サダヒデの工房にて
第67話 サダヒデの工房にて(その1)
翌朝は宿でニジマスの塩焼きとトウモロコシご飯を食べた後、二人はズワ湖のサダヒデの工房に向けて出発した。宿屋の店頭でも販売していたので、町で唯一という酒蔵の日本酒「道元」を一本お土産に買った。道中重いというよりは、割ってもいけないので「道元」はコルビーの収納袋に入れてもらった。コルビーからは魔法を使って移動しようという提案があるかと思ったが、黙ってクニオと一緒に歩いている。そうして歩きながら二人はまた昨日のエスキースの続きを話しあっていた。
「昨日師匠は町の方でも検討委員会を作って下さいとおしゃってましたよね。それでいいアイデアが出るくらいなら、最初から今みたいには寂れてなかったんじゃないですか?」
「コル、ただ作ってそこに置いただけでは建築とは言わないよ。実際に使ったり働いたりする人の意見をくみ上げることが大切なんだ。この設計手法をワークショップと呼ぶんだよ。僕らが設計しようとしているのは建物だけじゃない。町の人と一緒になって、もっと大きなものになっていったほうが面白いよね」
そういってから、クニオは谷の向こうにあるズワ湖の方角を見る。
「それよりこれ面白いと思わないかい?行きに通った時とは逆方向から同じ景色を眺めると、全然違って見える。ここは谷になっているから、馬車も人も絶対この直線コースを通るんだよね。でも、行と帰りでは景色が変わる」
「見る方向に対して、日の当たり方も逆になるから確かに結構違った印象になってますね」
「この仕掛けはね、敷地に入って建物に向かう経路…アプローチで使うと面白いんだよ。魔王城はそれがちゃんと仕掛けてあった。あれコルが設計したんだろ?」
「自分で考えたのかどうか、よく分からない感じで設計したんですが、言われてみると確かにそうですね。なるほど、同じ構造物であっても、見る方向で違う表情になるんですね」
「あとね移動する速さも重要だよ。歩いて移動するのと馬車で移動するのでは見える風景が違ってくる」
「どういう事でしょう?」
「景色の移り変わっていく速さが違うんだ。街道はともかく…例えば建物の中では高速で移動することは無いよね。時には椅子に腰かけて、じっと暖炉の火を眺めるかもしれない。それは止まっているという事になる。ある時は立ち止まったり、ある時はゆっくりと移動したり…これを僕の師匠は『建築の中を散歩する』と表現していたよ。ただ静止した空間を考えるのではなく、人の動きも考えながら構成を考えるといいんだ。設計図ができたら頭の中でその中を散歩してみるといい」
「なるほどそれで師匠はいつも歩いての移動を選択されるんですね」
「いや、まぁそれはちょっと違うけど…でもコルとこうやって二人で話しながら歩くのは楽しいからさ。あ、コウやグレゴリーが邪魔だってわけじゃないよ」クニオはそう言って照れ隠しに頭を掻いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます