第3話 街道にて

 グレゴリーとクニオは街道を西に向かって歩いていた。街道と言ってもキチンと舗装されているわけでは無く、人や馬車が通る事もあるので他よりも踏み固められて草が生えにくくなっている、太いけものみち程度のものだ。先ほどから追い抜いていく馬車も無ければ、すれ違う人影もない。道の両脇にはある程度の木が生えているが、森と呼べるほどの密度ではない。結構な距離を歩いていても見える風景にはさして変化もなく、退屈と言えば退屈な道のりだ。


「こんなマイナーな街道の旅路に付き合わせてしまって申し訳なかったですね。しかし先に進むほど結構なレベルの魔物が出るという話なので、グレゴリーがついてきてくれなければ一人では無理でした」


「何をおっしゃられる。行って見ようと提案したのは拙僧ですぞ。しかしクニオ殿があの『史跡の歩き方』シリーズも手がけられているとは驚きでした。あのシリーズの挿絵は素晴らしい。拙僧の愛読書です」


「そう言っていただけるとうれしいですね。あの絵の描き方は本来は自分の頭の中に浮かんだ建物のイメージを、相手に伝えるための描画手法なんですが、そちらのほうの仕事は相変わらずさっぱりで…」クニオは恥ずかしそうに頭を搔いている。


「しかし行くのはいいんですが、中に入れるんですかね?魔王城」

「拙僧も魔王が討伐されたという事しか分からないので、行き当たりばったりですな。魔族の幹部で生き残った者がまだかなり存在しているようですし、ヤバそうだったらすぐに引き返しましょう。魔王城のガイド本が挿絵付きで発行されるなど、考えただけでワクワクしますぞ。というか実際にこの目で魔王の居城というものも見てみたい」グレゴリーのアバウトさにクニオは救われることも多い。


 クニオはグレゴリーに、どうして今までパティーを組んでこなかったのかを聞いたことがあるが、野望だろうが復讐だろうが、とかく冒険者は真面目過ぎると言っていた。強くなりたいとか、有名になりたいだとか欲望ですら真面目だと…。真面目な人間と一緒にいると疲れるんだそうだ。楽しければそれでいいという事らしい。


「ですよね。私も建築士を名乗るからには人間だけでなく、魔族が作ったという城も見るべきだと思ってました。構成さえわかればスケールダウンしてどこかに再現することもできる。もしかしたら、観光名所にもなるかもしれないですよ。ああ、模型を作っても面白そうですね。魔族も風呂に入るのか?便所はどうするのか?食事の用意や食料の保管はどうしているのか…単なる好奇心といってしまえばそれまでですが、敵を知ることで見えてくることもあるかもしれません」


 そう、それは相変わらずの冒険後の飲み屋での会話から始まった。あのダンジョンで知り合った二人はそれからも度々パーティーを組んで行動を共にしていた。グレゴリーはクニオがいればダンジョンで迷う事も無かったし、隠し部屋で入手できるアイテムはレア度が高くて、クエストを受けずとも普段の生活費や酒代に困ることは無かった。


 クニオの書くKマップシリーズというダンジョンの地図は、どんどんバリエーションが増えて行った。グレゴリーが同行することで、より深くまで潜れるようになったのでそれは当然のことだった。それまでは低層部のマップしか書くことができなかったので、Kマップシリーズはネタ切れ寸前になっていた。


 あの時も無理をして第四層まで降りてみたが、そんなことを続けていればいつかは命を落としていただろう。マップのネタが尽きた時を見越して、名所史跡をイラストにおこして解説文を書き加え、ガイド本を発行する手伝いをしていたのだが、どうもグレゴリーはそのシリーズも見ていてくれたらしい。それで酒の席で今一番絵にかいてみたい史跡は何だという話になって、酔った勢いでつい本当のことを言ってしまった。


 史跡と呼ぶかどうかは別として、それは『魔王城』だと…。


 魔王城は人間が多く住む地域からは当然離れた場所に位置する。魔王討伐前ほどではないにしろ、城に近づくほどに出現する魔物は強くなっていくので、用も無いのに近づく者はいない。もちろん道すがら小さな集落や村は存在しているが、人口は少ないので定期的な交通手段というものは存在しない。行こうと思えば私費で馬車を用意するか、徒歩という事になる。一緒にダンジョンに潜るにしても、もう少しクニオのレベルは上げておいた方がいいだろうという狙いもあって、二人は魔物に出会う頻度がより高い徒歩を移動手段に選んだ。


 そうして町を出て数日が過ぎたとき、街道はいよいよ木々も無い荒れた平原に出た。遠くに森があるのは見えているが、目に入る風景の8割は空というような風景が広がっていた。これはいよいよ、歩いて移動するには退屈しそうだなと思っていた矢先、その殺風景な平原とは不釣り合いな少女が、街道を横に少し外れたところでしゃがんで地面を見ていた。


 少女はフードと一体になったローブを着ているが、ローブの隙間から長い金髪の髪が見え隠れしている。しかし見通しがいいとはいえ、魔物が出れば隠れるところも近くにはない。少女が一人でいるというのも物騒な話なので、迷子という事も無いだろうが気になってグレゴリーが声をかけた。


「お嬢ちゃん。珍しい虫でもいるのかな?このあたりは危ないけどどうやって来たのかな?」

少女はこちらの方を振り向いた。振り向きざまに風で頭にかぶったフードは後ろにめくれた。長い金髪に透き通るような白い肌。緑色の瞳に長い耳…。そう、彼女はエルフだった。

「女だけどお嬢ちゃんではないよ。ここには虫はいない。風に乗ってやってきた」

そう答えて彼女はまた地面に視線を戻した。

「これは失礼しました。それでそこの地面には何があるのでしょうか?」そう聞くグレゴリーに彼女は無言である方向を指さした。


グレゴリーとクニオは指のさす方向を見る。今まで気が付かなかったが、この平原は単に何もない荒れ地ではなく、昔は建物があったであろう基礎の後や床の残骸の様なものがところどころにある。土埃に半分埋まっているので遠目には岩や石との見分けが付かなかった。以前は集落でもあったのだろう。しかし朽ち果ててから随分と長い時間が経過しているように見える。


「ここにはね。もう随分と昔の話だけども、温泉を中心に栄えた村があったんだよ。これもまた随分と昔の話だけどもその温泉は枯れてしまって、人も減ってしまった。とどめにここに住み着いたワームの魔物に村ごと押しつぶされた。でもここの温泉の泉質は最高に良かったんだよね。で、今地下の水脈を探してみたら、以前枯れてしまった温泉の層より遥か深いところに源泉らしきものがあるのを見つけた。」


「それはどれくらいの深さなんですか?」クニオは聞いてみた。

「1000mくらいかな」コウは何事もないように答える。

「そなたは1000m地下にある水脈を探り当てられるのですか?」グレゴリーは驚きを隠せなかった。


「私は風水師のコウ。水でも風でも光でも、周囲の環境は何でも読み取れる」

「いや、いくら風水師でもそんな話は聞いたことが無いですぞ」そうグレゴリーは言った。

彼女が嘘を言っているようにも見えないのでクニオは冷静に返した。

「地中温度は通常その土地の平均気温と同じくらいです。このあたりの緯度だと16か7度ぐらいでしょうか。100m深くなるごとに2~3度程度上がっていくので、深さ1000mだと水温は45度前後ではないでしょうか。温泉としては丁度いいぐらいかもしれないですね」


「なんでそんなこと知ってるの?温泉研究家?」コウはクニオの方を見てそう尋ねた。

「私は建築士のクニオと言います。職業柄周辺環境の変化に関してはある程度の知識を持っています。今は冒険者をしていて、これから魔王城を見学に行くところです」

「なかなかツッコミどころ満載の自己紹介ね。大体建築士って冒険者のジョブじゃないでしょう?…ま、それはいいとして流石に1000mの深さは掘りようもないでしょう?半径1000mくらいの大穴を空ければ到達できるかもだけど、温泉としては使えなくなりそうだし。折角の源泉なのに勿体ないなと思っていたところ」とコウは言った。


「最高位の魔導士が使う土魔法でも半径1000mの穴をあける事など不可能でしょう。物理的にも1000m掘るにはどれぐらいの労力がかかることか…」グレゴリーの言う事がこの世界では正しい。


 しかしクニオはちょっと考えてから言った。

「でもグレゴリーは土魔法を使えるよね。…コウさんも1000m下の水脈を感知できるほどの魔力量をもっている…で、あれば掘れるかもしれませんよ。」


「プランニングですな」グレゴリーは言った。

「ちょっとお二人の肩に手をのせさせていただきます」グレゴリーは慣れたものでどうぞと肩を差し出すが、コウは怪訝そうな顔でクニオを見ている。しかし敵意と他意は無さそうだと肩をクニオの方へ向けた。二人の身長差はなかなかのもので、二人の肩に手をのせたクニオはどこかの彫刻作品の様なポーズになった。


「コウさん、水脈を感知してみてください。グレゴリーはコウさんの魔力も使って土魔法をお願いします。半径1000mは必要ないです。太すぎると自噴しないかもしれないので穴の径はこぶし程度で行きます。大きさと方角の細かいコントロールは、コウさんの感知をもとに私の方で組み上げます。また、あけた穴が塞がらないように、地中の石灰成分と水分を使って硬化させます」


 コウは半信半疑ながら言われるままに水脈を感知し、隠ぺいすることなく魔力を開放した。その魔力量が莫大なものであろうことは、感知能力のないクニオにもわかった。ただ、プランニングはスキルや魔力の組み合わせを計画をするだけなので絶対量はあまり関係ない。グレゴリーが土魔法を放って程なくすると、地面に空いた穴からは温泉が噴き出してきた。


「いい温度ですね。ちょっと熱いかな?ついでにお湯を貯める浴槽も作ってしまいましょう。それはグレゴリーと私の二人でできると思います」そういってクニオは先ほどの地中に掘った穴を固めたのと同じ理屈で、グレゴリーの土魔法で湯だまりの為の穴を設け、穴の露出面を硬質化した。

「面白いスキルね。初めて見た」コウは驚くというよりは、何か喜んでいる感じだ。


 温泉は段々と溜まり始めたが、程なくして周囲に地鳴りが響き渡った。

「ワームが来たみたいね。昔ここが温泉村だった時は魔物が近づいてこなかったけど、多分泉質に魔物が嫌がる何かしらの成分が含まれているんでしょう。潰してしまおうという事かもしれないけども、折角掘ったものにそんなことはさせない」


 そういってコウは風を呼び体を浮かせると、地中を移動して近づいて来るワームの上に高速で移動した。ワームが移動したであろうその跡は地表に小山となって表れている。ちょっと冗談の様な大きさだ。移動が止まったと思った次の瞬間、突然にワームが地中から飛び出してきた。やはり物凄い大きさだ。この大きさであれば数回往復しただけで小さな町など消し飛んでしまうだろう。それが縦方向に体の全てを現すぐらいの高さまで地上に飛び出したのだ。まるで大きな塔が空中に浮いているようだ。


 コウは両手を広げ、空気を呼び込む。彼女の周辺には円形の歪んだ空間がいくつも現れた。


 とてつもない数と大きさだ。

「こんな魔力量は見たことが無い」グレゴリーはそう呟いてコウの姿を凝視している。クニオには他者の魔力量を推し量ることはできないが、先ほどの土魔法を助けてもらった魔力量の比ではないのだろう。グレゴリーの表情がその桁違いの力を物語っていた。


 空気の密度を圧縮しているのか、逆に真空にしているのかそれとも両方なのか。コウのまわりのその円盤は彼女の手の動きに従い、地面から飛び出たワームに四方八方から襲い掛かった。あれほど巨大であったワームはナマコの様に縦横無尽にスライスされ、更には細かい肉片になって血とともに地上に降り注ぐ。と、地上に落ちる前に地面付近にあった大きなレンズ状の空気の塊がそれを受け止める。空気の塊に触れたとたん、肉片は内側に吸い込まれていく。あらかたの肉片が吸い込まれたところで、空気の塊は収縮し小さな球状になって遥か彼方に飛んで行った。


「これは風水師の所業ではないだろう…」グレゴリーが呟いた。

グレゴリーとクニオの前に舞い戻ったコウの手にはワームの肉片があった。

「折角の温泉が血で汚れたら興ざめだからね。あとこいつの肉は焼いて食うと結構いけるんだよ。ひとっぷろ浴びたらこいつを肴に一杯やろう」この金髪のエルフは見た目に合わずにおっさんの様な事を言うなと二人は思ったが、怒らせるとまずそうなので口に出すのをやめておいた。

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