僻地にて

第10話 僻地にて(その1)

 コウはいつものように浴槽の淵に肘をついて外を眺めていた。この大展望風呂は今では『アマリアの湯』と呼ばれて、街道沿いの観光名所になっている。


 この大展望風呂にたどり着くには1000mもの高さを階段で登ってくる必要がある。普通の建物ならば250階の高さだ。それだけ汗をかいた者だけが、この展望を満喫して入浴することができる。ただ逆にこの面倒くささがが無ければ、人が多くなりすぎてこんなにゆっくり浸かることはできないだろう。


 今日はとても天気がいい。遠くに魔王城がきれいに見えている。コウはこの大展望風呂ができてから何年経ったのかを考えてみた。数えてみようかと思ったが、すぐには分からなそうなので早々にあきらめた。長寿な種族であるエルフのコウには同族の友人はいない。今でも実体験であの頃の昔話ができるのは、エルフほどではないが寿命が長い魔族と、年齢不詳の魔王ぐらいになってしまった。


 そうか、今度会ったときに現魔王の年齢を聞いてみれば、大体は分かるかもしれないなと思った。


-----------------------------------------------------------------------------------------------


 コウとグレゴリーとクニオの三人は馬車の中にいた。遡る事数日前、相変わらずの飲みの席で、一体何の酒が美味しいかという話になった。コウは葡萄酒、グレゴリーはビールだと主張したが、その席でクニオは日本酒が好きだとつい口を滑らしてしまった。


 クニオもこの世界に転生して長い。ここでの主食は小麦が中心であり、今まで米食を見たことは無かった。もちろん日本酒もだ。ただ、以前中央図書館で調べたところ、この世界に米が全く存在していないわけでもない事を知った。調べ始めると止まらない質なので、稲作に適した多湿で降雨量の多い地方を、地理や気候学の本から割り出した。


 次にそこに関した文献にもくまなく目を通し、かなり辺境地域ではあるものの、ハポンという地方ではどうも稲作が行われていそうだという感触を得た。場所が辺境過ぎて文献は少なく断言はできない。それでもいつかは行って見たい場所の一つという認識でいた。


 ただ日本酒から始まって、二人にそれは何から作るんだと聞かれて、ついつい米のおいしさも熱く語ってしまった。更にはハポンに行けば、もしかすると米も日本酒もあるかもしれないと口を滑らしてしまった。そうなるともう、行って見ようという話にしかならないのがこのパーティー『キュリオシティーズ(物好きな三人)』だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る