている。魔物としての格が全く違う。ドラゴンという名を冠した魔物は例外なく強大な存在だ。


「まだ浅い第五層にこんなものがいたら、冒険者はたまったものではないですな。元々の階層主はどうなったのか分かりませんが、イレギュラーな存在なので一度退治してしまえば本来の状態に戻るのかもしれない。しかしこいつを一人で倒せるかどうか」


「こいつはドラゴンというぐらいだから火を噴くんですかね?」そう尋ねるクニオにグレゴリーは答える。「ドラゴンの中では下位の存在ですが順当に考えればそうでしょうな。ひとたび目覚めて火の息吹でも放たれようものなら、私はともかくクニオ殿はひとたまりもないでしょう。私も防御魔法は大したものを持っていないし、こういう時は前衛に盾を持ったガードでもいるといいのですが…」


それを聞いてクニオは何かひらめいたようだ。

「今まで持っていた唯一のスキルは『ゾーニング』といって、空間を把握するだけでした。これを使ってマッピングなどを行っていたんですが、これは受動的にまわりの状態を把握するだけのものです。何だったらスキルなどなくても。元々もっていた能力だけで実現できるようなものでした。しかし新たに獲得したスキル『プランニング』はちょっと違います。様々な物を組み合わせて新しい性質や効果を生み出すことができるようです」


「ふむ?初めて聞くスキルですな。付与とは違うようだ。しかし、ここのようなダンジョン内では組み合わせようにも、その大元になる材料が見当たらないのではないですか?」

「いいえ、何も無いように見えてここには岩石もあれば空気もあります。空気中には水分が含まれています。ゾーニングの方もスキルレベルが上がって、空間だけでなくその空間を構成する物質の性状も把握できるようになりました。グレゴリーさんは土魔法は使えますか?」

「防護壁ぐらいは立ち上げられますが、ドラゴンのブレスには耐えられるかどうか…」


「プランニングできるのは物質だけでは無いようです。というか物質の組み合わせも計画するだけで自分ではできないようですが…」

そういうとクニオは手をグレゴリーの肩にのせかけて言った。

「防御用の土防壁を立ち上げてみてもらえますか?」

「なるほど」そう言ってグレゴリーはクニオに言われるままに土魔法で地面から防護壁を立ち上げた。普段と変わらないことをしたつもりが、何か設計図に従って違う行為に誘導されたような感じがした。


「岩石成分に空気を含ませました。空気というのは実は物凄い断熱材です。物理的な攻撃に対してはむしろ弱くなりますが、火炎系の攻撃については防御性能が格段に上がったはずです」

「なるほど、よく分かりませんが確かにいつもの土防壁とは違うようだ。ブレスが来たらこの防壁の陰に隠れて、いよいよまずくなったら部屋から出て回復ポイントに向かうのが良さそうですな。第五層くらいならボス部屋は一度入ったら外には出られないという事もないでしょう。もちろん部屋から出てしまえばこちらが回復するのと同様に、ドラゴンも回復するとは思いますが…どうにも歯が立ちそうにない場合は町まで戻って出直しましょう。ワイバーンと間違えてクエストを出したギルドの責任もあるので、クエスト失敗はペナルティにはならないでしょう。クニオ殿は防壁の陰に最初から隠れておいてください。退却の判断は私がした方がいいでしょう」方針は決まった。


 一呼吸おいてからグレゴリーはドラゴンに向かって歩を進める。ある程度まで近づいたところで、重く閉じたその魔獣の瞼は開き始めた。


 先制攻撃はグレゴリーからだった。彼のこぶしに光がともると、先ほど壁を撃破した打撃とは比べものにならないほどの衝撃波がドラゴンを捉えた。

 ドラゴンの頭部は妙な形にひしゃげている。口を開くのもままならない感じだ。防壁の陰に隠れながらも、行方を見守っていたクニオは一瞬これはいけるかもしれないと思った…のも束の間、ドラゴンに与えたと思ったダメージは見る見るうちに回復し、初めて対峙したクニオにもわかるぐらいにブレスを吐く準備に入った。グレゴリーはあわてて防壁の影に駆け寄ってくる。


 グレゴリーの体が防壁の影に隠れるや否やブレスは放出された。こんな広範囲が高温にさらされるという経験をする人間が世の中にどれ程いるだろうか。防壁にさえぎられたエリア以外には炎が広がり、それを通して見える景色はひどく歪んでいる。それは数秒の出来事であったのかもしれないが、体感的にはものすごく長い時間に感じられた。


 ブレスの衝撃が去って防壁の状態を確認すると、厚みの半分ぐらいは高熱によって融解している。これはもう一撃受ければひとたまりもないだろう。クニオはこの世界で生まれて初めて死というものを覚悟した。退却の判断はグレゴリーがすることになっていたが、確認を求めるまでもなく合図が出された。戦いは始まったばかりであったが、退却するというのは妥当な判断としか言いようが無かった。気持ち以外に体にはダメージを受けていない二人であったが、部屋から出て回復ポイントで一呼吸を置いた。


「これはダメですな。物理的な防御力はそれほどでもないと感じましたが、回復速度が凄い。拙僧の持つ物理攻撃スキルではその回復能力を超える事は無理そうだ。最初から最大の物理攻撃スキルをぶつけましたが、二発目の前にあっと言う間に回復されてしまいました。あの回復速度を上回る物理的ダメージを一気に与えられない限りは倒せそうもない。これは一度町に戻ってパーティー編成を考える必要がありそうです」グレゴリーの判断が至極全うだ。どう考えても今のところ勝ち目は無さそうだ。


 しかしクニオからはちょっと違う提案がなされた。


「第四層に戻りましょう」それはダンジョンを出て町に戻ろうというニュアンスではなかった。どの道グレゴリーは五層のマップは皆目見当もついていないので、彼の後を追うしかなかった。地図など見ずともクニオは最短ルートで第四層に戻り、そうして何か目的地を探すような動きをしてから、あるところで立ち止まってグレゴリーの方を見た。


「退却時に回復ポイントで復活しましたが、ドラゴンに放ったあの物理的衝撃は現状で何回発動することができますか?」クニオの問いかけに真意は分からずともグレゴリーは答える。

「七発ですかな」それを聞いてクニオは目を閉じて考える。

「行けると思います。…私が思い浮かべる場所に、誘導する波長で衝撃を打ち込んでいただけますか?」そう言ってクニオは先ほどと同じくグレゴリーの肩に手を乗せた。


「これがクニオ殿のプランニングというわけですか」そう言ってグレゴリーはこぶしを振り上げて、クニオのプランニングスキルに誘導されるままに、それぞれ別のポイントに衝撃波を流す。最後にはそれまでの六発とはまた別の具合、それまでの中心位置で床をこぶしで叩いた。すると轟音と共に床が崩れ落ちる。先に放った六発の衝撃波で囲まれた部分が全て崩れ落ちた。それは轟音と地響きはしばらく鳴りやまないほどの崩落であった。自分の物理攻撃にこれほどの力があるわけがない。放ったグレゴリー自身が驚いていた。


 しばらくして土埃も落ち着いてきたところで、ぽっかりと開いた大きな穴の下を覗いてみる。そこには、先ほどまで戦っていた第五増のボス部屋があった。崩落した岩石の下には先ほど対峙したアースドラゴンの姿があった。いや正確には尾の部分が少しだけ見えているだけで、殆どは巨大な岩盤の塊の下敷きになっている。


「こいつがボス部屋の中央で、動かない状態でいるようなので成功しました。1の力で5ぐらいの物理現象を起こすことはそう難しくありません。今の場合、床版の位置エネルギーを開放して攻撃に使いました。まぁこんなやり方が許されるのかどうかは分かりませんが…」そう、直接の物理攻撃では回復速度を上回るダメージを与えることが不可能だと判断したグレゴリーの話を聞いて、クニオは第四層に戻ってボス部屋の上部の岩盤を落下させようと考えたのだ。


 一見単純な方法ではあるが、ダンジョンの違う階層の立体的な位置関係を正確に把握しなければこんな芸当は不可能だ。これがゾーニング(空間把握)というスキルなのだと、グレゴリーはその時初めて理解した。また、正確に衝撃を与える位置や加減を調整できたのは、先ほど彼が言ったプランニングというスキルのなせる業なのだろう。


「物質というか構造物にはそれぞれがもつ固有振動数というものがあります。そこに同期させれば、一定限のエネルギーでも最大の崩壊を誘発することができます。そうして物質は重いほど、また上部にあるほどにより高いエネルギーをもっています。しかしそれを運動エネルギーに変えて、このドラゴンの回復速度を上回るダメージを与えられるかどうかは博打でしたけどね」そういうクニオにグレゴリーは「このクエストの目的は博打でできた借金返済だったので、最後に博打に勝ったというのは気持ちがいいものですな」と言って大声で笑った。



 「確かにあんまりおもしろい話でもなかったな。オチも弱い」いつでもコウの評価は辛らつだ。普通はドラゴン退治と言えばなかなかの冒険譚だと思うのだが、彼女には特に刺激もないようだ。


 人には想像もつかない長い時間を生きてきたエルフにとっては、何が面白い話なのかはクニオにもグレゴリーにも想像がつかない。彼女がこの世に生を受けたのはいつの事なのだろう。3年前に討伐された魔王などというものも彼女にとっては赤子同然なのかもしれない。

 

 定期的に現れる魔王という存在には、何度も出くわしているので特に何も感じないと言っていた。そんな彼女も見た目だけでなく本当に少女であった頃は、人も魔族も同じ生き物のなのだから仲よくすればいいのにと思っていた時期もあったらしい。今では両者の争いさえも世界の理の一つだと受け止めていて、特に止める必要もなければ、自分がかかわる理由もないと考えている。


 酒が進めば会話も弾む。

「確かに拙僧とクニオ殿の出会いは、それほど面白い話ではなかったかもしれませぬな。しかしコウ殿との出会いも活劇とは程遠くはなかったですかな?いやそれなりに盛り上がりもあるにはあったか…」グレゴリーがそう切り出したのでクニオも便乗する。


「そうそう。荒れ地で温泉を探してたよね。隠し部屋を探していた自分とそう変わらない」

「何を言ってる。あの温泉は今では結構な話題を呼んで観光名所になっているんだぞ。そうだ今度また行ってみよう。あのあたりは結構な町になって賑わっているらしい」そう言って彼女は何杯目かの酒をまた飲み干した。

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