第8話 ミナレットにて(その4)
待ち合わせ場所は、街を出発する前の晩にグレゴリーと行った居酒屋だった。既に日も暮れていたのでグレゴリーとコウは先に一杯やっている。そのテーブルにアルファとクニオも座った。
「お疲れ様ですな。…アルファ殿は酒は…」
「頂きます」一応聞いてみたという感じのグレゴリーに、アルファの口からは意外な答えが返ってきた。彼には口らしきパーツはないが、顎の部分は顔から分離したパーツになっているので、なんとなく飲み食いができるように見えなくもない。
程なくクニオとアルファの分の酒が出てきたところで4人で乾杯した。
「しかしクエストの貼り紙を見て驚いたよ。報酬はアマリアの盾ってなってたけど本当に現存してるんだね」
「それって凄いものなんですか?」初めて聞く名前に、クニオはコウに聞いてみた。
「伝説級の盾だよ。物理攻撃はもちろん魔法攻撃を全て防ぐとかで、聞くところによると盾に結界が張ってあるらしい。凄いのはその結界で、モノによっては周辺の魔素を吸収することで効果が半永久的に続くらしい」コウの話を受けてアルファも口を開いた。
「私の主はお二方いらっしゃいます。そのお一人がアマリア様で、あのミナレットの結界もアマリア様がお作りになられました。塔の中は工房になっていて、アマリア様が作られた盾もひとつだけ保管されています」
「工房で盾を作っても、魔力を帯びたものは結界の外に出せないんじゃなかったの?」
「アマリア様はミナレットの結界と盾の結界は同じ術式だとおしゃってました。同じ結界術式同士であれば反発はしないそうです」
「ん?もしかしてアルファ君が纏っているその防御結界も同じもの?」コウが聞くと
「そうですが、それが何か?」さも当然だというようにアルファは答える。
「凄いな。アマリアの盾と同じ防御力で全身が包まれているんだ…ん?アルファ君は結界内には自由に出入りできるってこと?」
「もちろんそうなりますが、それが何か?」
勝手に結界の内外を行き来できないのは、魔力で動くゴーレムであるアルファも一緒だと思い込んでいたがそうではなかった。
「それでもう一人のご主人さまっていうのは?」コウはアルファに興味津々だ。
「アマリア様には将来を誓い合った、ニムロデ様という男性がいらっしゃいました。アマリア様は優秀な結界魔導士で、16歳になるころにはあの対物理防御と対魔法防御を併せ持つ結界術式を完成させたとのことです。一方ニムロデ様は転生者で練成士というレアジョブの持ち主でした。ゴーレムとしての私はニムロデ様に錬成されました。ニムロデ様はアマリア様の結界を熟知していて、その相性も考慮して盾を錬成されていたようです
「なるほどニムロデが錬成したものに、アマリアが結界を付与してたんだね。あのミナレットは二人の工房か…でもどうして二人は世間から隔絶された様な塔に住んでいたんだろう?」コウの疑問は最もだった。それほどに優れた防具を造り出せるならば、仕事の依頼も後を絶たないはずだ。
「お二人が作られた盾は実に素晴らしいもので、世間ではアマリアの盾と呼ばれて絶賛されました。しかしいつしかそれは人間と魔物や魔族との戦いだけではなく、人間同士の戦いの道具にもなっていったそうです。更にはそれを奪い合う事で争いすら起こるようになりました。そこでお二人は外界から隔絶した塔の中に工房を構えることにしました。盾はその戦いの理由に納得がいくものにだけ、都度オーダーメイドで提供することにしたそうです」
「アマリアの盾の話は数百年前の伝説のような話だから、流石にもうニムロデとアマリアは生きていないんだよね?普通の人間なら当然だけど……。それならもう結界で人や魔物の出入りを制限する必要はないんじゃないの?」コウはアルファに言った。
「しかし私は生前のお二人に、結界を守るようにとの命を受けました。それは遂行しないといけないでしょう?」アルファの口調が段々変わってきた。どうも体内に取り込んだ酒は言動にも影響を及ぼすようだ。ニムロデもなかなか粋なことをする。魔力は受け付けなくてもアルコールは透過するらしい。
「あの塔は自立するには細すぎるんです」酒が入ったのはクニオも同じことで、突然に話しを始めた。
「石材というのは思ったよりも丈夫で、種類にもよりますが上からの力にはかなり耐えられます。1000mの高さがある塔の重さにだって耐えてしまう。でも横からの力には材料の強さだけではどうにも耐えられない。100の重さがあれば地震がきたときは、横から20の力を受けると考えればいいです。風が吹いても一緒です。塔が高いほど重くなって横からの力も強くなる。あの細さでは普通は折れてしまうでしょう」
「何言ってるんだか分からないよ。とにかく普通に考えたら立ってられないってことだね」
「そうです。だから結界なんですよ。多分塔の材料には魔力が含まれていて、結界がはじくというか支えることで横への力を吸収してるんです。だから結界が解除されたら塔は倒れてしまう。うーん例えば長い鉛筆を机の上に立ててもすぐ倒れるでしょう?砂の山を鉛筆の高さぐらい盛っておいて、真ん中に鉛筆をぶっさせば砂の山が無くならない限りはまぁ倒れることは無い」
「その砂の役目を結界が果たしているという事ですな」グレゴリーにも分かってもらえた様なので、他の二人にも伝わったに違いない。
「それは知りませんでした。結界が無ければ塔は立っていられないという事ですね。で、あればナーガ様にそれを伝えれば解除はあきらめてくださるのではないでしょうか?」アルファの表情が…顔はないが明るくなった気がした。
「かもしれないけども…それじゃあ面白くない。誰だってあの塔に近づいて見てみたいですよね。中にも入ってみたい。ナーガさんだけじゃなくて私もそう思います。他者が入ることは今は禁止事項ではないんですよね?でも結界があるから入れない。結界を解除したら塔が倒れてしまう…」
「なにかしら考えているわけですな」グレゴリーはクニオとの付き合いが長くなってきた分察しがいい。
「なので三日後。三日後にもう一度今日の場所に伺います。それでナーガさんだけでなくアルファさんも納得できるような案を提示させていただきます」
そう言って4人はまた飲み続ける。当然つまみは先ほどナーガからもらった鳥の燻製肉だ。持ち込みが店の人にバレないように、コウが記憶操作していたという事は後で知った。陽気な酒宴になった。アルファが飲食可能で、しかも酒も飲めば酔っぱらうというのは、ニムロデとアマリアも望んでそうしたことは間違いなさそうだった。
深酒しなければ2日後でいいんじゃないかという話はこの際置いておこう。
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