第11話 僻地にて(その2)
ハポンへの道のりは予想通りの長旅だった。コウの魔法を使えば移動する手は他にもありそうだったが、別に急ぐ理由も無いので馬車を乗り継いで三人で向かうことにした。流石に徒歩で行くような場所では無い。馬車だけでなく船も乗り継いで、到着までには数十日を要した。これで日本酒…それどころか米すらも存在しなかったら自分はどうなるんだろう?そんな不安が道中クニオの頭から消えることは無かった。
最後の船移動を終えて、ハポン地方まではあとは陸路だけという港町で三人は宿をとった。夜は相変わらず酒場での乾杯だ。ここまで来れば日本酒もあるんじゃないかと思って、お店の人に聞いてみた。店員はマスターにまで聞いてくれたのだが、日本酒どころか米もよく分からないという。そもそも米という穀物を知らなければ日本酒の説明のしようがない。
ただハポン地方には麦以外の穀物を醸造して作る酒があるという話は聞いたことがあるという。最後の港町と言っても、ここからハポン地方まではまだ結構な距離がある。山を隔てて気候も違うし、海路の中継点としてできたこの町は独立性が高くて、ハポンとでは文化も生活様式も全く違うらしい。ただ醸造酒に関する噂の存在だけでも期待感は高まった。
マスターからはそれ以上有益な情報は得られそうもなかったので、三人で止めどもない話をしていると、一人の男が話しかけてきた。
「『キュリオシティーズ』のみなさんですよね?こんなところでお会いできるとは奇遇です。私はパーティー『三本槍』のローランと申します。クニオさんの書かれた『魔王城の歩き方』愛読させてもらってます」男の名前はローランというらしい。年のころは20台前半と言ったところだろうか?恰好からすると冒険者の様であるが、屈託のない笑顔が憎めない感じだ。
「クニオは冒険者としてはてんでダメだけど、ガイド本シリーズは売れてるからねー。こんな辺境の地にまで愛読者がいるんだ」コウが言うように、クニオのガイド本シリーズはそれなりの人気を博していた。特に魔王城のガイド本『魔王城の歩き方』は一番人気だった。そのせいかどうか、今では人数限定で魔王城の内覧ツアーが催されるようになっている。申し込みが殺到して抽選になるので、魔王城への郵便は定期便ができてしまったくらいだ。おかげでクニオ達も魔王城の管理人をしているアドミンと手紙のやり取りができるようになった。
「コウ殿『三本槍』と言ったら、結構有名なパーティーですぞ」グレゴリーの言う通りクニオですらその名前は聞いたことがあった。そんな有名人が自分の書いた本を読んでくれたとは光栄の至りだ。
「残念ながら魔王城の内覧は、まだ抽選に当たったことがなくて実現していません。今回も新作ガイド本の関係かなんかでいらしているんですか?」屈託ない笑顔でローランは聞いてくる。
「あのね、私らは冒険者パーティーで、ガイド本出版チームじゃないんだよ。冒険者パーティーが行くところには冒険があるに決まっているだろう」コウはしゃあしゃあと言ってのける。米と日本酒探求の旅も冒険と言えば冒険かもしれないが、ガイド本の取材の方が趣旨に近いような気がする。
「失礼しました。『キュリオシティーズ』の紅一点、風水師のコウさんですね。街道ガイドに出ていた『コウ温泉』はコウさんが源泉を発見されたんですよね?噂では『アマリアの湯』も…」ローランはコウに軽く会釈をしながら言った。
「だから『コウ温泉』はやめろって言ったんだよ。なんか温泉開発請負人みたいになっちゃってるじゃんか」コウはぶーたれているが、本気で怒っている風でもない。
「それで、新進気鋭の『三本槍』の方々こそ、なぜこんな僻地にいらっしゃるのか?何かクエストでもありましたかな?」グレゴリーが聞く。
「クエストというのはちょっと違いますね。調査みたいなものです。…破戒僧のグレゴリーさんですよね。噂通り僧侶とは思えない凄い体格ですね」何かこのローランという男は『キュリオシティーズ』について妙に詳しい。
「ローラン!」少し離れたテーブルから呼び声がかかった。そこには三人が座っていたがきっとパーティー『三本槍』のメンバーなのだろう。他のメンバーは特にこちらに来る様子もないので、ローランだけが『キュリオシティーズ』ファンという事なのだろう。
「あなた方とはまたどこかでお会いしそうな気がします。パーティーメンバーが待っているので、今日はこれで失礼いたします」そういうとローランは仲間が待つ席へと戻っていった。
「あちらにいらっしゃるのが『三本槍』のメンバーですな。戦士のゼノビアは女性ながら噂通り凄い体格だ。魔導士サラも美しい女性ですな。他に僧侶のペテロ…三人に加えて勇者ローラン。実にバランスのいいパーティーですな。次期魔王の討伐パーティー候補というのも頷けます」グレゴリーはがさつに見えても意外に情報通だ。ただ女性冒険者にその関心が偏っているきらいはある。
「なんか前にもこんな事があった気がするけど、今のローランは感じのいい男だね。うん。嫌いじゃない」人見知りというわけでもないが、コウは人の好き嫌いがはっきりしている。ローランはお眼鏡にかなったようだ。クニオは自分の著書の愛読者に悪い人がいるわけはないと思っているので、うんうんと頷いている。
「しかし一口にハポン地方と言っても、かなり広大な地域になりますぞ。その日本酒とやらがありそうな場所の目安はついておりますのかな?」グレゴリーに聞かれてクニオは返答に迷った。地形や天候を更に下調べして、およその見当はつけてきたつもりだが、どうも確証を得るには至っていない。
「一応目星はついてます。ハポン地方でも南側に位置するクス。ここは水がおいしいらしいです。降水量も多くて川も多い。この旅程もまずはクスを念頭に置いて選んでます。ただ確信は持てないので先にちょっと一人で見て来ようと思います。グレゴリーとコウはここに残って、もう少し情報収集してもらえますか?ハポン各地から海路で交易しようと思えば、この港町を経由することも多いと思います。探せば詳しい人がきっといると思うんですよね。確実な情報が入ったら私もそっちへ移動します。逆にクスで米をみつけたら連絡を入れるので追いかけてきてください」
クニオとしては苦肉の策だった。いきなり目的地に行って空振りになる可能性を考えると、手は広げておいた方がいいと思った。ハポンで全く米も日本酒も無かった場合は、甘んじて叱責を受けよう。グレゴリーは笑って終わりかもしれないが、コウには多分相当嫌味を言われそうだ。
「じゃあ連絡手段用に『風のダイヤル』を渡しておくね。郵便だと時間がかかるから。これがあれば風魔法が使えなくても数百Kmぐらいまでなら連絡取れるから。室内や洞窟では役に立たないし、長距離になると細かい内容は信頼できないけどね」コウはクニオに道具の基本的な使い方を教えた。魔道具の類は、魔石を使っているものは魔力消費がほとんどないので、クニオでも扱うことができる。
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