第7話 ミナレットにて(その3)

 数十分後、クニオとアルファは結界の麓にいた。先ほど歩いていた街道からは驚くほどに近かった。アルファの話だと結界は平面的には、ミナレットを中心にして半径が1km近くあるとの事で、ここからミナレットまでの距離も約1kmあるということになる。ここに来るまでにも木々の間から、場所によっては空に伸びるミナレットが所々で見えていた。


「先ほどの説明によると、この結界は魔力を帯びたものは通り抜けができないということでしたよね?」そう言いながらクニオは結界があるというその場所に手を伸ばしてみた。結界そのものは無色透明の様だが、空気が歪んでいるというかその先の風景が少し揺らいでるようにも見えて、地面にも線上の溝があるのでそこに何かしらの壁の様なものがある事は分かった。クニオが結界に手を触れたところで、特に刺激の様なものは無く、ただそこから先に手を差し入れることはできないだけだった。弾力は無く暖かくも冷たくもない。


「自慢ではないですが私の魔力量はかなり少ないんです。それでも通ることはできないみたいですね」

「そうですね。人間に限らず魔物も魔獣もその強弱に関わらず通ることはできません。生物でなくて物質でも同じです。逆に魔力さえ帯びてなければ通り抜け出来ます」


「なるほど、雨や風は透過するんですね?」

「魔法を使って引き起こした現象でない限りはそうなります」アルファはそう言ってから、少し先の方へ顔を向けた。結界に沿って地面に刻まれた線の先には一張のテントがあった。「そうしてあそこにいらっしゃる方がナーガ様です」いや、七大魔将軍を紹介してほしいと言った覚えはないのに、クニオは嫌な汗をかいていた。


 テントはワンポールテントというやつで、出入り口と思われるところには庇の様に布が突き出ていて、2本の木の枝で支えられていた。庇の下には一人の魔族とおぼしき男が、地面の上に布を広げてあぐらをかいて座っている。先だってお邪魔した魔王城の案内人アドミンは極めてきちんとした服装をしていたが彼は違っていた。動きやすそうなぶかぶかのズボンに、上半身は薄汚れた長袖のシャツを着ている。ちょっとイメージしていた七大魔将軍とは違っていたがそれはまぁいい。更に普通と違っていたのは、両目は瞑っているのに、額にももうひとつ目があってそれは大きく見開いていたところだ。


「あの額の邪眼で結界の解析をされているそうです」アルファが教えてくれた。


 こちらの存在に気が付いていないはずはないので、殺すつもりであれば逃げることもできないはずだ。仕方がないのでクニオは渋々、アルファの後ろを付いていった。


 二人がナーガの元に近づくと、彼は額の目を閉じて代わりに両目を開けた。こちらにその顔を向けると…これもまたイメージとは違う柔らかい笑みを浮かべて話しかけてきた。


「来客は久々です…先ほどエレナが言っていた方ですね。今丁度鳥肉の燻製がいい感じにあがるところなので、一口どうですか」と、言いながら目前に置いて炭火であぶっていた金属製の箱のようなものの蓋を開けた。箱の中からはいい香りの煙があたりに広がって、煙の中からは網の上に置かれた肉片が現れた。


「スモークチップをブナにしてみたんですよ。渋みがあるからブナは魚の方が向いているなんて言いますが、鳥肉も悪くないと思うんですよね」肉片のいくつかを串で刺しては、皿に移し替えてからナーガは言った。

「あれでしょ?アルファが一緒という事は、結界の解除を止めに来たんでしょう?」

そういってナーガは鳥肉の一片を頬張り、木々の隙間からミナレットの方を見あげた。肉を何度か咀嚼してから飲み込んで、うんいけると言ってからクニオの方は見ずに、塔を見ながら話を続けた。


「あの塔は遠目に見てもかっこいいですよね。でも1kmから先には近づくことができない。近くで見たくなりませんか?」言われてクニオもミナッレトの方を見る。改めてみると確かに美しい塔だ。1km先なので細部は分からないが、よくある城の塔に比べれば遥かに高いし、塔状のダンジョンとは違って細く空に長く伸びていくフォルムが美しい。自然に地面から生えてきたかのような、石とも土ともつかない素材感が遠目にも伝わってくる。実際には模様や装飾が施されているのだろうか?遠くからではよく分からない。これは確かに近くで見てみたい構造物だ。


「そういわれたらそうですよね」クニオの発言にアルファは不安そうだ。

「そもそもなぜ結界を解除したらいけないんでしょうか?」クニオはナーガではなくアルファに聞いてみた。依頼内容はともかく肝心の理由を全く聞いていなかった。

「私は主にこの結界を保守するように命を受けています。理由は特に聞いてはおりませんが…」


 それを聞いてナーガは言う。

「ね、納得できないでしょう?ちゃんとした理由を説明してもらわないと…、あんなかっこいい塔は近くで見てみたい…なんだったら中に入って一番上から見える景色も眺めてみたいと思うのが人情だよね?魔族だけど」まずい。これはクニオ的にはどうにもナーガの発言に惹かれてしまう。


「アルファさんの主という人は、何かこの中に守りたいものでもあったんじゃないでしょうか?あえて魔力を持つものに限って通れなくしているわけですし…」クニオがそういうとアルファは

「人間や魔物を通さないという目的が当初はあったようです。ただ僅かに魔力を帯びているだけで、ものが自由に往来できないのはこの結界の問題点だとも主はおっしゃってました」


「当初ってことは今は必要ないんですかね?必要ないものなら解除してもいいような気がしますが、なんでアルファさんに保守を頼んだんだろう?保守をするという事は維持をするという事ですよね…」クニオはミナレットを見ながら考えこむ。


「この塔の高さはどれくらいあるんでしょうか?」クニオはアルファに聞いたのだがその質問にはナーガが先に答えてくれた。

「1000mくらいらしいよ」

「結界の半径と同じくらいなんですね。丁度ミナレットを中心とした半球状なわけですか…なるほど…」


 クニオはアルファに質問する。

「建設時にはアルファさんも立ち会ってたんですか?」

「立ち会うというか私も塔の建設作業に加わってました」その答えを聞いて、ああ、もしかしたらアルファは建設時の労働力として生み出された存在なのかもしれないなとクニオは思った。


「大まかな作業工程を教えていただけますか?」

「まず材料となる石を切り出して、建設予定場所付近に平積みしました。それから結界を張って、その後塔の形に石を積み上げていきました。結界は塔が高くなる度に何度か張り直しされていました」

「なるほど…」そう言うとクニオはまたしばらく考えたのち、ナーガに話しかけた。

「ナーガさんは結界の解析にはあとどれぐらいかかりそうなんでしょうか?」


「あと数週間はかかると思うよ。納得のいく理由がない限りはやめる気はないよ。僕はそういう人だから…あ、魔族だけど」

「それはなんとなく了解しています。数日後もう一度話をさせてください。それで納得が行かなければ私には止める力はありません」


「分かった。折角だから燻製ももっていきなよ。エレナが言ってたけど仲間がいるんでしょう?お返しは今度会う時のお土産にお酒でいいから」まだ魔王城で交換した魔族の酒は飲んでいないが、魔族も酒好きが多いようだ。


 ゴーレムであるアルファには表情というものはないが、困惑しているであろう事はなんとなく感じとれる。クニオはそこにはあえて触れずに

「さ、街へ急ぎましょう」と声をかけた。

 

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