第13話 僻地にて(その4)

 彼らの言った通り、この辺りには宿屋はその一件しかなかった。話の通り1階は食事もできる居酒屋のようになっていた。クニオは二人と別れた後、日没まで町というか村を見て回ってみたが、飲食店らしきものもここ以外には見当たらなかった。なので地元の人々も酒場として訪れているのだろう。結構な賑わいを見せている。


 約束した男の子と女性は既に席についてクニオを待っていた。人は多かったが、二人の雰囲気はまわりからちょっと浮いているような感じで、その存在は食堂に入ってすぐにわかった。クニオは軽く二人に挨拶してから、同じテーブルの席に着いた。


「僕は人目もあって頼むわけにはいかないけども、あなたは自由に酒でもつまみでも頼んでください。ここは僕が奢らせてもらいます」10歳ぐらいの男の子に言われるとかなりの違和感がある。お勘定はともかく、本当に酒を頼んでいいのかなというクニオの迷いは、メニューを見てすぐに消え失せた。メニューに『コメの酒』と書かれていたからだ。すぐさまその酒と適当にオードブルを注文する。二人の方は食事と、女性の方は加えて葡萄酒を注文している。


「今注文した『米の酒』とはどういうものなんですか?あの米というものから作る酒だというのは分かりますが、初めて聞きます」女性の方は酒に興味があるようだ。


「米から作る酒には大きく二種類があります。醸造酒と蒸留酒です。醸造酒とはこの世界でもメジャーな…先ほどあなたが注文した葡萄酒もそれです。私の前にいた世界では、ブドウではなく米から作った醸造酒は地名をとって日本酒と呼ばれていました。一方米は醸造した後に蒸留酒にもなります。こちらでも麦などから作る同様の酒がありますが、異世界では米から作ると米焼酎と呼ばれていました」


 そう説明してから、クニオは自己紹介がまだだったことを思い出した。

「私はクニオと言います。冒険者をしています。ハポン地方にはまさに米と米の酒を探して辿り着きました」クニオの自己紹介を受けて男の子も名乗る。


「私の名前はコルです。ここにいるティアーと一緒に訳あって旅をしている途中ですが、このハポン地方はいいですね。しばらく滞在してみようかなと思っています」コルが話し終わるくらいに、注文した酒が食事より先に運ばれてきた。クニオは天に祈りながら口を付けてみる。いや、もちろん米焼酎も素晴らしいお酒ではあるが、今は日本酒であってほしい。前の世界では米を栽培する地域は国内外を問わずたくさんあった。が、日本以外では醸造酒ではなく蒸留酒を作る地域の方が断然多かった。


 一口飲んで答えはすぐに出た。日本酒だ…。しかもこれはなかなかのレベルだ。『風のダイヤル』を使った連絡は、稲だけでなく日本酒の存在を確かめてから使うべきだったかなと、先ほどまで後悔していたのだが結果オーライだ。ただ、ジョッキで出てきたのには違和感はあった。そんな飲み方をしていたら、すぐに潰れてしまうだろう。


「これは日本酒です。…という事はさっき見た作物はやはり稲ですね。栽培していた場所も水田で間違いないでしょう」そういってクニオはメニューをじっくりと見直してみた。米が主食の地方であれば、それがメニューに反映されていないわけがない。よくよく見れば焼き飯、これは雑炊だろうなと予想できるようなメニューが、表現は様々だが多々存在している。同席している女性…ティアーもワインを飲み干した後は、同じく米の酒を注文した。一口飲んでその表情が変わった。


「これはおいしいですね。白ワインに近いですが、近くても全然違う。最初の入り口が違っている感じです。これは面白い…いや、おいしい」彼女はなかなかの酒好きの様で、日本酒を褒められてクニオはうれしくなった。コルと名乗る男の子は、実年齢はきっともっと上なのだろう。コウと一緒だ。事情は分からないが、一緒に酒を酌み交わせないことは残念という他なかった。


「米が主食という事は、この世界では主流である小麦とは違った食文化が広がっているはずです。こちらにいつ来られたかは分かりませんが、明日からは食事を楽しみにした方がいい」そういうクニオにティアーが反応した。


「まだここに来て間もないんですが、食事を頼むとパンか米?かを聞かれて、米の意味が分からずずっとパンと答えてました。あの稲という作物から獲れる穀物が米だったんですね。それは是非食べてみないといけませんね」


「小麦は小麦で素晴らしい穀物だと思います。でも米も凄いですよ。文化を引っ張るだけの力をも持っている」久々に白飯が食べられそうな喜びから、クニオは興奮気味に主張した。その後何杯かの日本酒を飲んで、この酒はこのあたりで作られているのかを店の人に聞いてみた。どうも村の中に酒蔵があるらしい。場所を聞いて明日、三人で行ってみようかという話になった。コウとグレゴリーが定期便の馬車で来るのであれば、到着は今日と同じく昼過ぎか夕方だろう。午前中に酒蔵の存在まで突き止めておけば、もう二人に文句は言わせない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る