第12話 僻地にて(その3)
翌日クニオは一人で定期便の馬車に乗り、ハポン地方の中でも降水量が多く多湿なクスという場所に向かっていた。馬車と言っても強化魔法が使われた馬がひいていて、結構な速度での移動になった。
僻地の方が逆に長距離移動が多くて、この手の技術や文化は発展しているのかもしれない。強化された馬のおかげで、結構な山道も難なく超えた。これなら距離的に考えて本当なのかと疑がった時刻表通り、1日かからずに目的地クスまで着きそうだ。山地の下り斜面が終わり、茂った木々の間を抜けると、眼前には平地が広がっていた。そうしてそこには懐かしい風景があった。
見渡す限りの水田だ。クニオは決まった停留所に着く前に馬車を降ろしてもらい、水田と思われる場所に駆け寄ってあぜ道に立ってみた。前世の記憶が戻ってから、いや、正確には異世界に来てからこの風景を見たのは初めてだ。それでも栽培されている作物は稲だろうと確信に近いものはあった。確認のため、付近を歩いている親子連れを見つけたので声をかけてみた。
「すいません。これは稲ですよね?」親子連れは急に話しかけられて、ちょっと驚いた風ではあったが、少し間を空けて母親の方が口を開いた。
「すいません。私たちもここには着いたばかりなのでよく分かりません」クニオはこんなところを旅行者が歩いているのも珍しいなと思ったが、そういうのであればそうなのだろう。確かに改めて見ると、二人は町暮らしの様なきれいな格好をしている。農作業帰りには見えなかった。
「ああ、そうでしたか。それはすいませんでした」そう謝って立ち去ろうとするクニオに、子供の方が話しかけてきた。かわいい色白の男の子は10歳ぐらいに見える。
「これは稲という作物なんですか?なぜ畑ではなく水たまりに植えているんでしょうか?」見た目と違ってしっかりした口調で男の子は話す。こちらの世界では稲は珍しい作物で、水田という栽培方法も珍しいんだろうなと思ってクニオは質問に答えた。
「いや、稲かどうかはおじちゃんもわからないんだけどね。稲だとすればこれは水田耕作って言うんだよ。水田には大きく二つの意味があって、まず水があるから雑草が生えない。稲は別の場所で育てて、少し大きくなってから植え変えるんだ。そうしたら稲だけが水の中から外に顔を出せて、自分だけが大きく育っていける。あと水に中には色々な生き物がいて、みんなが協力することで栄養が足りなくなることがない。これが普通に土だったら、同じ栄養ばかりを使ってしまってすぐにダメになっちゃうんだよ。肥料とか魔法がないと繰り返し同じ穀物は栽培できないんだ」ちょっと子供には難しかったかなとクニオは思ったが、男の子は黙って聞いていた。しばらく考えたあと、声は子供であっても落ち着いた口調で話し始めた。
「僕は子供のなりをしていますが、普通に話してもらって大丈夫です。今の説明で概ね理解できました。この栽培方法には手間をかけるだけの利があるという事ですね」口調と同じく話す内容も大人びている。
「これが稲という穀物であるかどうかは僕にも分かりません。しかしあなたもそれを確認してきたという事は、この辺の方ではないという事ですよね。しかし、であればなぜその栽培方法について詳しく知っているんでしょうか?僕の知っている限り結構珍しい作物と栽培方法だと思うんですが…」男の子の言葉を聞いて、母親だと思っていた女性の空気感が変わるのを感じた。あからさまにクニオの事を警戒している。
クニオはしまったと思った。確かに先ほどの言説は辻褄が合わない。男の子の冷静な分析からして嘘でうまくごまかせそうもないので、ここは正直に話すことにした。
「私は転生者で、前にいた世界ではこの稲からとれる米という穀物はとてもメジャーでした」転生者というのは、かなりレアな存在ではあるが、その存在はそれなりに世間には知れ渡っている。この説明で、一応は納得してもらえるような気がした。
「そうでしたか。僕たちもここには来たばかりなんですが、道中同じ景色が広がっていたので、この地方ではこの稲という作物が栽培の中心のようですね。そのせいかどうか、町並みや文化的にも独特のものがあるように感じます。あなたが何を目的としてこの僻地まで来たのかは分かりませんが、少し詳しく話を聞かせてもらえないでしょうか?このあたりに滞在するのであれば、宿屋は一つしかないはずです。1階が食堂になっていますので、そこで夜に食事でもしながらいかがでしょう?」男の子はそう言ってから、母親らしき女性に話しかけた。
「ティアー、そう身構えまなくていいよ。彼からは特に敵意は感じられない。それに余程の術者でなければここまでの魔力隠蔽は不可能だよ」話の内容から察するに女性は彼の母親ではなさそうだった。
コウ達には先ほど馬車から水田を見て、すぐに『風のダイヤル』で連絡を入れておいた。二人が馬車で移動する限りは、ここで合流するのは早くても明日になるだろう。日中は色々と見て回りたいが、夜は話し相手がいた方が食事も楽しくなりそうだと思って、男の子の提案を受けることにした。
「分かりました。それでは今晩またお会いしましょう」そう言ってクニオは彼らと別れた。
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