第9話 ミナレットにて(その5)
そうして三日後にクニオ、グレゴリー、コウの三人とアルファはナーガのテントの前にいた。魔族の少女エレナもナーガの隣にちょこんと立っている。クニオはまず大きな布で包まれた何かを地面に置いた。中身はクニオ以外は知らない。これが建築士の最大の武器だと、グレゴリーとコウにはここに来るまでの間にうそぶいていた。
まずはパーティーの3人は揃って先日もらった鳥の燻製のお礼と感想を述べ、コウがお気に入りというとっておきの酒の一本をナーガに差し出した。ナーガはナーガで今度は鹿肉を桜チップで燻製にしたので、食べていかないかと誘ってくる。違った意味で面倒くさいことになりそうな空気だった。このままいけば確実に宴会というギリギリのところでクニオが説明を始めた。
ミナッレトが自立できる構造ではないこと、それを支えているのが結界であること。結界を解除すれば塔は倒れてしまう事を説明した。ナーガはただ黙って聞いていた。ひと通りの説明が終わったところで口を開いた。
「で、結界の解除…それは目的ではないですね。ミナレットに近づくのはあきらめる他ないという事でしょうか?」
「そんな話をするためだけに、三日も待たせませんよ。最初に見た時から、結界は物理的に塔の維持に必要だという事は分かっていました。そこで…これを見てください」クニオはそういうと、先ほど地面においた。その建築士最大の武器というやつに被せてある布をさっと取り除いた。
そこには50cm程の細い棒を中心に立てた、半径50cm程の半球状の構造体が鎮座していた。構造体は小さな三角形の集まりで、全体としては半球状になっている。
「建築士がイメージを他者に伝えるための最大の武器が、この模型と呼ばれるものです。これは異世界ではフラードームと呼ばれる構造形式です。現在の結界は膜のようにまんべんなく張られていますが、構造的な強度を持たせるだけであれば、膜である必要はありません。構造的に安定している三角形の組み合わせにしても、同様の効果が得られます。魔法はイメージの世界だと聞いています。私には結界の術式は理解できませんが、解析をしているナーガさんなら、この形のイメージをもって術式を再構成できるんじゃないでしょうか?」
「凄いな、その模型とやらはどんな魔法の組み合わせで作るんだい?」エレナの質問にクニオは自分の腕をポンポンとたたきながら…
「手作りです」と答えた。
「この三角形一つの大きさは?」ナーガが質問する。
「この模型は縮尺を1/2000で作っています。各三角形は1辺5cmなので、実際の寸法に直すと100mですね。三角形の大きさは小さい程に全体の歪みは少なくなると思います。そこはナーガさんの再構築する術式の精度で決めていいかと思います。最小でも一辺5mぐらいまでならナーガさんの様な大柄な方も、かがまずに出入りできるかと思います」
ナーガは模型を手に取って、色々な角度から見つめている。
「いい答えですね。イメージは掴めたのでなんとかなるかもしれない。結界を改良するという事であればアルファも異存はないよね?」ナーガはアルファに問いかけた。
「既に外部と隔離する必要はないというのは私も同意見です。ニムロデ様もアマリア様も元来は大勢で騒ぐのがお好きな方でした。新たな盾は生まれてこない今、自由に塔の結界内外を行き来できた方がお二人も喜ばれると思います」
その後程なくして結界の術式は、解析を終了したナーガによって書き換えられることになった。結局三角形のサイズは一辺が10m程度になった。遠目に見てこれくらいのサイズが美しいというナーガの提案もあった。地上でも10m毎に柱が立っている状態になっているので、誰もが難なく潜り抜けて塔の中に入ることができた。塔の外壁は予想に反して、華美な装飾を施されているという事は無く、素材のテクスチャーがそのまま味わいとなっていた。結界は雨風、太陽の光を妨げるわけではないので、この塔ができてからの時間の経過を、塔自身がその外皮に刻み込んでいるのだ。
予想通り、塔の1層当たりの面積はさほどでもなく作りは単純で、登るのに骨は折れたが迷うことなく頂上に辿りつく事ができた。頂上からの眺めも思っていた通り素晴らしいものだった。ニムロデとアマリアは、この街と魔王城の両方を望む風景が見たくてこの塔を作ったのだろう。それは考える必要はなく、一目見て理解できる話だった。二人の遺体は更に屋上の中央に設けられた突出物の中に安置されているそうだ。
塔の細部や屋上からの風景が見られただけで十分で、クエストの報酬にはさほど興味は無かったが、アルファがどうしてもというので、アマリアの盾はクニオの装備品にすることになった。実力には余りにも相応しくない装備だったが、幸いにして重量は軽く、クニオの体力でも何とか扱えそうだった。
塔の上部数層は、元々ニムロデとアマリアの居住スペースであったという事で、最上階には小さな風呂がしつらえてあった。展望風呂だ。結界が吸収した魔素を動力源として給排水は賄われているそうだ。これを広げて大浴場にしようとクニオが言い出した。
この塔の今後をアルファと話した時、色々な人が訪れてくれた方が今は亡き二人も喜ぶだろうという事になって、屋上からの眺めだけでもかなり魅力的ではあるが、地上1000mの大展望風呂を提案されては、誰も反対するものはいなかった。
錬成士のニムロデはいないが、クニオのプランニングとナーガの魔力を使ってリノベーションはすぐに完成した。もちろん従来通り、ただの井戸水では面白くないので、源泉をコウに探してもらった。魔王城に続く街道で掘り当てた温泉とはまた違った泉質の水脈があり、残念ながら冷泉ではあったが、最上階まで汲み上げた後に、魔素のエネルギーを使って沸かすことにした。術式は元々あった風呂の仕組みをナーガが解析して拡張した。
出来上がった大展望風呂で、各々に眺めを堪能している。展望風呂のフロアは壁も全て取り払ったので、屋上の様に気持ちのいい風が吹いている。露天風呂と違って天井があるので太陽の光に焼かれることもない。
「これはまたいい観光名所ができてしまいましたな」そう言ってグレゴリーは笑う。
魔族であるナーガも気持ちよさそうにお湯につかっている。温泉の気持ちよさは人も魔族も共通の様だ。
「屋上は流石にお墓があって、露天風呂を作るわけにはいかないだろうけど、ニムロデとアマリアが賑やかなのが好きだったなら、BBQなんかはやってもいいよね。明るいうちから酒飲んで昼寝したら最高かもしれない」ナーガは魔族というよりは、悪魔的に快楽を追求するタイプの様だ。彼は上機嫌で浴槽の傍らに立つアルファに話しかけた。
「アルファ、しばらく俺らはここに住んじゃってもいいかな?再構築した結界の様子も気になるし…我々魔族は空を飛べるので階段も苦にならない。この風呂は癖になっちゃうよね。さすがのニムロデも、アルファに酒は飲ませても入浴の快感までは組み込まなかったと見える。ちょっと邪眼でアルファの結界の術式も解析してみるかな。基本構造は塔の結界と一緒だけど、飲食できる穴を空けてるんだから何とかなりそうな気がする…」
それを聞いたアルファが笑っているように見えたのは、気のせいでは無いなと三人は確信していた。
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