谷間にて
第39話 谷間にて(その1)
キートの中心部までにはやや人通りの少ない谷間もあった。何度か馬車に追い抜かれたりすれ違ったりしたが、歩いている旅人の姿は見当たらない。民家などが見当たらないその風景にコルビーだけは退屈そうだったが、ハポンに来る前は三人でこういうところを歩くことが多かったので、二日酔い中とはいえ、その気分の悪さは気持ちのいい風とプラスマイナスゼロで一行はゆっくりと歩いていた。
「このペースだと宿があるところに着くのは夜になるかもしれませんね」ユキヒラは若干心配そうだ。
「ああ、野宿用に酒も用意してあるから心配はいらないよ」コウが言う。いや、特にユキヒラは酒の心配はしていないだろう。
「ここらは魔物が出ないんだね。まぁ酒がまだ抜けてないから動きたくはないけども」クニオが言った通り、タリヤ島のサダヒデの工房を出てからまだ魔物とは遭遇していない。
「魔物は出ないんですが、時間が遅くなってくると…」そう言ってからユキヒラは足を止めた。一行の前方にある岩陰から、人影がぞろぞろと出てきた。数十人はいるだろうか。
「あの手の盗賊も出たりするんでしょうね」ユキヒラはそう言って苦笑いをした。
「まだちょっと気持ち悪いからめんどくさいな。まとめて全部殺しちゃってもいいのかな?」コウがやれやれと言った感じで呟く。
「何か深い事情があるのやも知れませぬ。無駄な殺生はやめておきましょうぞ。拙僧はだいぶ酒が抜けてきましたゆえ、少し話をしてきましょう」そう言ってグレゴリーは4人を残して、盗賊の元へ一人で歩いていく。
「あ、お供します」そういってユキヒラは後を追いかける。あとに残されたコウとクニオにコルビーが話しかけた。
「盗賊というのは、人間が人間を襲うんですよね。折角魔物や魔獣を退治すればお金になるのに、なぜわざわざ人間を襲うんでしょうか?」
「このあたりは魔物が少ないみたいだから、それじゃあ生活が成り立たないんだろうよ」コウが面倒くさそうに答える。
「魔王軍がいないと人間同士が戦いを始めるのと同じかもね」クニオは言った。この世界では魔王は勇者に倒されると転生する。そうして15~20年後に成体になったところでまた正式に魔王になるという歴史が繰り返されている。魔王が出現するまでは、まとまりのない魔族は魔王軍としての体をなさない。一時期魔王不在の期間が長く続いたことがあったが、外敵がいない状態だと今度は人間同士が戦争を始めてしまった。
「もし魔物が人間を襲う存在でなければ、魔物を倒してお金や素材を奪う行為は盗賊と一緒になってしまいますよね。魔物が人間を襲うのは、もしかしたら人間に罪悪感を抱かせないため…やっぱり魔物の存在は人間に都合がよすぎるような気がします」コルビーは少しずつ答えに近づいているのかもしれないなとクニオは思った。
「あ、なんか始まった!」盗賊の方に歩いて行った二人を見ていたコウが叫んだ。
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