第6話 ミナレットにて(その2)

「エレナ様、ナーガ様がお探しになられていましたよ」ゴーレムはそう魔族の少女に語り掛けた。この少女の名前はエレナというらしい。


「え、ナーガ様が?すぐにいかなくちゃ」彼女は目の前のおもちゃに対する興味が一瞬のうちに覚めたように、伸ばしていた背中の羽をたたむと、すぐにその場をどこかへ立ち去って行ってしまった。


 その姿を見送ってから、ベージュ色のゴーレムは今度は我々に向かって話しかけてきた。

「冒険者の方々とお見受け致します」

「此度は仲間の命をお救い頂きありがとうございます。いかにも拙僧らは旅の冒険者ですが、それが何か?」対外的には最年長に見えるグレゴリーが答えた。

「私はゴーレムのアルファと申します。最近は付近の街のギルドまで、こうして定期的に依頼を出しに通っております。ミナレットの結界維持についてのクエストはご覧になられましたでしょうか?」


 そう言われてクニオは旅立つ前の街の記憶を辿ってみたが、どうにも全く覚えがない。魔王城への興味が先行して、ギルドに貼り出されていた個別のクエスト依頼などは、あまりよく見ていなかった。色々な情報を得られただろうに反省だ。


「申し訳ない。全く記憶にございませんな。」グレゴリーも同じらしい。

「そうですか、依頼を受けていらしたわけではないんですね。」アルファは少しがっかりした面持ちで…ゴーレムなので面持ちもないのだが、こちらを向いて軽く会釈をすると、街の方に向かって歩きだした。


「拙僧らも丁度街へ向かっているところです。もしよろしければクエストの内容をお教え願えませんか?既にギルドに掲示されているのであれば、お引き受けするにも一度街に行く必要はありますから…」と、グレゴリーが言った。


 各クエストの依頼は、もちろん個人的に各パーティーに対して直接行われることもある。但し、ギルドにも依頼を出している場合は重複や混乱を避けるために、ギルドの方は一旦取り下げ申請をするのが慣例になっている。我々はアルファの依頼内容を街へ移動しながら聞くことにした。クエストへの興味というよりは、この美しいフォルムのゴーレムに対して三人は興味を抱いていた。


「みなさんミナレットの存在はご存知かと思います。今ここからは森が深くて見えませんが、街に近づくかまた逆に魔王城の方へ進んで木々が少ないところでは見えていたと思います」アルファは話し始めた。


「あの街から近い細い塔だよね。塔型ダンジョンにしては細いし、誰が作ったんだろうというのは一時期話題になっていた。」コウが言った。そう。クニオもグレゴリーもその存在は知っていた。通常この世界においてダンジョンと言えば大別して3種類のタイプに分けられる。人工的かどうかは別にして地下に潜っていくもの、上下の移動は少なく水平方向に広がっているもの、最後の一つが塔状で上に登っていくものだ。


 今、話に出ているここから近いミナレットと呼ばれるものは、ダンジョンにしては細すぎる。あまりに細くて中に入れば、迷うことなくたちまち上まで登ってしまえる事だろう。


 では既に攻略されているのかと言えば、周囲を含めて強力な結界が張り巡らされていて、誰も近づく事ができないという話だった。そもそもダンジョンかどうかも怪しい。クエストの存在には気が付かなかったが、街から見えていたその構造物には興味が沸いたので、クニオが人から聞いた話ではある。


「あのミナレットを作られたのは私の主です」サラッといいのけたアルファを、三人は少し驚いた顔で注視した。

「そうでしたか。ダンジョンらしからぬとは思ってました。しかし拙僧達が聞いた話では、あのミナレットは数百年以上前からそこ存在しているとか…魔王城とどちらが古くからあるのかもはっきりしなかった」グレゴリーの言うとおりだった。もし同じ人物がこのゴーレムを作ったとすれば、それは数百年は前の話だ。コウが言った一時期というのも相当前の話なのだろう。


「そのミナレットなんですが、最近一人の魔族が現れて中に入りたいと言いだしました。ご存知かもしれませんがミナレットは結界で囲まれていて、人間はおろか魔族も魔獣も近づくことはできません。魔力を帯びたものは生物だけでなく、物質であっても通過できない様になっています。魔族の方にもその旨説明差し上げたんですが、自分が結界を解析して解除するとおっしゃられまして…もう半年ほど結界の麓に住まわれて、ずっと解析を続けられていらっしゃいます」


「もしかしてその魔族がさっき言ってたナーガ?」コウが聞く

「左様でございます。ナーガ様と名乗られました」アルファがそう答えると、コウは立ち止まって眼を閉じた。

「それはやっかいだね」コウがつぶやく。

「ナーガというとまさか魔王軍幹部の?」グレゴリーも歩を止めた。

「同姓同名じゃなきゃ七大魔将軍というやつだよ…そりゃそのクエストは誰も関わり合いたくないだろうな…ちなみにアルファ君だっけ?君はかなり強そうだけど、半年間黙って見ていたわけ?」


「私ども…ゴーレムはミナレットに複数体存在していますが、主の意向で人間にも魔族にも危害を加えることはできないようになっています。そこでどなたか代わりに結界の解除をやめるように、説得して頂ける方を探しているという次第です」


「倒すんじゃないんだ。うーん…先にそのミナレットと結界を見ておいた方が良さそうな話だな~。クニオはアルファ君と一緒に、いったん戻ってミナレットと結界を見てきてよ?私とグレゴリーは先に街に行っておくので…。私らが行って魔族と遭遇したらややこしいことになるかもしれないけど、クニオぐらい弱ければ問題ないでしょう。あ、魔物には気を付けてね。そこのところはアルファ君がいれば安心だと思うけど。依頼を受けるかどうかはそれからかな」コウの提案にアルファは頷いた。クニオも嫌とは言えない雰囲気だ。さっきエレナとか言う魔族の少女に殺されそうになったことはみんな忘れているらしい。


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