第4話 魔王城にて

 夕日で赤く燃えるような空の下、一応男女なので交代で湯船につかった後に焚火を囲んで宴が始まった。徒歩での旅路だがクニオとグレゴリーの荷物は1/4ぐらいは酒だった。水や食料は森でもどこでも現地調達すればよかったが、酒はそうはいかない。これには二人とも異論は無かった。コウはコウで多分とてつもない量を収納できるであろうマジックアイテムの袋を持っていたが、そこから大量の酒を取り出した。


「で、さっきの話。魔王城を見に行くと言ってたね。それは何かのクエストなのか?」コウに聞かれてクニオは答える。

「依頼者はいないですよ。単に見たいという事もあるし、内観や外観を絵にかいてガイドブックを出版したら面白いかなと…」

「魔王城の観光とガイドブック作成…誰に頼まれたわけでもなく…変わったことを考える人たちだね。でもここからは結構強い魔物も出現するのに、君たち二人じゃ難しいんじゃない?そっちのグレゴリー君はなかなかやるようだけども…」コウがいう事も最もだった。クニオもある程度はレベルが上がってきたものの、はっきり言ってこのあたりの魔物のレベルでも既に戦力外に等しかった。


「しかし私も随分長く生きてるけども建築士というジョブは初めて聞いたな。いや、破壊僧も初めてか。ただそっちのほうは何となく予想が付くけど、建築士ってのは一体何なんだい?」


「実は私にもまだ良く分かりません。異世界からの転生者はレアジョブになることが多いとは聞いています。最近少しずつ前世の記憶がよみがえって来て、自分が転生者であることが分かりました。まだ記憶にはあやふやな部分も多いんですが、前世は異世界で建築士という職についていました。業としては建築物を設計したり、リノベーションといって建物の中を改装する計画を立てたりします。時々変な知識が出たりするのは、前世の記憶の影響みたいですね」


「フフフ、よくわからいけど面白そうな人たちだね」コウは楽しそうに笑っている。

「…決めた。魔王城には私も一緒についていく。魔族と人間が戦うってのは世界の調和の一つだから止めようもないし、たまーに出てくる魔王とやらにも特に興味は無かったんだけど、丁度また退屈してきたところなのでいい暇つぶしにはなりそうだ」そう言って彼女は二人に握手を求めた。


 それから初めての三人の旅が始まった。コウの風魔法を使えば魔王城まで行くのはすぐの話ではあったが、もとよりクニオのレベルアップのために徒歩を選んでいたわけで、コウも基本的には暇を潰すためについてきているだけなので、先を急ぐ理由はどこにもない。道中様々な魔物との戦いや人々との交流もあったがそれはまた違う機会に紹介するとして、とにかく程なくして三人は魔王城に辿り着いた。


 魔族は基本的に自分より明らかに強いものにしかつき従うことはしない。なので明らかに強大である魔王が存在しているうちは、その下に付き従う形で全体としての統制もとれているのだが、魔王が討伐されてしまった現在、幹部であった魔族の実力は拮抗していたので、とても一つの事を行うような統制をとれるはずもなかった。


 それぞれが各地に散らばり、それぞれの価値観と行動原理で活動をしている。個別でもかなりの力をもつ魔族ではあるが、部下は持てても実力が拮抗する幹部同士では協業できないので、逆に組織立って防衛をする人間たちにはおいそれと手出しもできなくなってしまった。


 では魔王城は留守になっていて何者もいないのかと言えばそうではなかった。三人が魔王城の前に立った時、その城門は固く閉ざされていた。全員が出て行ったのであれば開かれていそうなものだが閉じていた。わざわざ戸締りをしてから、空を飛んで去ったわけでもあるまい。固く閉じた門扉には勝手に出入りをするなという意思を感じる。


「こういう時はどうしたらいいんですかね?」クニオは二人にそう問いかけた。

「ぶっ壊していいんじゃないの?」そういうコウに、

「門扉の手入れも行き届いているようですし、むやみにものを壊すというのは礼節に欠けているような気がしますな」と、グレゴリーは意見した。

「ノックしましょうか?」と、クニオが言ったところで扉があいた。


 扉には外開きと内開きがある。前世のクニオの暮らした国では玄関扉は外開きと相場が決まっていた。が、場所によっては人を迎え入れるという意味で内開きになっていたりもした。魔王城の門扉は内開きであった。いきなりイメージと違った。

そうしてフルオープンした観音開きの扉があいた先には、一人の魔族とおぼしき人物が立っていた。仕立てのいい黒いスーツを着て、背筋の伸びた姿勢のいいその伊達紳士の様な魔族は、シルエットを上まで見れば頭の左右に立派なつのが生えていた。


 彼は三人に軽く会釈をすると「本日はどのようなご用件でしょうか?」と丁寧な口調で言った。人間が魔族と対峙したのだから、普通に考えればすぐにでも戦闘に入っておかしくない状況だ。しかし三人はその魔族から敵意を感じることは無かったので、クニオはひとまず状況説明をすることにした。

「現在魔王がご不在なことは存じ上げておりますが、城の中を拝見させていただけないものかとお訪ねした次第です。可能であればこのように絵などにも描かせていただきたいと思っています」そう言ってクニオは『史跡の歩き方』シリーズでも特に出来がよかったと自分では評価している、現存する人間世界の城に関した一冊をその魔族に手渡した。


 彼は興味深そうにガイド本を眺めている。人間の文字も読める様だ。読み進むスピードは人間とは比較にならない。人間でいえば速読するようなスピードであっという間に最後まで目を通してしまったようだ。


「これは素晴らしいですね。特にこの建物の描写が素晴らしい。それでいて個人の情報や防衛の障害になるような情報は上手く伏せてある。魔王城に関してもこのような本にまとめたいという事ですね」そう言ってその魔族は本をクニオに丁寧に返却した。


「失礼しました。自己紹介がまだでした。私はこの魔王城を管理している魔族のアドミンと申します。ご存知の通り魔王様がいらっしゃらなくなって、魔王軍の幹部は四方八方へ散っていってしまいました。しかし私はこの魔王様が暮らした城がただ朽ちていくのは耐えられず、残ってこうして管理をさせて頂いております」


「分かります。この手入れの行き届いた城門を見ただけで、どれだけ愛情をもってこの建物が管理されているのかが伝わってきました。私が前世を過ごした異世界では少々古くなった、使い勝手が悪くなったなどの理由で簡単に建物を壊していました。それこそ悪魔の所業です」口に出してみて魔族は悪魔とは違うのだろうかという疑問が沸いた。


「趣旨は了解しました。魔王様は現在ご不在ですが、ご存命であってもきっとそのような記録を残すことに反対はなさらないでしょう。私が中を案内させていただきます」


「人間を見て戦うでもなく、城の中にまで入れてしまって本当にいいのかい?」コウが尋ねる。

「戦う…。魔物は動物と変わりません。生存本能や闘争への衝動に駆られて人間に攻撃を行うこともあるでしょう。しかし魔族である我々は理由がない限りは戦うことは致しません。優劣をつけるための力比べということはあるかもしれませんが、特にエルフの貴殿には傷一つ負わせるイメージが湧きません。魔王様もいらっしゃらない今、人間と闘う理由は私には見当たりません」


「なるほど。じゃあ案内ついでに魔族の食事や酒も試せたらうれしいな。もちろんこちらからもそれ相応のものは提供するので交換しよう」コウの発言に、クニオは何を言ってるんだこの人はと一瞬思ったが、それも絵にかいて本に書き加えたらとんでもなく面白そうだと思ってしまって何も言う事は出来なかった。


 三人はアドミンのあとをついていく。人間の城であれば城門の横には衛兵の詰め所があって、中心部の建物に行く経路はわざと複雑にして、侵入者を横から攻撃できる様なポイントをいくつも設けてあるのが普通だ。しかし魔王城は違った。門扉の周りには何もなくて、中央奥にある建物までは太い真っすぐな道と両サイドには手入れの行き届いた庭園が広がっていた。


「城というよりは宮殿ですね」そういうクニオにアドミンは答える。

「言いえて妙です。城とはいってもここは戦いの拠点というより、魔王様の居住場所です。人間の王が国で一番強いというのは聞いたことがありませんが、魔王軍の最大戦力は魔王様です。魔王様が倒されれば魔王軍にはそれ以上の戦力はありませんし、戦いを続けても無意味です」


 城門から建物へ続く道は宮殿の庭園然としていたが、ひとたび建物に入ればそこは人間の城に抱くイメージにだいぶ近い空間だった。玄関ホール状の空間から正面に進めば控えの間があって、その奥に謁見の広間がある。中央前方には玉座もある。更に玉座の裏手にある扉から進めば魔王の居住ゾーンがあるそうだ。


 そこから先は魔王のプライベートゾーンという事で見せてはもらえなかった。玄関から謁見の間に続く直線上の配置の左右には中庭を挟んで、厨房や側近たちの居室が配置されていた。中庭の存在が秀逸だ。これであれば全ての室に光が入るし空気が籠ることも無いだろう。建物中央にはシンボルとしての塔状部分はあるが、平面的にはそれほど大きくないので中庭に大きな影を落とすこともない。


 厨房ゾーンには隣接して食品庫と会食ができる大広間があった。魔王は普段の食事は居住空間でとるので、ここは部下や来賓と会食をするときにしか使わないらしい。


「魔王への来賓というのはどういう方々なのですか?」クニオは尋ねてみたが、アドミンは人差し指を口の前に立てて「それはちょっと申し上げられません」といたずらっぽい笑顔を浮かべて答えてはくれなかった。


 その後コウのリクエスト通り魔族の食事を御馳走になり、お酒の交換をした。コウもグレゴリーもその場で魔族の酒を飲みたがったが、流石に酔った勢いで魔王城に泊めてもらうわけにもいかないので、クニオのわずかな良識でかろうじて踏みとどまった。きっと地下には監禁室や拷問室もあるのだろう。そんなところに泊まることになるのは御免だと思ったが、あとで思い返すとそれはそれで貴重な体験だったかなと少しだけ後悔した。


 一通り城の中を案内してもらいながら、絵になりそうなところはラフスケッチをした。詳細はクニオの空間認識のスキルで得た情報であとで補足すればいい。武器庫やその他戦闘に関して重要そうな場所はアドミンも案内はしなかったし、無理に見せてもらおうとも思わなかった。最後にアドミンにお礼とあいさつをして、もし人間の国に来ることがあれば案内しますと約束を交わして魔王城をあとにした。


「しかし魔王城は誰が設計したんですかね。魔族にも建築士がいるんだろうか?適当に必要なものだけを配置していっても、あの統一感と美しさは出ない。いつか話してみたいなー」そう感想を述べるクニオにグレゴリーはうんうんと相槌を打っているが、コウは特に反応しない。


「建物よりも魔族料理が美味かったな。…でもあれって材料に人肉は使ってないだろうな…さすがにそれはちょっと引く…」どうもコウの関心は住よりも食の方に重きがあるようだ。


「さぁ、ゾーニングで解析できるのはたんぱく質だとかそれぐらいのレベルなので私には分かりません。魔獣と違って魔族は人を食べたりはしないんじゃないですか?しかし浴室と便所を見れなかったのは残念でした。食事の際に借りればよかった。便所見学は建築物観光の基本なのに…」


「観光って言い切っちゃった…」コウはあきれ顔だ。

「魔王はともかく魔族には魔獣に近い体のものも存在すると聞いています。それぞれ排泄方法もちがうでしょうから、そのあたりの問題をどう解決しているのか見たかった。性別もどうしているのか…」クニオのつぶやきは止まらない。


「魔族は擬態が得意と聞き及びます故、基本的には人間と同様なのではないですかな。清掃するにしても管理するにしてもその方が合理的でしょう」だいぶグレゴリーも建築脳に毒されてきたなとクニオは思った。


「で、君たちはこれからどうするの?」コウは二人に尋ねる。

「思ったんです。コウさんは魔王と人間の戦いも世界の調和のひとつだと前に言いましたよね。でも調和の形は一つでは無いはずです。私のスキル、プランニングと一緒です。組み合わせ方ひとつで、同じ要素でもどうにでも変わります。人間の街から魔王城へ続くこの街道に新しい町がどんどんできて行ったら面白くないですかね。次に魔王が現れたときに人間と戦う気が起きなくなるような町がいい。今の人間の町は中央に城があって店舗や宿のある城下町がまわりに広がっていて、更にその周りに家があって城壁があって外側に田畑が広がっている。円形で閉じています。とても排他的で攻めたくなってしまう」この世界の人間の町、都の城主は王様で、地方は領主の違いはあるが大体そんな感じだ。


「長くて開いた町はどうでしょう。これを街道を中心に店舗や宿を両サイドに、その後ろに住宅があってさらに後ろに田畑がある。そうやって街道の向かう方向には伸びて行けるようにしておけば、どんどん町は長く伸びていきます。いつか魔王城と人の街が繋がるかもしれない。とりあえず帰り道も温泉に浸かって色々と考えてみましょう。ああ、それで男湯と女湯の仕切りのデザインを考えてみたんで、ちょっと見てもらえますかね」そういうとクニオはザックから白い紙を取り出してさらさらとスケッチを始めた。「この仕切りであれば男女に湯船を分けてもゆっくりと会話をすることができると思うんです」


「風呂の仕切りはお任せするが、街道ぐらいに長い町ですか。面白そうですな。私もそれは見てみたい」グレゴリーは笑っている。

「うん。君たちといるとやっぱり退屈しなさそうだ。私もパーティーに入れてもらっていいかな?」コウも温泉の仕切りのデザインには興味が無さそうだった。


 こうしてパーティー『キュリオシティーズ(物好きな三人)』は結成された。

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