ミナレットにて
第5話 ミナレットにて(その1)
三人は魔王城へと続く街道を、クニオとグレゴリーが出発した街へと徒歩で引き返していた。森と呼んでもいいほどに木々が増えてきたので、記憶によれば街も近い。往路でせっせと経験値獲得に励んでいたので、復路ではレベルの上がったクニオも積極的に戦闘に参加していた…参加はしていたが役に立っているかどうかは別問題だ。
ただ、町に近づくにつれ魔物のレベルも下がってきたので、実戦経験を積むという意味でクニオは場合によっては一人で戦わされていた。
「しかしクニオはなかなか強くならないな…」コウの発言には遠慮がない。
「まぁまぁコウ殿。クニオ殿にはこれといって見るべきところもないが、その代わりに決定的なウィークポイントもない。経験さえ積めばそれなりに戦えるようになりましょうぞ」グレゴリーにも結構ひどいことを言われているような気がする。
「それって全てがウィークポイントって事なんじゃないかな?まぁ見てる分には結構楽しめるけど」コウに輪をかけてバカにされたところで、オオカミ型の魔獣が3体視界に入った。さぁ行った行ったとコウに手で指示されてクニオはオオカミの元へ向かう。
戦うと言ってもクニオには戦闘用の魔法は使えない。回復魔法も無理だ。ゾーニングとプランニングのスキルの他は、一般の人が日常生活で使う簡単な魔法ぐらいしか使えない。なので攻撃手段は唯一所持している細身の刀だけだ。ステータス値も凡庸なのでそれも大した攻撃力は持たない。
「威力はともかくあの刀っていうやつだけは、なかなかうまく使うよね」コウがグレゴリーに話しかける。
「何でも前世で少々心得があったとおっしゃってましたな…しかしあのオオカミ、一頭亜種が混ざってませんか?これは勝てそうにない。まぁ万が一の時はコウ殿が蘇生魔法を使えばよいですかな」
「ん?私蘇生魔法なんか使えないよ。風水師だから。あなた僧侶なんでしょ」
「いや、拙僧普通の僧侶とは違って、そのあたりの魔法はさっぱり…」
二人がクニオの方を見ると、彼は魔獣の方へ向かう前に森の枝をやたらめったら切りまくっていた。街道に切られた枝が散乱するのを見届けてから、一旦後退して距離をとっている。
一瞬の後狼たちは先ほどの小枝を踏み潰しながらクニオに襲い掛かる…前に小枝に脚をとられた。勢いがついていただけに、直ぐには体制が立て直せないでいるうちに、クニオが三匹すべてを切り捨てた。
「あれ、なんか急に強くなった?」コウが驚いていると、
「あれは年寄りなどが使う『重い荷物を軽くする魔法』ですな。普段と違う落ち枝の感触なので、オオカミたちは脚をとられたというわけですか」グレゴリーも感心している。
「いつでも強い方が勝つんじゃおもしろくないでしょう?」クニオが二人の方を見て得意気に語りかけてくる。
「…ショボすぎて話にならない。まぁ面白いからいいけど」そう言いながらけらけら笑うコウを見て、グレゴリーもガハハと大きな声で笑った。
と、二人の笑い声が突然止まった。
あたりの雰囲気が一変したのだ。一瞬の静寂ののち、森の奥から人影が現れた。
遠目には少女のように見えるが、人間でないことはすぐに分かった。黒いゴシック調の服をまとった彼女の頭部には二本の小さなつのが生えている。背中にも折りたたまれた翼のようなものがついているのがちらりと見えている。…魔族だ。
「なんでこんな人の街の近くに魔族がいるのか分かりませんが、流石にこれはクニオ殿を一人で戦わせるわけにはいきませぬな」
「概ねは賛成だけど、それなりの魔族なら私たち二人が後ろにいて戦いを挑んでくるわけはないでしょう?仕掛けてくるなら仕掛けてくるで大した相手ではないだろうから、様子を見てみるのも面白いかもよ。本人も強い方が勝つわけじゃないってさっき豪語していたし…蘇生魔法は使えないけども、復活アイテムなら持ってるから」
「先ほどはケチられましたな」ニヤリと笑うグレゴリーに
「そのレベルの僧侶で蘇生魔法が使えないとは思わないでしょう普通。復活アイテムは高いのよ。それで何杯酒が飲めると思ってるの」とコウは答えた。
「コウ殿は意外としっかり者ですな」グレゴリーは微笑む。
魔族の少女は警戒する風でもなくスタスタとクニオの方へ歩み寄る。途中で先ほどの街道にばらまかれた小枝を踏んで感触を確かめている。
「こんな魔法は初めて見た。今まで戦った相手でこんな魔法を使う相手はいなかった」そう言われてクニオは『そりゃそうだろう』と頭の中で呟いた。こんなお年寄りが買い物時に使うような日常魔法を、戦闘時に使う馬鹿はそうそういないだろう。
「完全に無重量にするのではなく、通常時からちょっと違和感を感じるくらいにするんだね」いや、狙ってそうしてるわけでなくて、それぐらいしか効果の出ない魔法というだけなのだが…。
「それに君からは魔力を殆ど感じない。ステータスも驚くほどに低くて、隠蔽魔法の使い手であればかなりの手練れだね。今ご主人様が忙しくて相手をしてくれないんだよね。よかったら私と手合わせしてみない?後ろのお二人さんちょっと彼を貸してもらってもいいだろうか?」
「何を勘違いしてるのかは分かりませんが、手合わせするまでもなく即死ですな」
「即死よね」二人は小声で呟きあう。
「復活アイテムを無駄使いする前に、止めておくのがよさそうですな」グレゴリーの提案にコウも頷いた。
「申し訳ないが先を急ぐ故、提案には同意しかねますな。もし戦うという事であれば3人パーティーとして相手をさせて頂くことになりますが、それでもよろしいかな」大きな声でそう叫ぶグレゴリーの言葉を聞いて、魔族の少女は不満顔だ。
「ちょっとだけ」そう言ったかどうかの間に少女の背中にあった羽根状のものが広がり、鋭利な刃物となって、クニオの首のあたりに襲い掛かる。あまりの速さにクニオは反応するどころか、気付くこともできない。グレゴリーとコウが助けようにも間に合いそうもない。
クニオの首が飛んだ…と思った瞬間。その鋭い刃は固いものぶつかるような音を立てて止まった。止めたのは甲羅に包まれたベージュ色の腕であった。いや、ベージュ色なのは腕だけではない。全身が同色で、甲羅の様なものは防具ではなく、全身がそれに包まれていた。人に近い形をしているが、それはとても均整がとれていた。彫刻作品の様で、つい見惚れてしまうような美しいボディラインをしている。
「きれいなゴーレムだね。それに魔力の動力変換に淀みがなくて速い」コウはつぶやいた。
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